第三談。魔法科学とは ♯1
魔法とは、エネルギーである。
光エネルギー、熱エネルギー、運動エネルギー、電気エネルギー、結合エネルギー。
それらを把握し、流れを操作し、理想の現象を引き起こすこと。それが今まで俗に『魔術』と呼ばれてきたものである。
そしてここでは、それらエネルギーの流れを科学的アプローチによって操作することを『魔法科学』と定義させてもらう。
また、光エネルギーを扱うものを『光』属性の魔法科学、熱エネルギーを『火』属性、運動エネルギーを『風』属性、電気エネルギーを『雷』属性、結合エネルギーを『地』属性と、大きく五つのジャンル分けをさせてもらう。
「――って、何で私がアンタに勉強教えてるのよ!?」
引き続き喫茶パトリニアのカウンター。るみねはノリツッコミを披露していた。
その手には、春壱の持っていた『魔法科学・基礎編』という教科書。最初の『魔法科学とは』というページを開いて。
「いや、ほら、人に教えるのも勉強になるって言うから、袴田のためにもなるかなと思って」
それに、と隣に座る春壱は続ける。
「やっぱり学年トップクラスの頭の良い人に教えてもらえると、分かりやすいと思うし」
「…………」
言語解析――『学年トップクラス』『頭の良い人』――解析終了。
その結果、るみねは口元をヒクつかせ、
「ま、まあ……そこまで言うなら。そこまで言うんだったら、特別に教えてあげないこともないけどね。だけど仕方なくよ、仕方なく。アンタみたいなバカが、誰にも教わらずに勉強するのは無理があるだろうし」
喜びを表情に出さないように我慢していた。
しかし残念だが隠しきれていない上に、その発言も昨今のツンデレに分類されることも、彼女は気付いていない。
「それじゃあ、この私が親切丁寧に分かりやすく教えてあげるわね」
と、意気揚々・気分上々にるみねが授業を再開する。
「それで、今私が読んだところは理解できた?」
「うん。なんとなく」
「割合で言うと?」
「三割八分七厘」
「うん、その打率ならメジャーリーグに行っても通用しそうね」
きっと安打製造機って呼ばれるわ、とるみねは教科書を閉じた。彼女は役に立たないものは使わない主義である。
「例えば……アンタ、ケータイ持ってる?」
「もちろん。入学祝いに母さんに買ってもらった」
嬉しそうに、春壱がポケットから二つ折りタイプの携帯電話を取り出す。それは最新機種というわけではないが、かといって特に古いわけでもない普通の携帯電話。
「で、アドレス交換でもするの?」
「しないわよ。というか、できないし。今日、家に忘れてきちゃったのよ」
そう言って、不機嫌そうな表情を浮かべるるみね。しかし、そんなことを今さら悔やんでも仕方がない。合理主義者である彼女はそう割り切って、授業を先に進める。
「ケータイってさ、さっきの五つのエネルギーの内、どれで動いてると思う?」
「そりゃ、電気エネルギー。コンセントで充電するし」
「正解。でも、絶対に充電しなきゃいけないってわけじゃない」
ちょっと借りるわよ、と春壱の携帯電話を手に取る。そして手際よくその一部を、携帯電話の背面から電池パックを、るみねは取り外した。
「さっき読んだところの『科学的アプローチ』っていうのが、これのこと」
と、手にした電池パックを――その表面全体に走る模様を、春壱に見せる。
直線と円で描かれた電子回路のような模様。いや、よく見れば実際それは電子回路と同じく、鈍く光る金属で構成されていた。
しかし、一般的な電子回路と明らかに違う点が一つある。
それは、その異常なまでに複雑に入り組んだ――まるで魔法陣のような、構造だ。
「ああ、『方式』のことか」
電池パックの模様を見て、首を小さく縦に振った春壱。
そんな彼にるみねは、「意外。そのくらいは知ってるんだ」と思ったことを素直にそのまま口にした。しかし、その言葉を春壱が気にする様子もないので、彼女は授業を続ける。
「それじゃ、知ってるってことで方式の説明は飛ばすわね」
つまりこの電池パックは、と言い始めたところを、
「いや、待ってくれ。一応、説明してくれ」
慌てて春壱は止めた。
「何でよ? 知ってるんでしょ?」
「うん、知ってる。知ってるけど、念のため教えてくれ」
――僕たちには、そうしないといけない義務がある気がするんだ!
