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センスない悪役令嬢~いやそう言うけど、お前の方がセンスねぇんだわ~

掲載日:2026/08/08

 わたしってもしかして、センスない? と気づいたのは、某有名異世界転生悪役令嬢漫画の最終回の時だった。


 その最終回では、バーン! 見せ場! 舞踏会!! 婚約破棄イベント!! それを論破する悪役令嬢! 勝った! 完!!!! みたいな大円団が描かれていた。その悪役令嬢のざまぁぶりもさることながら、インターネットで話題に上がったのは、「ヒロイン(という名の悪役)の、着ているドレスのダサさ」だった。


 大ぶりのぶりっぶりのリボンがいくつもスカートについている。

 そのスカートはもちろん、ぷわんぷわんのパニエで膨らまされ、フリルとレースに彩られていた。それだけでは飽き足らず、ぎらんぎらんの宝石も布地に縫い付けられている。もちろん終わりじゃない。下はそんな風に布地たっぷりなのに、上の、胸のところの布はほとんどない。ばいん、とヒロイン()の胸を寄せて上げて谷間を産み、そしてまたその中央には巨大なリボンが鎮座していた。肩はもちろんパフスリーブだ。上と下のアンバランス。

 全体的にはふわふわふりふりぶりぶり。甘々でかわいらしく少女趣味たっぷり。色んなものを胸焼けするぐらい詰め込んだ夢のようなドレス。


『ダサwwwww 誰か止めろよwwww』

『王太子がこれを発注したんですか? そりゃ終わるわこの国』

『おいやめろ! ヒロインちゃんはこれを良いと思ってんだからもう言ってやんなよ! しかしダサいな』


 ネットは盛り上がった。大層に。そしてわたしは、ショックを受けた。


 だってこれ、超可愛いと思ったんだもん。


 ヒロイン()ちゃんは確かに、確かにあんま良い子じゃなかったですよ? 寝取ったり、嘘ついたり騙くらかしたり。でも着てる服、いつもフリフリでかわいいなーって思って見てた。そして今回の最終回、このひらひらふりふりぶりぶりデザイン最高!! とるんるんでインターネットに書き込もうとしたらこれだ。え、これって、ダサいの??


 そこでようやくわたしのセンスが「終わってる」ことに気づいたのだ。でもわたしは、これが可愛いと思ったんだよー、よー、よー、よー、よー……(エコー)


 エコーが効いてるのはなぜかというと、つまりわたしは死んだからだ。死んで転生した。転生したわたしの頭は、あのドレスを見た時の後悔というか口惜しさというか、とにかくなんだかむにむにとした気持ちがいっぱいだった。


「はっ!?」


 そしてわたしは目覚める。目覚めると超豪華な天蓋付のベッドで寝ていた。下を向けば上品なシルクのネグリジェ。ベッドから飛び降りて鏡にかじりつく。そこには超高校級の美少女が立っていた。


 ストレートな黒髪。アメジストの切れ長の瞳。白い肌。

 手足はすらりと長く、それでいて出るところはきちんと出ている。

 ぱちりと瞬きすれば長いまつ毛が瞳を彩る。ただの生きているだけの仕草でこんなに美しい。そのぐらいの、スーパー美少女。そして、一目見て分かってしまった。

 そう、わたしは「悪役令嬢」だ。どっかの誰かの、どこかの知らん話の悪役令嬢だ。


「……」


 もう一度鏡を見る。

 まっすぐな黒い髪は腰まで伸びている。切れ長の瞳は、零れそうな程大きいのにどこか妖艶な雰囲気を醸し出している。長い手足、驚くほど煽情的なのにどこか清純さも感じるような、そんな凛、とした令嬢が立っていた。そんな自分の姿を穴が開くほど見つめながら、わたしはすう、と息を吸った。


「待って~~~~~~悪役令嬢なら金髪縦ロールのきらきらぎらぎらお嬢様系が良かった~~~~!!!!」


 そう。

 自分の姿を見て、まっさきに思ったのが「それ」だった。

 だって、だってこのおしとやか黒髪ストレート系列悪役令嬢は、ふりふりのフリルも、レースも、そしてもちろんドデカリボンも! 似合わ!! ない!!!!


