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第六談。あなたの魔法の使い方は間違ってる ♯1


「確かに袴田の言う通り、こんな巨大な方式(プログラム)が発動する可能性は極めて低い。だが可能性がある以上、見過ごすわけにもいかない。だから、俺はこのことを先生たちに伝えて、判断を仰ごうと思う。藤と袴田は、念のため避難しておいてくれ」



 人目を気にする余裕もなく館内を駆け抜け、るみねたちが図書館を飛び出すと、空のキャンバスは一色に染まっていた。

 それは、これから起こることを暗示するような色。

鮮やか過ぎて気味の悪い――赤。

 だが、キャンバスが塗り替えられるまで、残された時間は少ない。自分たちの予想が正しいなら、この街のタイムリミットは確実に迫っていた。

 だから、走るるみねの口から、

「――時間がないっ!」

 焦りの言葉が零れた。

 しかし、それに脱出や逃走と言う意味は含まれていない。図書館で別れた幸路には避難するようにと言われたが、彼女にそんなつもりは一切なかった。

 確かに自分が否定した通り、『赤い女』の計画が成功するとは思えない。あんな方式(プログラム)が発動するのは、最悪の偶然が最悪にも揃ったときだけだ。

 だったら、最悪を恐れるより最善を選べばいい。『赤い女』を見つけ出して犯行を阻止すれば、最悪の可能性は全て消滅する。

 そして、それに何より――

「みんなを残して、一人で逃げられるわけがないじゃないっ!」

 パパは今頃、まだ研究室で頑張ってる。ママは多分、家で晩ご飯の準備をしてる。

 女郎花さんは間違いなくパトリニアにいるだろうし、放課後になってもこの学校にはまだ多くの人が残ってる。

 そんな状態で、一人で避難なんてできるわけがない。

 たとえ今から全員で街の外に避難しようとしたとしても、全員は間に合わない。むしろ、間に合わない方が、圧倒的に多くなる。

 ――だから〝もしも〟なんて、あってはならない。

 その思いが彼女の足を突き動かし、瞳が一度だけ見たあの色を追い求めた。

 さっき分かったことは、今日『赤い女』が狙うのは鈴ノ美山高校ということだけ。学校のどこが標的となっているかまでは、あの地図では分からなかった。

 しかしそれに対して、鈴ノ美山高校は広過ぎる。

 普通科と魔法科学科にそれぞれの校舎があり、体育館や室内プールなどの運動施設や、図書館から各部活の小さな部室まで、探すべき場所は無数に存在する。

 だから幸路と別れた後、

「アンタは普通科、私は魔法科学科の方を探してみる! 見つけたらケータイに連絡!」

「了解、任された!」

 るみねと春壱はそうエリア分担して、二人も図書館の前で別れた。

 そして――

「一体、どこを狙うつもりなのよ……」

 とりあえず魔法科学科の校舎の前に辿り着き、るみねは一度足を止めた。

 自分の使っている校舎が、真っ赤に染まっている。その光景が、彼女の瞳を焦がすように焼き付く。

 携帯電話を取り出し、着信を確認するるみね。

 しかし、今さっき別れたばかりの春壱から、連絡が来ているはずもない。だけど、今にも零れてしまいそうなほどの焦りに満ちた心は、そうせざるを得なかった。

 さあっと一陣の春風が、彼女のツインテールを撫でた。だが、それに昼間のような暖かさはなく、確実に夜が迫ってきていることを知らせる。

 ――崎守くんの方は、どうなったんだろう?

 今この学校で――この街で起きようとしていることを、先生たちに無事伝えられただろうか、と。

 手にした携帯電話を見て、るみねはもう一人奔走している彼のこと考えた。

 しかし向こうの状況を聞く術を、残念ながら彼女は持っていない。

 幸路の番号を知らないから、るみねには連絡を取る方法がなかった。というか第一、彼が携帯電話を持っているかどうかも分からない。

 だけど、と。

 るみねは周囲を見回し、見渡す。

 少し遠くに見える広々としたグラウンドでは、野球部とサッカー部の練習が行われている。

 窓から煌々と明かりが漏れる体育館からは、スニーカーが擦れる乾いた音が。校内のどこかからは、吹奏楽の音色と誰かの楽しげな声が聞こえる。

 鈴ノ美山高校は、平和そのもの。数多くの学生が、思い思いの放課後を過ごしている。

 そして。

 今のところ誰一人として、この学校から避難しようとする人間はいない。いや、それ以前に避難の必要があると知っている人間がいない。

 自分たち、三人を除いては。だから――

「私たちが何としても『赤い女』の計画を阻止しなくちゃ」

 たとえ方式(プログラム)が失敗に終わるとしても、今日この学校のどこかに火が放たれることは間違いない。

 この中の誰かが、犠牲者になるかもしれない。

 と、そのとき。

 るみねが決意を新たにした、そのときだった。

「……そうか!」

 見落としに――いや、見えていたものに、気付いたのは。

 そしてその閃きは一つの結論を――明確な目的地を、導き出した。

 ――『赤い女』はきっとあそこにいる。

 頭の中の地図が、カーナビのように目的地までの道筋を教えてくれる。だからるみねは、導かれるままに走り出した。

 走る、走る。

 持てる限りの全力で、出せる限りの全速力で、走り続ける。

 すれ違う学生と肩がぶつかりそうになっても、るみねは足を止めない。そして、そんな学生たちが大きなヒントだった。

 この学校には、まだ多くの学生や先生が残っている。

 図書館にも、校舎内にも、グラウンドにも、体育館にも。

 至るところに、人が――人の目がある。

 そんな場所に『赤い女』が来たら、どうなるだろうか?

