第二談。それぞれの炎
鈴ノ美山高校入学式の前日。野々原市北西部に位置する住宅街の一画。
ついさっき役割を終えた太陽の代わりとばかりに〝それ〟は地上で輝いていた。
赤く。紅く。
ユラユラと。メラメラと。
大気を貪り喰うように。そこに在る全ての物を呑み込むように。
夜空というスクリーンに映える、鮮やかな紅蓮。
煌めく星々も、見守る月も。
その輝きには敵わず、価値を失ってしまう。
誰もが皆、その色に目を奪われる。
それを目の前に、ただ立ち尽くす以外の術がない。
どれだけ否定したい現実であろうと、肯定せざるを得ない。
『……ああ、なんて美しいの……』
紅蓮を囲う群衆の一番後ろ。それと同じ色の鮮やかなロングコートを纏った彼女は、我が子を褒めるかのように思わずそう呟いた。
艶やかな唇から零れる異国の言葉。赤く照らし出されたその顔は、西洋人形のような美しく整った金髪碧眼。
その碧い瞳は、うっとりと見蕩れるように紅蓮を見つめていた。
群衆から声が上がる。紅蓮が一段と大きくなったからだ。
すると、彼女の口元がわずかに綻びを――いや、歪みを見せた。
狂気によく似た、歓喜の歪みを。
『もっと……もっと、もっと。もっと、もっともっともっともっと!』
自ら生み出した熱が、自らをさらに熱するように。
止まることなく、留まることなく、熱が熱を焦がし。
彼女の心は加速し、加熱する。
『もっと燃えて、燃え上がって、燃え広がって――』
これは彼女に宿った〝炎〟。
燃え盛ることは知っていても、鎮まることは知らない復讐の衝動。
『〝私たち〟を否定し続けたこんな世界、灰も残さず焼き尽くして!』
そして、目の前に存在していたどこかの誰かの家は。
数え切れないほどの想いが詰まっていたであろう、どこにでもあるような二階建ての一軒家は。
野次馬が構える携帯電話のカメラの向こうで、意外にあっさりと崩れ去った。
* * * * *
はじめまして、袴田るみねです。
突然ですが、私には気になる男の子がいます。
自他共に認める優秀な成績で、難なく鈴ノ美山高校・魔法科学科に入学し。
自他共に認める秀麗な容姿で、幼い頃から日常のように告白され続け。
自他共に認める素敵な家庭で、両親の愛情を一身に受けて何一つ不自由なく育ってきた。
そんな私にも今、気になって仕方がない男の子がいます。
いつだって、どこにいても、何をしていても。
どうしたって――どうしようとしたって。
彼のことが頭から離れません。忘れたくても忘れられません。
その姿を一目見た瞬間に、網膜と海馬に永久保存です。
そして今も、彼の一挙一動を録画中です。
少し離れた席に座る彼。
その身体を、顔を、瞳を、髪を、私はただひたすら見つめています。
先生が何か話し始めたみたいですが、残念ながら私の耳には全く入ってきていません。
なので皆さんは、私の代わりに話を聞いておいてください。よろしくお願いします。
「皆さん入学式お疲れ様でした。本日よりこの魔法科学科・一年F組を担当させてもらいます、教師一年目・フリード=オーウェンです」
クラス全員が席に着いたのを確認すると、教壇に立つ彼は流暢な日本語でそう言った。
青年と言っていいほど見るからに若い、頼りなさそうな優男。
それが誰もがフリードに対して抱く印象であり、
「えーっと……あれ? 次、何するんだっけ?」
と、慌てて手元のメモを見る姿は、印象通りの頼りないものであった。
「あ、そうだそうだ。えーっと、先ほどの式で何か分からなかった点がある方はいますか?」
メモで確認した通り、フリードが訊く。
式を締め括った初老の女性――校長が最後にしたものと同じ内容。しかし、新入生全員の前とクラス全員の前では発言のしやすさがまるで違う。つまりこれが、形式上ではなく実質上の質問の機会であった。
すると、デジャヴのように一人の生徒が真っ直ぐと立ち上がり、天高く手を挙げた。
そしてこちらもまた、聞き覚えのある質問が投げ掛けられる。
「結局、スカートめくりができるレベルになるには、どのくらい掛かるんですか?」
さっき教えてもらえなかったんですけど、と少年は文句を口にした。