と、やけに真剣に力強く語る春壱。その顔はまるで、神のお告げを聞き、使命感に燃える勇者のよう。
そんな彼の気迫に圧倒されて、「わ、分かったわよ」とるみねは説明を始める。
「方式っていうのは、各種エネルギーの流れを操作するもの――魔法科学において最も重要な部分。ちなみに、この電池パックの方式には『大気中の電気エネルギーを吸収する』という『雷』属性の方式構築がされていて、それを利用すれば理論上、充電が不要になる」
まあ今の技術じゃフル充電に一日以上掛かるけどね、とるみねは苦笑する。
「他に、例えば――」
店内を軽く見回す。そしてカーテンの奥、女郎花と幸路が何か作業をしている近くに目的のものを見つけた。
「キッチンに置いてある冷蔵庫。そんなに古い型じゃないから、多分あれにも方式が組み込まれていると思うんだけど……さて、どんな属性のどんな方式でしょう?」
と、先生役に興が乗ってきたるみねが訊く。
「んー、普通に電池パックと同じやつじゃないの?」
電気エネルギーを吸収ってやつ、との春壱の解答に、三十点、というるみねの厳しい点数。
「正解は『庫内の熱エネルギーを放出する』という『火』属性の方式。魔法科学の本質はエネルギーの操作。何も吸収するだけが能じゃない。それに、もし電気エネルギーを吸収したって、結局は『冷却』――つまり『放熱』に使うんだから、その方が効率的でしょ?」
というより、とるみねは言葉を続ける。
「その方がエネルギーを無駄なく使える」
「無駄なく?」
彼女の言葉をオウムのように繰り返し、フクロウのように首を傾げる春壱。
しかし、その疑問を解消することなく、
「火力発電ってあるでしょ?」
るみねは言う。
「あれって燃料を燃やして、お湯を沸かして、その蒸気の力でタービンを回して電気を作る。要するに熱エネルギーを運動エネルギーに、それをまた電気エネルギーに変換することで発電してるの。……ここまで分かる?」
そう訊かれ、春壱は頷く。
「うん、なんとなく。つまりは、発電所の中で蒸気機関車が走ってるようなもんだろ?」
「別にそんな、遊園地のアトラクションみたいな楽しいものじゃないけど、あながち間違いでもないわ」
むしろアンタの打率を考えると上出来かもね、とるみね。
「で、その火力発電――この国の主要な発電方法の発電効率っていうのが、約四十パーセント。まさしく国内電力の安打製造機ってわけ」
でもね、と少し残念そうにるみねは説明を続ける。
「それを言い換えると、エネルギーを変換する際に――電気エネルギーを作るために、最初の熱エネルギーの約六十パーセントが失われてしまうということ。つまり、半分以上の熱エネルギーが無駄になってしまう」
――さらに蓄電・送電・配電の際に、その電気エネルギーにも無駄が生まれる。
「だけど、電気エネルギーを電気エネルギーのまま。熱や光、運動エネルギーを変換せず、そのまま百パーセント利用できれば、一切の無駄がない。資源に頼ることなく、エネルギーを使える。そんな考えの基に作られたのが『魔法科学』というジャンルよ」
と、言い切って。
魔法科学の基礎中の基礎の授業を終えて。
「ここまでで、何か質問は?」
自信に満ち溢れた顔でるみねが訊く。『我ながら惚れ惚れするような素晴らしい授業ね』と、心の中で誇っていた。
そして当然ながら、そんな完璧な授業を受けた生徒の言うべきことは一つ。
「僕は結局、いつになったらスカートめくりができるレベルに――」
「はい。特に質問がないようなので、次に進みます」
そんな風に笑顔で言って、るみねは自分の鞄から一本のペン――いや、ペン型の懐中電灯を取り出した。
「これは私が自作したペンライト。ちなみに電池は入ってないわ」
と、言ってからライトのボタンを押す。すると、前置きに反してと言うべきか、前置き通りと言うべきか、その先端が白く輝いた。
「おお、光った。電池入ってないのに」
「それは、これに『周囲の光エネルギーを集約して放出する』という『光』属性の方式を組み込んであるから」