 街中で噂となっている金髪碧眼の赤いコートの女が現れたら、どうなるだろうか?

 答えは簡単。あっという間に騒ぎになって、学校中に知れ渡る。

 だけど今、学校にそんな様子はないし、『赤い女』がそんなことを望む理由もない。

 誰かに見つかってしまえば、動きにくくなるし、放火犯として捕まってしまえば、計画がここで失敗に終わってしまう。

 ――それならば『赤い女』は、この学校のどこを狙うのか?

 その答えも簡単だ。誰にも見つからない、人の目がないところを狙う。

 そして、るみねには一つの心当たりがあった。

 だから魔法科学科の校舎の端まで行き着くと、勢いそのまま九十度方向転換。するとようやく校舎の向こう、ちょうど彼女の正面に目的地が見えてきた。

 魔法科学の様々な実験・実習を行うための施設――実験棟。

 教室を三つ縦に繋げたくらいの大きさの、装飾のないシンプルな建物。そして校舎に沿って第一から第六まで並ぶ実験棟の、一番端にそれはあった。

 昨日の午前中、オリエンテーションで校内の施設を巡ったとき、

『先日、業者さんの倉庫が不審火に遭ってしまったので、ここの工事は今、一時中断となっています。一応、危険なので皆さんは近寄らないようにしてください。えーっと……袴田さん、聞いてます?』

 と、フリードが説明してくれた、まだ骨組みだけしか完成していない建物もどき。

「――第七実験棟」

 その前に辿り着き、るみねは走り続けた足を止めた。

 校舎ほぼ半周の全力疾走は、さすがに息が上がる。涼しくなってきた春風も、火照る体をそれほど冷ましてはくれない。

 だけど、今は自分の体を気遣っている場合じゃない。やるべきことが他にある。

 と、そんな使命感で、るみねが辺りに意識を集中し始めたときだった。

「あなたが探してるのは、私かしら?」

 待望の――そして絶望の声が、彼女に問い掛けた。

「――っ!?」

 驚くよりも先に、声のした方向へ振り向く。

 そして自分の真後ろ立つ――まるで退路を断つように立ちはだかる、彼女を見た。

 人形のように美しい顔立ちに映える、金の髪と碧の瞳。

 そして、赤く染まった世界でも一際鮮やかな――紅蓮のロングコート。

 それがせっかくの白い肌を首から膝まで隠し、見方によっては下には何も身に着けていないようにも見えた。

「…………」

 しかしそんなことを思う、ましてそれを口にする余裕など、今のるみねにはなかった。

 言葉が出ない。むしろ言葉というものが、どういうものだったかが思い出せない。

 だけど、体は自然と動く。金髪碧眼の彼女から遠ざかろうと、本能的にじりじりと足を後ろに進める。

「あなた、もう少し周りをよく見た方が良いわよ」

 ――一昨日、私がプレハブの裏に隠れてたって気付かなかったでしょ?

 諭すように優しく笑い、フレアはゆっくりと一歩、るみねとの距離を縮めた。

「あ、そういえば気になっていたんだけど、どうやってあの炎を消したの? 簡単に消せるような火力じゃなかったはずなんだけど」

 安全のため(・・・・・)消火器はちゃんと処分しておいたのに、と首を傾げるフレア。

 しかしそれに、るみねは答えない――答えられない。

 頭の中で鳴り響く警報がうるさくて、彼女が何と言っているのか聞こえない。だけどその騒音のおかげで、やけにくっきりと彼女の一挙一動を視界に捉えることができる。

「――ひゃっ!」

 不意に情けない声が口から出た。そして気付いたときには、るみねは軽い衝撃と共に、固いアスファルトに尻餅をついていた。

 もつれた足がガクガクと震えている。もう立ち上がることはできそうにない。

 だけどそれでも、体はフレアから離れようと足掻く。役に立たない足を引きずりながら、腕の力だけで自身を引っ張る。

「あーあ、惨めな格好。可哀想な女の子」

 フレアはそんな彼女を蔑むような目で、文字通り見下げる。距離を詰めることは、もうやめていた。

「きっと世界で何が起こっているかも知らずに、この平和ボケした国で育ってきたのね。だからこんなとき、無様に逃げることすらできないのね。ああ、なんて可哀想な女の子」

 コートと同じ色の手袋をした左手を顔に添え、嘆くような表情を浮かべるフレア。

 その顔を見て、るみねはようやく理解した。

 さっきから鳴り響いている警報――警告。

 それが何を伝えようとしているかが、ようやく聞こえた。

 ――逃げなきゃっ!

 彼女の瞳に宿っているのは――紅蓮の炎。

 悪意も敵意も殺意も全て混ぜ合わせた、燃え盛るような視線。

 だけどもう、腕にも力が入らない。こんな状況にも関わらず、頭のどこか冷静な部分が「これが『蛇に睨まれた蛙』という状態だよ」と教えてくれる。

 だから、そんな風に固まってしまったるみねを見て、

「大丈夫。安心して」

 フレアは優しく微笑みかける。

「あなたみたいな可哀想な女の子を、私は救ってあげる。最後は華やかに『人柱』という大役を任せてあげるから」

 ――だから、ね。

 と。

 フレアは右手を――手袋をしている左とは違い、白く細い指が美しい裸の手を。

 中指に妖しく光る、大きな紅い石の指輪を見せつけるように。

 まるで銃口を突き付けるように――るみねに向けた。

 そして――

「〝私たち〟の世界のために――死んでっ!」

 狂喜に歪んだ顔で、とても楽しそうに笑った。



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