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第四談。まさか、初めてがアンタなんて ♯1


「――というわけで、方式(プログラム)は大型であればあるほど操作できるエネルギーが大きくなります。ですがそれでは扱いにくいので、より効率の良い方式(プログラム)で小型化するのが……」

 鈴ノ美山高校入学式の翌日、魔法科学科・一年F組。

 新入生にとっての高校生活二日目であるこの日は、午前中は校内の施設を巡るオリエンテーションが行われ、昼食後は名門校と呼ばれるだけあって早速授業が開始されていた。

 そしてもちろん、魔法科学科である一年F組の授業とは魔法科学である。F組のみならず魔法科学科に入学した生徒は皆、この授業を受けることを心待ちにしていたと言っても過言ではない。

 だから、もう間もなく放課後になるという時間であっても、F組の面々は集中力を切らすことなく真剣に授業に取り組み、教室内はフリードの声とペンの走る音だけに包まれていた。

 そんな中、誰よりも熱心に自分のノートに向き合う少女が一人。

 もちろん、その優等生とは――

「えーっと……袴田さん、授業聞いてます?」

「あ、大丈夫です。ちゃんと聞き流してるので続けてください」

 と、横を歩くフリードを一瞥することもなく、授業とはまるで関係ないことをノートに書き込み続ける、るみねのことである。

 しかし、いくら優秀であろうと彼女は生徒であり、いくら頼りなさそうであろうとフリードは教師である。授業に集中していない生徒がいたら、注意するのが当然。それどころか平然と『聞き流してる』などと言われていては学級崩壊にもなりかねない。

 だからフリードは毅然とした態度で、

「えーっと、あのー……邪魔してすみません」

 るみねの横を通り過ぎた。

 そして彼女に言われた通り、授業を再開するフリード。もちろん、その姿に不安や疑問を抱く生徒はいない。昨日のホームルームで『この先生はそういう先生だ』と、クラス全員が理解しているからである。