 起きて二秒で絶望した。その間にも頭の中に、これまで生きてきた自分の人生と、この悪役令嬢の記憶が流れ込み合体してゆく。どちらもちゃんとわたしだ。忘れていただけで、思い出せなかっただけで、今は「わたし」として合体した。そしてわたしはカッ、と目を見開く。そう確かに私は悪役令嬢だ。多分そういう役割なのだろう。でもだからこそ、前世のわたしの望みをかなえることもできるのだ。


「おーほっほっほっ! お義姉さま生きてたんですの~!? そのまま目を覚まさなければよかったのに!」


 ばーん、とけたたましい音がしてドアが開いた。めちゃくちゃな台詞と甲高い声。高笑いと共に現れたのは、一人の少女。

 ふわり、と彼女はわたしの前に立つ。


 天使がおる。


 わたしはそう思った。そう思わざるを得なかった。

 ふわり、ふわりと靡くハニーブロンドの髪の毛は、自然なウェーブを描いている。髪の毛と同じ色のまつ毛は空色の瞳を隠すほど長い。ぴん、と毛先の一つ一つまできちんとしていて、ふるりと震えるその下にあるのはちいちゃな鼻。口ももちろん小さいし薔薇色。頬はまあるく、やわらかそう。優しそうな垂れ眉は今はちょっと吊り上がっているけれど。でもその生意気そうな感じが可愛らしい。


 パステルカラーのふりふりのレースまみれのドレスを着て現れたのは、私の義妹、アンネリーゼだった。


「お義姉さま? 固まってどうしたんですの? 気持ち悪いですわ」

「かっ」

「か?」

「かわいい~~~~~~~~~~~~~~!!!!」


 そして気づけば、わたしはその天使の足元に体を投げ出していた。わたしより大分小さい彼女の体の前にひざまずき、そのままぎゅう、と抱きしめる。だってだってだって! かわいい! かわいすぎるこの子!!

 わたしの大好きなふりふりぶりぶりレースフリルたっぷりの服を着るために生まれてきたような、フランス人形のような一昔前の少女漫画のような。とにかくそんな素晴らしい理想の体現が目の前にいた。年のころは十くらいだろうか。私の今の年齢が十三歳なので、三歳差だ。最高。かわいい。


「お義姉さまが壊れましたわー!!」


 そして義妹は目をひん剥いて叫んだ。そんな様子さえもかわいくて、わたしは頬ずりしまくるのだった。


***


 思い出せば義妹には、そこそこ虐められていたのだけれど、なんかそんなのどうでもよくなってしまった。カワイイは最強。

 虐められていたと言っても、(わたくし)の持っていたドレスや、お母さまの形見のアクセサリーを「私の方が似合いますわ!」と奪ったり、「お義姉さまってほんっと暗くて地味ね!」と笑ってくるくらいのものだったので。いやまあ嫌だけどさ。でもまだ十歳だしな……と前の(わたくし)も思っていた。彼女は先日母親(私の父の愛人)が亡くなり、私の侯爵家に引き取られたばかりなのだ。もちろん貴族教育もまだ。

 そんな矢先に私が風邪をこじらせ死にかけた。そして前世の記憶を思い出した。


「アンネリーゼ、いいですか」

「なによ」


 さて、前回のあの暴走から一日経った。

 わたしは使用人に取り押さえられ、お嬢様は熱の影響で……とか言われてまたベッドに戻されてしまった。まあいくら前世のこと思い出したからって、あれはいかんかったなと自分でも思う。思ったので次の日は大人しい以前の私に戻った。体調も戻ったわ、心配かけてごめんなさいね、ああアンネリーゼにもきちんと説明しておきたいの、と微笑めば執事頭は優しい笑顔で頷いてくれた。ので今アンネリーゼはわたしの部屋にいる。なんだか毛を逆立ててフシャーしている子猫のような顔をしていた。