まだ幼さが残る顔立ちと、同じくやや低めの身長。長いとも短いとも言えない長さの、遠くからでもよく目立つ灰色の髪。
当然ながら、その少年は藤春壱であった。
――残念だが。
「えーっと、ですね……ちょっと僕じゃ分からないんで、後で他の先生方とよく相談しておきますね」
そう言って微笑むフリード。もちろん、ここで言う『相談』とは質問の内容についてではなく、質問した人物についてのことである。
しかしそんなことは一切知らない、予想すらできない春壱は「分かりました。お願いします」と素直に納得し、高々と挙げた手を下げた。
だからその様子にフリードは、ひとまず胸を撫で下ろす。しかし同時に、その胸には『今度また訊かれたら、どう対処しよう? というか、僕にこの子の面倒は重過ぎないか?』という不安が湧き出していた。
しかし、とりあえずの窮地は脱した。決着はついていないが、戦いは終わったんだ。
そう思い、次の行動に移ろうとした平和主義者に、
「それじゃ、違う質問いいですか?」
未だ自分の席に着陸しない爆撃機は、攻撃を再開した。
「ど、どうぞ……」
一体今度はどんな質問が来るんだ、と戦々恐々で身構えるフリード。
だが、そんな彼の予想を大きく裏切り、
「先生はどんな色が好きですか?」
まるで女子小学生の初めての交換日記のような、至って平和的な質問が返ってきた。
「ぼ、僕の好きな色……ですか?」
思わず少し声が裏返った。
完全なる臨戦態勢(ただし回避と防御のみ)を取っていたフリードにとって、その不発弾は正直拍子抜けだった。だけどそれは同時に『何だ、この子も案外普通の子じゃないか』と彼を安堵させ――かけた瞬間、
「はい、好きな色です。パンツの」
不発弾は炸裂した。
「あ。もちろん、パンツって女性用下着のことですよ。変な誤解がないように言っときますけど」
それも、救いのない爆発力で。
「…………」
藤春壱。実に予想を裏切らない男だった。
――残念極まりないが。
「僕は白が好きなんですけど、黒も黒で捨てがたくて。だけど、水色の縞パンというブームも無視できないし、いっそ穿いてないという選択肢も――」
「藤くんストップ! ちょっといいかな?」
「はい、何ですか?」
「その続きは今度、進路指導室でじっくりと話をしよう。君の人生という進路についても深く考えながら」
「……分かりました。それじゃ今度までに各色の長所と短所をリストアップしておきます」
「よろしくお願いします。僕もできるだけ君に協力できるよう、他の先生方とよく話し合っておきます」
そうやって爽やかな笑顔で締め括り、「他に学校について質問のある方はいますか?」と、フリードは春壱を除くクラス全員に問い掛け直す。
すると、また一人の男子生徒が手を挙げ、
「少し違う質問なんですが、いいですか?」
と、律儀に尋ねた。
短めに切り揃えられた髪と、無駄な遊びのないシンプルな銀縁眼鏡。そして何と言っても、鋭利とも呼べるほど切れ長な目が印象的な少年。
フリードが手元の生徒名簿に視線を落とす。そこにはクラス全員の顔写真が五十音順に並んでいて、上から探し始めた彼は比較的早く目的の顔を見つけた。
名前は――崎守幸路。
カメラを睨みつけているかのような、そんな目つきで撮られた写真。正直、フリードの苦手なタイプだ。しかし、そんなことを言っていては教師失格であるし、フリードには彼の名前に見覚えがあった。
――そうか。彼が、例の。
その名前は春壱とは全く別の意味で有名で、同時に安心・安全という保証でもあった。
多分、写真うつりが悪い子なんだろうな。そう思いながらにこやかに(とはいえ苦手意識は消えないので若干ぎこちない笑顔だが)、「どうぞ、何でも訊いてください」と答えるフリード。
しかし予想に反して――いや、ある意味予想通り、
「このホームルームはまだ続きますか? この後予定があるので、できるだけ早く終わらせてもらいたいんですが」
眼鏡のレンズの奥から、氷のナイフのような――悪意でも敵意でもなく、純粋な殺意を宿すような視線と、低温火傷してしまいそうなほど冷淡な口調の言葉が返ってきた。