もちろんそれを方式構築したのも私、とるみねは自慢げに笑う。
「だけど、これには一つ弱点があるの。それは、周囲に光エネルギーがない状態――つまり真っ暗な状態では使えないってこと」
「いやいや、それじゃあ意味ないじゃん。暗い所で使うためのライトだろ?」
「その通り。だから、そういうときには『これ』を使うの」
と、次にるみねが取り出したのは、ペンライトより一回り細い――
「電池? 結局、電池を使うの?」
それじゃあ魔法科学の意味ないじゃん、という素直な感想を述べる春壱。しかしそんな生徒を「説明は最後まで聞きなさい」と、るみね先生は優しくたしなめる。
「これは、電池は電池でも『光』の電池。この中には圧縮された光エネルギーそのものが入っていて、そのエネルギーを使って方式を作動させるの」
もちろん他の属性の電池もあるわよ、と残り四つを鞄から取り出し、順番にテーブルへと並べるるみね。
すると、その内の一つ――『火』の電池を手に取り、様々な角度から眺めながら、
「はぁー、やっぱり便利だな、魔法科学って。何でもできるんだな」
――本当に『魔法』みたいだ。
と、春壱は口にした。
しかしそれに対し、るみねはすぐに否定の言葉を並べる。
「別に何でもはできないわよ。既存の科学と区別するために『魔法科学』って名前なだけで、これはあくまでも科学。当然、エネルギー保存の法則や、質量保存の法則にも深く関わっているから、魔法みたいに何もない所から何かを生み出すことは不可能」
現実は漫画や小説みたいにはいかないのよ、と。
きっぱりと、矛盾に頭を悩ませるようなことなく、るみねは言った。
だから春壱は「なるほど、つまり」と、ここまでの授業の結論を出す。
「スカートをめくる風を作るためには、どこかから運動エネルギーを持ってこないといけないんだな?」
「ええ。理論は合ってるけど、目的がこの上なく間違ってるわ。というか、普通に軽犯罪だからね、それ」
との、るみねの言葉に、
「ちょっと待ってくれ。軽犯罪とは聞き捨てならないな」
と、春壱。
「スカートめくりにかける僕の情熱が、軽犯罪で済むわけがないだろう!」
「自ら罪を重くするの!?」
「母さんが言ってた。『深い愛は時として罪だ』と」
「深くないから。アンタの愛は、家族仲良く潮干狩りできるくらい浅いから」
「いやぁ、そんなに褒められても」
「褒めてないし! アンタに褒めるところなんか一個もないし!」
「いやぁ、そんなに罵られても」
「何故に満面の笑み!?」
藤春壱。どうしようもないくらいのM、略してドMだった。
――残念かつ無念だが。
* * * * *
『あらあら、もうこんな時間。春ちゃん、るみねちゃんを家まで送ってあげなさい。……いいのよぉ、るみねちゃんは気を遣わなくて。男の子はね、女の子をエスコートするために生まれてきた生き物なんだから。それにほら最近、火事が続いてるじゃない? あれって放火だって噂もあるし、不審者を見かけたっていう話もあるから気を付けないと。女子高生が帰り道に放火犯と出くわしちゃうなんて展開、小説とかでよくあるじゃない? それにるみねちゃん可愛いから、放火犯をストーカーに転職させちゃうかもしれないし。放火犯のハートに火を点けちゃうかもしれないし――って、今私うまいこと言わなかった? ……やだぁ、幸ちゃんってば正直者。そんな本当のこと言ったって、時給五十円しかアップしてあげないわよ。って、やだやだごめんなさいね、私の長話で引き止めちゃって。よく言われたのよぉ、九官鳥みたいによくしゃべるやつだって。失礼しちゃうわよねぇ、こっちは人間なんだから鳥よりしゃべるに決まってるじゃない。……って、また話続けちゃってるわね、私。ホントごめんなさいねぇ、るみねちゃん。でも、これに懲りずにまた遊びに来てくれたら嬉しいわ。ということで、喫茶パトリニア店長・女郎花でした』
「正直、アンタに送ってもらう方が危険な気がするんだけど……」