「あなたに私のドレスやアクセサリーは似合いません」

「なっ!」


 アンネリーゼの顔が真っ赤になる。でも仕方ない本当のことだもの。パーソナルカラーというものがある。わたしとあなたは、髪の色も顔立ちも何もかも違う。だからわたしに似合う青や紫の寒色系のドレスや、ゴールドやパール系のものは少し外れているかもしれない。いやかわいいんだけどね。こんだけかわいけりゃなんでも似合うんだけど、それでもやっぱり、きちんと似合うものを着せてあげたい。


「そ、それは、っ、わたくしには、お義姉さまが持っているような貴族のものは似合わないという、嫌味ですかっ!」


 ぷるぷる、と顔を真っ赤にさせながら彼女はそう言った。目にはちょっと涙が浮かんでいる。かわいすぎ。また抱きつきそうになったので、わたしは紅茶を飲みながら、ふるり、と首を横に振った。


「違うわ。あなたに似合う服やアクセサリーをあげたいの。でもわたしはそれを持っていないから、今から注文するわよ」

「へ」

「執事頭、いつもの商人を呼んで」

「もう呼んでおります」

「あら早いわね、ありがとう」

「もったいないお言葉です。こちらにお通ししても?」

「ええ、いいわ」


 そしてわたしは、ぽかんとするアンネリーゼを尻目に商人たちと色々相談をする。

 今ある商品を買うのはもちろん、ついでにわたしの前世のチート知識大活用だ。


「ねえこんなドレスどうかしら(前世で見た某靴落とすプリンセスの丸パクリだけど)」

「えっこれ天才ですお嬢様! ぜひ作らせてください!」

「そうねじゃあこんなのとこんなのと(とりあえず前世のプリンセスドレス全部作ったろ)」

「ヒーーーッ」


 興奮で泡吹いて倒れる商人を尻目に、わたしは次から次へとデザイン画を渡す。その様子をアンネリーゼはぽかりとしながら見ていた。プリンセスドレスはどれもアンネリーゼに合うだろう。わたしのおススメは百年眠ってたお姫様のドレスと、髪がめちゃんこ長いお姫様のドレス。どちらも金髪だったから、これをアンネリーゼが着たらわたしがぶっ倒れるくらいかわいいだろう。楽しみ!


「さ、これ全部あなたのドレスとアクセサリーよ。組み合わせについてはお姉さまが今からあなたのメイドと相談するわね」

「わ……わたくしの、趣味では、なかったら?」

「あら困ったわね。でもわたしにはこのパステルカラーのフリルたっぷりの甘ドレスは似合わないのよ」


 そう、悲しいかな。

 いや美少女なんすよ? でもなんだかちぐはぐで、惜しい! という気持ちになるだろう。これはアンネリーゼが着るべきものだ。そう言えば彼女はぱちぱちと美しい顔で瞬きをした後、小さな声で、「ありがとう」と呟いた。んーーーーそんな御礼言われるだなんて思ってなかった。昇天しそう。

 だってわたしは、あなたがこれを着てくれるだけで、いいのよ、本当に!



***



 そんなわけでわたしの今世の春が始まった。

 毎日デザイン画とにらめっこしたり、アンネリーゼのクローゼットをかき分けてメイドと一緒に組み合わせを考えたり。あとやっぱりプリンセスのドレスはアンネリーゼにぴったりだった。卒倒しそうになるほどかわいかった。そしてそのドレスが売れに売れたので、わたしたち侯爵家も潤った。まあそれはどうでもいい。アンネリーゼがかわいけりゃなんでもいい。


「お、お義姉さまっ、わたくし、これは、ちょっとやりすぎではと思うのですが!?」

「え……でもアンネリーゼのために作ったものだし、わたしにはやっぱり、似合わないのよねー……」

「うううううう!」


 基本的にはこの世界の流行や、わたしが新しく生み出したドレスの流行りの最先端をアンネリーゼに着てもらっている。でも! でもでもでもでも! たまには、たまにはいいでしょぉ!?!?!?