フリードの世界が凍りつく。バナナで釘が打て、バラが粉々になりそうだった。
ちなみに余談だが、このときフリードは『蛇に睨まれた蛙』という日本のことわざの意味を心底理解したという。
だがしかし、いくら若く頼りなさそうでもフリードは教師であり、さらにはこのクラスの担任である。一生徒に臆するようなことはないし、あってはならない。
だから彼は、堂々と答える。
「……ご、ごめんなさい。すぐ終わらせます」
その堂々さたるや、クラスほぼ全員に『この人が担任で大丈夫か』と思わせるほどだった。
そして有言実行。すぐにホームルームを再開する。もちろん、全てはフリードの予定通りであり、決して一生徒にビビったからではない。
「――えーっと、魔法科学は近年多岐に活用されている分野であり、発展途上の可能性に満ちた分野でもあります。なので皆さんが優秀な科学者になれるよう、まだまだ未熟な僕ですが尽力していきたいと思っています。これから一年間、どうぞよろしくお願いします」
と、彼がようやく先生らしいことを言い切ると、教室は歓迎の拍手に包まれた。
そして心地良いその音が収まっていく中、フリードは波乱に満ちた初めてのホームルームを締め括る。
「それと、昨日もまた市内で不審火がありましたので、もし怪しい人を見かけた場合は決して近寄らず、すぐに警察に連絡してください。えーっと、では、これで今日は終了します。皆さんお疲れ様でした」
――起立、礼。
と、その号令と共にF組の面々が一斉に、思い思いに動き出す。一人で帰る者、友達と帰る者、そのまま教室でおしゃべりを始める者。
しかしそんな中、席に着いたまま動かない女子生徒が一人いた。
見事に整った顔立ちに、女の子にしては高い身長。スカートから覗く長い脚と、左右に結った長い髪が目を惹く少女。
彼女の名前はるみね――袴田るみね。この物語のもう一人の主人公だ。
そして、そんな彼女の視線の先には――燃え上がるような熱視線の先には、一人の男子生徒。
今の彼女にとって、気になって仕方がない男の子。
そんな彼が教室から出たのを見て、るみねは鞄を手に席を立ち、急いで後を追う。
廊下でも、階段でも、下駄箱でも、校門を過ぎても。
時には壁に隠れ、柱に隠れ、電柱に隠れ、自動販売機の間に隠れ。
近からず遠からず。一定の距離を保ちつつ、るみねは彼の後ろを歩き続ける。
これこそ、袴田るみね人生最初の尾行。そして、人生最初の事件であり。
異様にサブタイトルの長い二時間サスペンス風に言うならば、『女子高生探偵・袴田るみね』の開始であった。
* * * * *
「お。いらっしゃいませ『喫茶パトリニア』へ」
カランカランと鈴の付いた扉を開けると、カウンター席に座る彼はそう言った。
鈴ノ美山高校の制服を着た、灰色の髪の少年。
そしてそんな彼こそ、るみねの尾行対象――
「なっ……何でアンタがいるのよ?」
ではなかった。
「何でって言われても、ここ僕の下宿先だし」
二階に部屋借りて住んでるの、と春壱は天井を指差す。
喫茶パトリニア。鈴ノ美山高校より徒歩二十分。テーブル・カウンター合わせて全十八席。落ち着いたモダンな雰囲気と、芳しいコーヒーの香りが漂う喫茶店。おすすめメニューはスペシャルパフェ・八百円(鈴ノ美山高校・新聞部発行『野々原の歩き方』より)。
「まあ立ち話もなんだし、とりあえず座れば? えーっと……」
「――袴田」
「ああ、そうだ。ツインテール袴田だ」
「勝手にリングネームみたいなの付けないでくれる? どこの女子プロレスラーよ、それ」
「むむ。それがお気に召さないのなら、ツンデレ袴田ってのもあるけど?」
「却下。そもそも私はアンタにデレ要素を見せた覚えはない。というか、昨今のツンデレの基準に、私は異議を唱えるわ! 何にでもツンデレツンデレって言い過ぎなのよ!」
「なるほど、それも一理ある。だが、ツンデレキャラにツインテールが多いという説も、否定できないのでは?」
「それは確かに否定できない事実。だけど、私はその定説からは外れてるわ。ツンデレでもなければ、今後ツンデレになることもないからね」
アンタの期待通りじゃなくて残念だったわね、と不敵に微笑むるみね。