赤から紫、紫から青へと移っていく空。今日も雲は少なく、ちらほらと星が見え始めている。
そんな空の下を、るみねは歩いていた。しかし彼女が近道として選んだこの道だったが、人通りはまるでなく、二つの意味で危険な道だった。
もちろん、その隣には――
「安心してくれ。こう見えても僕は、空手を三日だけ習ったことがある」
「ありがとう。その発言によってますます安心できなくなったわ」
ご存知、危険人物――じゃなくて、春壱。
「というか、不審者ってアンタのことじゃないの?」
「むむ、失礼な。そんな風に呼ばれるようなことは、まだしてない」
「まだってことは、これからする予定はあるのね」
「それに、僕はストーカーよりスカートになりたい」
「疑ってごめんなさい。アンタは不審者じゃなくて変質者だったわ」
そう言って、るみねは春壱から距離を取った。
男女の微妙な距離。しかしその間に恋愛的要素は一切存在しないし、彼女としてはクラスメート的要素も存在してほしくなかった。
だけど、そんなるみねの気持ちに気付くこともなく、そういえばさ、と彼女のクラスメートが言う。
「袴田って、何でそんなに魔法科学に詳しいんだ? まだ授業も始まってないのに」
さっきのペンライトとかよく作れたよな、と感心する春壱を見て、るみねは待ってましたと言わんばかりににんまりと微笑んだ。
「実はね。私のパパ、魔法科学者なのよ」
――それも。
「『命』の魔法科学の第一人者」
「……『命』?」
聞き慣れない単語に春壱は首を傾げる。さすがの彼でも、教えてもらったばかりの魔法科学の基礎中の基礎は覚えていた。
魔法科学のジャンルは『光』『火』『風』『雷』『地』の五つ。先ほどのるみねの授業には『命』なんて属性は一度も出て来ていなかった。
もちろん、そんな風に春壱が疑問を抱くことを見透かして、るみねが続ける。
「生き物――特に人間ってさ、どの属性のエネルギーで動いてると思う?」
「んー……色々、じゃないの?」
特にこれっていうのはない気がする、と言う春壱に、アンタ意外と勘は良いよね、と感心するるみね。
「正解は五属性全部。全エネルギーを状況によって変換しながら動いてるのが――生きてるのが、人間。そして、そのエネルギーの流れを操作するのが『命』の魔法科学。つまり全ての属性を一つにまとめたのが、『命』という属性」
「へぇー。……ん? でも、そんなの教科書には載ってなかった気がするんだけど?」
「研究途中の新ジャンルだから、今はまだ確立してないのよ。だけど、近い将来絶対に教科書に載るわ。もちろん、第一人者として私のパパの名前もね」
と、るみねは満面の笑みで誇らしげに胸を張った。
「だからその手伝いをするために、私はずっと独学で勉強してきたってわけ。ちなみに、パパの専門は再生医療でね。失った体の部位を再生させたり、新しい臓器を作り出したり、ダメになった神経を修復したりとか――って言っても、アンタじゃよく分からないわよね」
「いや、大丈夫。なんとなく分かった」
「なんとなく、ね」
るみねが小さく苦笑する。『今度は一体、どのくらいの割合のことだろう』と。『春壱の〝なんとなく〟ほど当てにならないものはない』と。
結局、春壱の理解度の低さと、訳の分からない質問の連発(主にスカートめくりとパンツに関する)のせいで、魔法科学の基本を教えるだけで日が暮れてしまった。
第一、今日は皮肉にも同じクラスになった学年一位・崎守幸路を尾行し、彼が一人きりになったところで〝宣戦布告〟するつもりだったのに。あわよくば彼の勉強法を盗み見――いや、参考にしようと思っていたのに。
それなのに何故、このバカの勉強に付き合わされてしまったんだろう?
「さすがは学年トップクラス」
「やっぱり袴田は頭が良いな」
「袴田は声も良いな。できればその声でもっと罵って――」
なんて、当たり前のことを当たり前のように言われただけで、 何で先生役を買って出てしまったんだろう?