「はあぁあああああああああ……夢色パステルカラーリボンレースフリル満載のドレスが似合うのは貴方だけよ……」

「お義姉さまーーー!!」


 顔を真っ赤にしたアンネリーゼが叫ぶ。ただただかわいいでしかない。

 今回は、前世のロリータファッションを参考にしたので、ドレスの丈はひざ下十センチほど。この世界でそれはやや破廉恥らしいが、わたしとメイドしか見ていないので問題ない。

 もちろん揃いのヘッドドレスもある。ぷりぷりのスカートの下には、もうあふれんばかりのパニエ重ねだ。甘い甘い砂糖菓子のような、乙女の夢を敷き詰めたようなアンネリーゼが、目の前にいる。


「お茶会しましょうね……はぁあああ……かわいいぃ…………」

「……お義姉さまって、何年も前に熱が出てから、完全におかしくなりましたわね」

「ふふふ」


 前世を思い出してから早五年。わたしは十八歳。アンネリーゼは十五歳。この五年、彼女がどんどんかわいく美しくなり、この世の宝になるのを間近で見れてサイコーだった。

 そしてわたしは、家にこもりきりのおかしな令嬢という評判がついてしまった。それまでは大人しくて真面目な侯爵令嬢だったのに! でも今の方がハッピーなのでなんの問題もないです!!


「いいのよ、お金はあるし、侯爵家はお父様と年の離れた叔父さまが継ぐと決まったし」

「お義姉さまはそれでいいのですか? 結婚相手も見つかっていませんのよ」

「? 何か問題でも?」


 令和を生きていたわたしに、ミスの称号はまったく怖くない。首を傾げればアンネリーゼははぁ、と溜息をついた。


「まあお義姉さまがいいのなら、いいですけど」


 いいに決まっています。今は毎日、彼女に似合う服を作る三昧の毎日。最高! これ以上何もいらない!



***


「お前との婚約は、破棄する!」


 アンネリーゼさえいれば、もう何もいらない。

 そう思っていた時がわたしにもありました。いや、今もですけど。


 でもなんだかあれからたった二年の間に、さすがに結婚しろよ……という父親の圧力に負け、婚約はしたのです。

 わたしは跡継ぎではありません。けれどもうちは侯爵家。そしてドレスの販売で儲けまくったのでお金はあります。そんなわけで、子爵家の長男のえーと……あの、誰だっけ……とにかく、その方と婚約と相成りました。


 さすがにね、人と人との間柄のことです。わたしはお相手の方に寄り添うよう、努めて普通の令嬢らしく、振舞いました。

 お相手のお話を聞き、お相手とお茶をし、お相手のためにプレゼントを用意して。

 けれども、あの方はわたしとお話をしませんでした。わたしが用意したお茶会で「なんでお前なんかと婚約せねばならんのだ」とぶつくさ言うだけでした。(ああ! もしこれを『お話』にカウントするのなら、お話したことにはなっていますね!)

 わたし宛のプレゼントももちろんありません。わたしが用意した宝石のついたカフスピンや、最先端のお洋服を惜しげもなく自慢していたという話だけが聞こえてきました。


 まあそんなのがね、続けばね、もういっかぁと思うわけですよ。

 令和の記憶バリバリで、アンネリーゼを飾り立て、趣味のお洋服を作れて満足していたわたしにとっては。

 二年の間にお名前も忘れてしまいました。いちおう、ひと月に一回お茶会のお誘いはするのですが、その時に書く相手のお名前は、いちいちメモを見ながら書いています。

 お相手の誕生日や記念日(なんの? あ、婚約記念日ですか)に送るプレゼントも、自分ではなく侍女に見繕ってもらっております。愛も情もありません。でも政略結婚とあらば仕方がないかなぁ、と諦めていたわたしの二十歳の誕生日パーティー。そこで、正式な結婚式の日取りなどを発表する予定でした。