しかし残念だが、その行為こそ昨今ツンデレと呼ばれるものだと彼女は気付いていない。
そしてもちろん、春壱がそんなことに気付くわけもなく、「そうか。それは残念だ」と分かりやすく肩を竦めた。
「うーん……やっぱり現実は漫画や小説みたいにはいかないもんだな――って、あれ? 今僕、何か矛盾したこと言ってるような気も……」
そう呟きながら頭を悩ませる春壱。しかしそれは踏み込んではいけない、あるいは飛び出てはいけない領域の疑問。
だから春壱はすぐに――まるで神の導きのように、それで、と本題に戻った。
「とりあえず座れば? ツインテール袴田」
「だから、その呼び方やめてくれる」
「それじゃあ、ポニーテール袴田は?」
「いや、髪型変わってるし! というか、問題はそこじゃないし!」
「じゃあ、フェアリーテール袴田」
「もはや髪型じゃないし! 私、おとぎ話でもないし!」
「それなら君は一体、何テール袴田なんだ?」
「何故にテール限定!? 私に普通の袴田という選択肢はないの!? いや、自分で自分のことを普通って言うのもアレだけどさ!」
と、るみねが自分のキャラを明確にしたところで、
「あら、楽しそうね? 春ちゃんのお友達?」
カウンター席の内側に掛かるカーテンの奥から、一人の人物が現れた。
――うわっ、綺麗な人。
るみねは素直にそう思った。
歌舞伎の女形を思わせるような目鼻立ちに、一つに縛った長く艶やかな髪。年齢は二十代後半といったところで、シャツとズボンというシンプルな格好が、そのスラリとした長身をより際立たせていた。
「はじめまして、店長の女郎花です」
ちなみにこんな字を書きます、と丸っこい字で『女郎花』と書かれた胸元の名札を強調して見せる女郎花。
「えっと……結局、あなたは何テール――」
「どうぞ普通の袴田と呼んでください。私は至って普通の袴田るみねです」
「あらあら、若いのに謙虚なのね」
と、そんな風にずれたことを言ってから、
「それじゃ、るみねちゃん。早速だけど、ご注文はどうしましょうか?」
女郎花は笑顔でメニュー表を差し出した。
しかしそれを受け取ることもできず、るみねは返答に困った。何故なら彼女の目的は、この店自体ではなかったからだ。
さほど広くない店内をぐるりと見渡す。テーブル席に三組、計七名。しかし目的の〝彼〟の姿はどこにもない。おかしい。ここに入っていくのを確かにこの目で見たのに――
るみねが、そう思ったときだった。
「悪い。待たせたな、藤」
再びカーテンの奥――この店のキッチンスペースから、一人の男の子が出てきた。
サンドウィッチの乗った皿を片手に持った、女郎花と同じ格好の男の子。短髪に銀縁眼鏡の少年。さっきまでの制服姿とは違うが、そのレンズの奥に光る鋭い眼光の持ち主は間違いなく、間違いようもなく。
るみねが――間違えるはずもなく。
「――崎守幸路」
彼女の尾行対象である〝彼〟がそこに居た。
「ん、鈴ノ美山の制服? 藤の友達か?」
幸路のその鋭過ぎる視線が、るみねから春壱へと移る。しかしすぐさま、
「冗談やめてよ。友達に見える? 私とこのバカが」
と、るみねが一蹴。
そして続けてそのバカも、
「そうだよ。失礼だよ、幸路。こう見えても僕らは友達以上、恋――」
そこまで言ったが、それ以上は何も言わなかった。いや、言えなかった。
何故なら、幸路の持ってきたサンドウィッチ二枚を、心優しいるみねがその口いっぱいに押し込んであげたから。その電光石火の親切心に、春壱は言葉を失ったからだ。
「私は袴田るみね。あなたと同じ一年F組よ」
「ん、そうだったか。悪い。まだ全然名前を覚えてないんだ」
言いながら、幸路は春壱の前に皿を置く。
しかし、ハムスターのように頬を膨らませて口の中を処理し続けている春壱には、残りを食べるどころか未だしゃべることもできそうになかった。
だから、その姿を視界の片隅で確認して――しばらくは邪魔が入らないだろうと安心して、るみねは続ける。
「……そっか。私のこと、覚えてないんだ」
「悪いな。昔から人の顔と名前を覚えるのが苦手なんだ」