 だから特に何事もなかったかのように授業は続き、るみねもペンを走らせ続け――ようとした。

 ピタリとるみねの手が止まる。書きたいものが書けない。

 彼の体に浮かんだ方式(プログラム)が、思い出せない。

 しかし、それも当然。混乱と驚きの中の記憶はあまりに曖昧で、何より彼女はそれをしっかりと見る時間がなかった。

 ――昨日、あの後。

「……アンタ……一体何なのよ?」

 炎を〝食べた〟と言う春壱に対し、るみねはやっとその一言を絞り出した。

 意味が分からないことが多過ぎる。理解を超える出来事の連続で、思考回路は停止寸前。

 だけど、目の前で起きていることを訊かずにはいられない。訊かなければいけない。

 一体、何が起きたのか。そして今、何が起きているのか。

 何故、彼の全身に方式(プログラム)が浮かび上がっているのか。

 そして――

「一回死んでるって、どういう意味よ?」

 と。

 そんな疑問を、真っ直ぐな瞳と共にぶつけた。

 しかし、それに対して春壱の瞳は、

「ぼ……僕、そんなこと言った?」

 マグロさながらの速度で泳いでいた。そうしなければ死んでしまう――殺されてしまう、と言わんばかりに泳ぎ続けていた。

「言ったわよ。そして確かにこの耳で聞いたわよ」

「な、何かの聞き間違いじゃ――」

「ないわよ。それに、たとえ聞き間違えたとしても、今現在見ているものを見間違えるわけがない」

 るみねが春壱の体へと視線を移す。

 赤く光り続けている体――決して普通ではない、人間の体。

 それをしっかりと眺め、じっくりと見つめ、そして、

「アンタに今何が起きているのか、ちゃんと分かるように説明しなさい」

 彼の目を見て、改めて問い詰めた。鋭い視線は今度こそ、春壱の瞳というマグロを銛のように射抜いた。

「え……っと……あの……」

 まな板の鯉ならぬマグロ――それも、冷凍マグロ。そんな瞳は身動き一つ取れずに、るみねの瞳と見つめ合う。

 覗き込めば、消したはずの炎がそこには宿り、手に入れたはずの逃げ道が自分を追い詰めていた。

 しかし、春壱はそれ以上言葉を続けなかった――いや、続けられなかった。

 自白寸前――というより、自白しようと彼が口を開いた瞬間。

 突如として、鼓膜に突き刺さるような音が鳴り響いた。

 それは異常な音量で、異常な事態を知らせる警報。音源は、プレハブ小屋の天井に取り付けられた火災報知機だった。どうやら先ほどの炎を、今頃になって感知したようだ。

「――と、とりあえず逃げるわよっ!」

 今さら鳴っても遅いわよ、とか。今大事なところなのよ、とか。消火器はないのに何で報知機はあるのよ、とか。

 そんなことを突っ込みたい気持ちは山々だったが、るみねの口から出た言葉はそれだった。

 しかしそれは脱出という意味ではなく、逃走と言う意味。

 鳴り続く火災報知機。黒く焦げたダンボールに、変形したカラーコーン。そして、プレハブ小屋に不法侵入している二人。

 状況証拠は、二時間サスペンスさながらに揃っていた。

 もしその流れでいくなら、良くて重要参考人、最悪、そのまま犯人扱い。どちらにせよ、このままここにいれば『ちょっと署まで来て頂きましょうか』は逃れられない。

 だけど入学初日に警察の厄介になるなんて――というか、いつだろうとそんなことになるわけにはいかない。 

 ――将来有望な私の経歴に、こんなことで傷を付けるわけにはいかないのよ!

 結果、春壱の返事も待たずに、るみねはプレハブ小屋から一目散に逃げ出した。それはまさしく火事場の馬鹿力と呼べるような全力疾走。

 当然のように誰もいない道。寄り道などしなければ――赤い女の姿など追わなければ、とっくに通り過ぎていたはずの帰り道を、スピードを落とすことなく一気に駆け抜ける。

 そして人通りがある道へと、彼女は何とか合流した。

「はぁはぁ……ここまで来れば大丈夫ね」

 乱れた息を整えながら、るみねは耳を澄ます。あの大きな警報音も、さすがにここまでは聞こえてこない。

 さらに幸いなことに、通行禁止の看板の裏から出てきた少女を不審に思う人間も、ここにはいない。帰路を急ぐ人々は、興味を示すどころか彼女に見向きもしていなかった。

 つまり、目撃者も不在。とりあえず面倒なことに巻き込まれることはないだろう。

 だから安心して、

「で、さっきの話の続きだけど――」

 と、るみねは隣に立つ春壱を見た――はずだった。

 逆サイド、後ろ、そして今駆け抜けてきた道も確認するるみね。しかし、あのよく目立つ灰色の髪も、目立ち過ぎる赤く光る体も、彼女の視界には映らない。

 ということは――

「あのバカ、逃げたわね」

 唸るように呟いて、るみねは春壱のブレザーを強く握りしめた。



 * * * * *



 放課後。昨日の始業式とは違い、学校が終わる頃には太陽は大きく傾き、これから徐々に赤みを帯びようとしていた。

 そして、そんな穏やかな西日が射し込む喫茶パトリニア。

「あら。お帰りなさい、春ちゃん」

 扉を開く鈴の音に振り返った女郎花は、そう笑顔を見せた。

 しかし、その笑顔に返事をしたのは春壱ではなく、

「こんにちは、女郎花さん」

 ツインテールを揺らしながら、彼の後ろから顔を出したるみねだった。

「あら、るみねちゃん。いらっしゃいませ。今日も来てくれたの?」

「はい。ちょっと春壱くんにお願いされて」

「お願い?」

「実は今日、授業でよく分からなかったところがあったみたいで、それを昨日みたいに教えて欲しいって頼まれたんですよ」

「あらあら、それでわざわざ来てくれたの?」

 春ちゃんのためにありがとうね、と感謝を口にする女郎花に、「いえいえ、こっちも好きでやってますから」とるみねは手を横に振る。

「で、勉強会に春壱くんの部屋を借りたいんですけど、大丈夫ですか?」

「そんなのもちろんよぉ。それどころか二階全部、るみねちゃんの好きに使っちゃって良いんだから。あ、それと喉乾いたり小腹が空いたらすぐ言ってね。私、何でも作っちゃうから」

「ありがとうございます。……えっと――」

 笑顔で会釈してから、何かを探すように店内を見回するみね。すると、彼女が何を探しているのか気付いた女郎花が、すかさずカウンター横にあるそれを指差した。

「そのカーテンの向こうに階段があるから、そこから二階に上がって。ちょっと散らかってるかもしれないけど、自分の家みたいにくつろいでいってちょうだいね」

「はい、お気遣いなく。それじゃあ、お邪魔しますね」

「どうぞごゆっくり」

 と、人目を遮るレースのカーテンの奥に消えていくるみねを、笑顔で手を振りながら見送る女郎花。

 そしてその姿が見えなくなると、

「ところで、ずっと気になってたんだけど……」

 と、帰って来てから無言だった少年に声を掛けた。

「春ちゃん、ブレザーどうしたの?」

 今朝学校行くときも着てなかったわよね、と女郎花が尋ねる。

 すると、象徴とも呼べるブレザーが欠けた制服姿の春壱は。

 身を守る鎧を失った、あまりに無防備な一人の戦士は。

 それでも戦わなければいけないと目を見開き、戦場の扉であるカーテンを見据え、言った。

「――今から取り返しに行きます」



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