「お前との婚約は、破棄する!」


 おお、二回目です。大丈夫です。聞こえています。

 わたしはしずしずと前へ一歩出ました。さっきまでは来賓客の皆様に囲まれて、目立たなかったものですから。


「それは本気でしょうか?」

「当たり前だ! お前のような辛気臭い、家に引きこもってばかりの令嬢など要らぬわ!」

「なるほど」


 確かに、わたしが旦那様だったら嫌かもしれません。家にニートを飼っているようなものかしら。いいえでも、わたしは稼いでいるからニートとは違うわね。ただの引きこもりか。うん? どっちがタチ悪いのかしら。


「ほうら今も! 都合の悪いことがあると押し黙る! 利発な女性はきっとこういう時に、反論したりきちんと自分の意見を言うものだ」

「なるほど」

「さっきと同じではないか!!」


 だって。

 わたしは利発でもないし賢いわけでもない。生前見たような、悪役令嬢たちのように華麗に反論なんてできない。非は自分にもあるような気がしますし。


 それでも、まあ、目の前のこの男よりはマシなはずです。

 婚約者との時間を拒否し、招待したお茶会では文句ばっかり。婚約者に贈り物もせず、自分は高価な物を享受する。そうして今、婚約破棄を突き付ける。


 わたしは冷ややかな目でお相手を見つめます。反論せず、ただ、じぃ、と見つめるだけ。なぜだか婚約者様はたじろぎました。眉を顰め額に汗を流し一歩下がり、慌てたように次の句を告げます。


「私は! こんな陰気で野暮ったい女ではなく、美しく健気で可憐なアンネリーゼと婚約する!」

「は?」


 ぴた、と動きが止まりました。わたしだけはありません。周りの方々全てです。ちなみに今回は、侯爵家の令嬢の誕生日ということで王太子様もいらしています。その方ももちろん、固まっています。


「は?」


 わたしはもう一回言いました。目の前のクソ婚約者は、わたしのドス低い声にちょっと慄きながらも、首を回して周りを探し、そして大声で叫びました。


「アンネリーゼ!」


 さあああ、と群衆が割れます。関わりたくないのか、さっさと終わらせたいのか、とにかく道が割れ、アンネリーゼの姿が現れます。

 わたしの天使。わたしの義妹。かわいいかわいいアンネリーゼは今日は、光の加減によって虹色に見える天女の羽衣のようなドレスを着ていました。コルセットのない、エンパイアドレスです。わたしが某美少女戦士のお姫様から着想を得た新作です。きっと明日には時代の最先端にいくでしょう。


「どうだ! 今日だってこんな、見たこともないようなドレスを着せて! 私が以前、アンネリーゼに会いに行った時だって、悪趣味なフリルやレースにまみれた服を着せられていた!」


 男、曰く。

 アンネリーゼはいつも義姉に虐げられていた。

 似合わない服を着せられていた。センスのない服を無理やり着せられていた。悪趣味で醜悪極まりない、彼女の年齢であれば着ないような服。

 ある日は真っ黒な服だった。喪服でもないのに彼女にそんな色をまとわせるのなんて言語道断。

 それもすべて、義姉が用意したものだという。ああなんてかわいそうなアンネリーゼ! こんなにも麗しく美しいのに、虐げられてどれほど辛かったろう!!


「……」


 わたしはぎゅっと、拳を握りました。

 ぎりり、と手の内に爪が食い込みます。自然と目の前がにじんで来ました。涙が浮かんでいたのです。そう、あまりに怒り過ぎると、人は泣くのだと初めて知りました。


 彼が言う悪趣味な服というのは、フリフリでフリルやレース、リボンでたっぷりの甘々ロリータコーデのことでしょう。逆に黒というのはゴシックロリータを着せた時のことでしょう。家でしか着せていない、わたしの、秘密の小さな楽しみ。