「いいわよ、別に。完璧な人間なんていないんだから、誰にでも苦手なものはあるもの」
そう言って、るみねはこれ以上ない満面の笑みで返す。
「ところで、崎守くんはここで何してるの?」
「何、と言われたら、見ての通りのバイトだけど」
ほら、と幸路は胸に付けた名札を見せる。そこには彼の顔には到底似合わない、丸っこい字で『幸ちゃん』と書かれ、その横には小さな初心者マークのシールが貼られていた。おそらく、名前を書いたのもシールを貼ったのも女郎花だろう。
「ふーん。こんなことしてるなんて、随分と余裕があるのね?」
「ん? いや、余裕がないからバイトしてるんだが……」
幸路が小首を傾げる。
どうにも会話が噛み合っていない。何か大事な歯車が欠けている気がする。
しかしそれが何かを思い出せないまま、会話は続いていく。
るみねが、続ける。
「崎守くん。あなたにどうしても伝えたいことがあるんだけど、聞いてもらっていい?」
――それを伝えるために、私はここに来たの。
と、何一つ恥じることなく堂々と、彼女は言った。
「……俺に?」
幸路の疑問がますます強くなる。元々悪い目つきが、より一層険しさを増す。るみねに突然そんなことを言われる覚えがない。同じクラスらしいが名前も顔も知らなかったし、どこかで接点があった記憶もない。
だがそんなことを考える幸路に、るみねは「ええ、崎守くんに」とはっきり答える。
「……分かった」
幸路が応じる。しかし、未だ感じている違和感の正体は分からない。
分からないからこそ、応じる――が。
「――分かったけど、明日にしてくれないか? さっきも言ったけど今はバイト中なんだ」
だから、と幸路が続けようとしたところを、
「いいわよ、幸ちゃん。どうせこの時間は暇だし」
隣の女郎花がにこやかに遮った。そして続けて「それに女の子から誘われたらバイトなんてサボっちゃえばいいのよぉ」と店長が言うべきではないだろう台詞をとびきり嬉しそうに吐いた。
「そ、そうですか……それじゃあ、少しだけ」
そう言って幸路は動き出す。
彼女の話がどんな内容かは分からないが、少なからずここですべき内容ではないだろう。それに他のお客さんの邪魔にもなりかねない。だから、とりあえず店外に出ようと思い、彼は歩き出した。
しかしそんな彼を、るみねは制止する。
「そのままでいいわ。できれば女郎花さんにも聞いてもらいたいし」
一応このバカにも、と仕方なく春壱を追加するるみね。
本来なら幸路が一人きりになったところで伝えるはずだったが、予定変更。ここは女郎花と春壱に証人となってもらおう。彼女はそう思った。
だから「いやん。最近の若い子って大胆」と盛り上がる女郎花と、やっと口の中が半分以下になった春壱の見守る中。
「崎守くん。私――」
るみねが口を開いた。
彼を知ったときから抱いた想いを。
一目見たときから抑えきれなくなった心を。
今も赤く熱く〝炎〟のように燃え上がる気持ちを――ぶつけるために。
「次のテストでは絶対に負けないからっ!」
るみねは勢いよく幸路を指差した。今や彼女の代名詞とも呼べるツインテールが、その動きに合わせて大きく揺れた。
「……、……え? 何? 何の話? 告白タイムじゃなかったの?」
と、思考停止から復帰し、キョロキョロと困惑する女郎花。
それからややあって告白をされた当人が、険しさは消えたが相変わらずの目つきで、
「……ああ、そうか。あの袴田か」
なるほどそういうことか、と一人頷いた。感じていた違和感の正体が分かった、欠けていた歯車が見つかったという具合に。
「あ、そっか。幸路と袴田って一位と二位か」
一歩遅れて、ようやく口の中が空になった春壱が納得する。
そんな春壱に「どういうこと、春ちゃん?」と女郎花が訊く。すると彼は、つまりね、と説明を始めた。
「鈴ノ美山高校の入試の話。幸路が前代未聞・前人未到の全教科満点の一位で、袴田が惜しくも二位。要するに、袴田は二番目の女という――」
と。
そこまで言って、やっぱり春壱はそれ以上何も言えなかった。
もちろんその理由は、気付くとまた、口の中にサンドウィッチが入っていたからに他ならない。