まったく。そのせいで今日の勉強スケジュールは完全に狂ってしまった。
こんなことじゃ、入試で満点を取るような相手に勝つことなんて――
と。
辿り着いた思考の先で、るみねの頭には一つの疑問が浮かんだ。
「ねえ、アンタに変な質問するんだけどさ」
「む? 僕の勝負パンツの色は赤だけど?」
「一生役に立たない情報ありがとう。で、本題だけど、崎守くんって入試前からあそこでバイトしてるわけじゃないわよね?」
「うん、違う。えーっと、確か……三日前からだったかな」
僕がちょうど下着と水着の違いに悩んでいたときだったから、と付け足された一言はスルーして、るみねは『そりゃそうよね』と胸を撫で下ろした。
「バイトなんかしてたら、勉強する時間がないものね」
そんな環境で満点なんか取れるわけがないものね、と口にしようとした矢先、
「でも、中学の頃から新聞配達のバイトはやってるらしいよ」
春壱はスルーできない一言を付け足した。
「何それ……それであの成績だっていうの? って、ちょっと待って。やってるっていうことは――」
「うん、今も続けてる。だから、パトリニアは二つ目」
全然遊ぶ暇なくて大変だよねぇ、と言う春壱の隣で、るみねは似たような――だけど全く方向が違うことを考えていた。
――それじゃあ、本当に勉強する時間が全然ないじゃない。
――次のテストでは、全力の彼に勝負できないじゃない。
「何で」
と、思わず口から言葉が零れた。
「何で、そんなにバイトしてるのよ?」
すべき相手を間違えた質問。
しかし、それはここでは正解だったかもしれない。本人にぶつけるべき内容では、なかったかもしれない。
だから、あっさりと、さも当たり前のように、
「だって幸路の家、貧乏なんだもん」
春壱は答えた。
「僕と同じ母子家庭で、お母さんが病弱であまり働けない上に、妹さんがまだ中学生だから結構家計が厳しいみたい」
「…………」
「だから高校生になったから、バイト増やしたんだ。ほら、中学生って新聞配達くらいしかできない――んでしょ、確か? 本当は高校行かずに働きたかったみたいなんだけど、お母さんにどうしても高校は行ってくれって反対されたんだって」
「…………」
そうだ。確かにあのとき『余裕がないからバイトしてる』と彼は言っていた。
あれは勉強面での余裕ではなく、生活面での余裕だったんだ。
そう思い至ったるみねに、さらに決定的な一言が続く。
「だから――入試で一位になった。特待生入学で学費全額を免除にした。やっぱり学年トップクラスは、僕なんかとは意気込みが全然違うや」
と、春壱は感心するように苦く笑った。
しかし、隣を歩くるみねの表情が変わることはなかった。
学年トップクラスというのは、トップではないということだ。
一位と二位じゃ、まるで意味が違う。
重みが違う。
価値が違う。
込めた想いが――違う。
『次のテストでは絶対に負けないからっ!』
――何よ、その台詞。
対戦相手のことを何も知らないで、何が〝宣戦布告〟よ。
全力の勝負なんて、私が言えるような言葉じゃない。
私なんて、わがままで、世間知らずで、子供っぽくて――
「――バカみたい」
「む……確かに。これは勝手に人に話していい内容じゃなかったな」
できれば聞かなかったことにしてくれ、と珍しく真面目に春壱は手を合わせた。
だから、そんな春壱を見て、
「……いいわよ。そのくらい別に」
と、るみねは言った――いや、言ってみた。
実際、聞かなかったことにしたかったのは彼女の方だった。あの言葉を取り消せない以上、それ以外の手段がない。そうじゃないと、明日から彼に合わす顔がなかった。
春壱の勘違いが、ここでは何よりありがたかった。
しかし、そんなことなど全く知らない春壱は「ありがとう。さすが袴田、話が分かる」と、満面の笑みを浮かべた。
「あのさ。ついでと言っては何だけど、もう一つ聞いてもらいたいお願いがあるんだけど」
「何? 一応、聞くだけ聞くけど」
「パンツを見せてはもらえないだろうか?」
「逆に訊きたいんだけど、アンタはその質問をして恥ずかしくないの?」
「大丈夫だ。ことわざにもあるだろう、『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』と」
「内容にもよると思いますけど!?」
「で、見せてはもらうことは?」
「できませんけど。可能性の欠片もありませんけど」
「な、何故だ!? 僕のこの迸る情熱が伝わっていないというのか!?」
「安心して。迸り過ぎて先走り過ぎてるくらい、ちゃんと伝わってるわ」
それはもう怖いくらいの熱伝導率よ、と微妙な距離から確実な距離へと変更するるみね。
正直、この人通りのない道を選んで正解だったかもしれない。
こんなバカな質問をされているところを誰かに見られたら――聞かれたら、こっちが恥ずかしい。
聞かされるは一時の恥、聞かれるのは一生の恥。
そんなことわざ、このバカを相手にする場合にはあってもいいかもしれない。というか、なくては困るくらいだ。『あの子、巻き込まれて可哀想になぁ』とか思ってもらわないと。
ただでさえ、バカみたいな灰色の髪が目立つんだから。
と、思ったときだった。
春壱の髪に負けず劣らず、目立つ色がるみねの目に映った。
夕闇に輝く、金の髪と碧の瞳。
そして燃えるように鮮やかな、赤いロングコート。
一瞬にして曲がり角へと消えていった、その美しい顔は笑っていた。
何か、楽しいことがあったかのように。
何か、楽しいことが――これから起こるかのように。