 それをこの男に見られていた。そして現在進行形でその楽しみを、幸せを穢されていることにわたしは怒りで震えました。


「アンネリーゼ! アンネリーゼ! もう心配ない。意地悪な義姉は私が追放しよう。君は心置きなく私と結婚し、侯爵家を継いで盛り立てていくのだ!」


 ずかずかずか、と男はアンネリーゼの手を取ります。目を丸くした彼女は、何も言いません。



 ああ、アンネリーゼ。

 わたしの、かわいい、かわいい、妹。


 あなたがわたしのことを嫌っていることはわかっています。

 おかしな姉だと思っているのでしょう。そして、自分の嫌な服を着せる姉。

 それは確かに、虐げている、と言われるのかもしれません。だからわたしは何も言えません。手のひらが指の先が真っ白になるくらい、強い力で握りこむことしかできません。唇を噛んで、ただ、堪えるしかありません。


 アンネリーゼ。

 ごめんなさい。


 前世の記憶を思い出してわたし、調子に乗っちゃったのかもしれません。

 だってあなたがあまりにかわいかったから。あなたがあまりに、愛らしくて、心細い今世でたったひとつの光と思って縋り付きたかったから。


 滲む視界の中、ゆらり、とアンネリーゼが動きました。優雅な動きで男の元へと歩きます。ああやっぱり。やっぱり、わたしはただの、悪役令嬢。


 この数年で、アンネリーゼは大変立派な淑女に成長しました。家に来た時に泣いて喚いてわたしのものを奪った少女と、とても同一人物とは思えないほど。

 どこに出しても恥ずかしくない、勉学も淑女教育も完璧な令嬢です。片やわたしは、前世の記憶を思い出すまではいたって普通の令嬢でしたが、今では引きこもりのドレスフリークです。比べるまでもありません。


「……」


 アンネリーゼは、完璧な女性のお手本のように微笑みます。

 着ている淑やかなエンパイアドレスと相まって、大変大変、美しく、神々しく、まるでそこだけ天使のいる天国のように、見えました。


「わたくしが、あなたと、婚約?」


 そして彼女は、こてりと首を傾げて、柔らかに問いました。わたしの元婚約者は、そんな美しいアンネリーゼを前にして鼻息荒く興奮した面持ちで頷きます。


「ああ! 虐げていた義姉は今こうして断罪した! だから君は心置きなく、私と結婚できるんだ!」

「お義姉さまではなく、わたくしと婚約したいと言うのですね」

「もちろんだ。君は美しいし賢い。あんな頭のおかしい陰気な義姉とは大違いだ。さあアンネリーゼ、君の虐げられし日々は終わった。もうこれからは、あんな風にセンスのないドレスなど着ることもないのだ!」

「センスのない、ドレス」


 それはアンネリーゼにしては珍しい、歯切れの悪い言葉でした。

 完璧な淑女たるアンネリーゼは、そんな風に言葉を濁すことなどありません。いつだって、はっきりと言うか、それともふわりとヴェールに覆い隠すか。

 それなのに今は歯切れ悪く、そして、相手の言葉をしっかりと自分の中で噛み砕いているようでした。


「センスがありませんか、今のこのドレスも」

「君は美しいが……このドレスの形は、他の令嬢も誰も着ていないだろう? そんな常識外れなものを着せるなど、あの醜い義姉の策略としか思えぬ」


 そりゃあそれは、わたしが新しく作ったドレスですからね。今日お披露目です。

 でも、あなたはそう言いますが、このドレスを着たアンネリーゼは本当に、本当に美しいのです。月の女神がそのまま地上に舞い降りたといっても誰も疑わないでしょう。彼女のさらさらと流れる、長い金髪がすとんと肩のふくらんだ袖に重なっているのも、静かに動くたびにボリューム抑え目のスカートの裾が揺れるのも。彼女のきらきらした淡いブルーの瞳と合わさるように、色が変わるのも。わたしは、美しいと思うのです。


 ああ、せめて、この目に映る最後のものが、綺麗なアンネリーゼでよかった。

 わたしはきっと断罪されて、このまま儚くなるのでしょう。それでも、それでも、この時の美しいアンネリーゼを、最後に見られてよかった。

 涙はもう止まることを知りません。ぽたぽたと、ぼたぼたと、みっともなく淑女らしくなく泣きながら、わたしはアンネリーゼだけを見つめます。彼女が息を吸いました。何かを、大声で叫ぶ前のように。



「~~~~~~~~~~っばっかじゃないの!?!?!」


 ばちん!

 大声と、そしてそのあと響く乾いた音。

 ぽかんとしたのは誰だったでしょう。おそらくこの場にいたアンネリーゼ以外の全員でしょう。


「 」

「ばかばかばかばかばか!! お義姉さまが作ったこのドレスの良さがわからないなんて、貴方、目が腐っているのではなくって!? これは今日発表された新しいドレスの型だから、他に着ている令嬢がいるわけないでしょう!」

「え」


 アンネリーゼの声は、まだ大きいままです。わたしはぽかんとしたまま彼女を見つめます。


「それにわたくしが家で着ている服がセンスないですって!? 確かにねぇ! わたくしのセンスとは違うわよ。甘々でフリフリでブリブリリボンレースフリルたっぷりのロリータドレスとか、着ていて恥ずかしいわよ」

「うっ」


 これはわたしの悲鳴です。ダメージ食らっています。


「黒もあまりない色だし、たまに動物の耳を模したカチューシャだって付けられるし。見たこともないような民族衣装だって着せられるし」

「うっうっ」


 ダメージが重なっていきます。本当にごめんなさいアンネリーゼ!

 それなのに彼女は、顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えながら、淑女にあるまじき大声で、会場全てに聞こえるように叫ぶのです。


「でもねえ! お義姉さまの服の文句を言ってもいいのは、わたくしだけなのよ!!!!!!」



 わたくしだけが言える。

 だって、わたくしが一番、お義姉さまの服を着ているんだもの。

 最初は面食らったわ。愛人の娘なんかただただ、憎いだけでしょうに。

 それなのにお義姉さまはただただにこにこへらへらしながらわたくしに新しいお洋服を持ってくるの。見たこともないようなデザイン、形、斬新でオシャレで美しいお洋服たち。中にはまあ、わたくしと趣味が違うものありましたわ。でも、『悪くない』。わたくしはそう思いました。



「だって、だって、お義姉さまの作るお洋服は、世界で一番のお洋服なんですから!!!!!!!!!!!!」



 きん、と彼女の声がフロア中に響きます。

 きっと、今日この場にいるすべての人に聞こえたことでしょう。

 ねえ聞きましたか? 聞こえましたか?

 わたしきっと、このために、生まれて、死んで、そしてもういちど生まれたのだわ。



「な、にを」

「お義姉さまのセンスの良さをわからないあなたなんかに、婚約者になる資格なんてありませんことよ。もちろんわたくしもお断わりですわ」

「えっ」

「お義姉さまのドレスの素晴らしさは、ここにいる皆様が分かっているでしょう?」


 くるりと、周りを見渡すようにアンネリーゼは回りました。

 その顔は堂々としていて、ひとつも恥じることなどない、という顔でした。

 そして、そんなアンネリーゼに同調するように、周りからさざめきのように声が聞こえてきます。


「ええ、もちろん。わたしの着ているドレスもアンネリーゼ様のお義姉さまのドレスですわ」

「あの方が昨今の流行を作ったといっても過言ではないのに……あの令息は何を言っているのかしら?」

「というか、あの方が着ているタキシードもお義姉様デザインのものではなくって?」

「まあ、自分はその素晴らしさを享受しているのに、御本人は貶めるの? それって、ねえ」


 くすくす。ざわざわ。

 密やかで、でも確かに重苦しい空気が、令息を包み込みます。わたしの元婚約者は、周りの空気に圧倒されて思わずへたりこんでしまい……そうになるところを、会場にいた警備の騎士に連れていかれました。

 あとで話は聞かなくてはならないでしょうが、とりあえず、今は、……なんとか、なった?


「お義姉さま!」

「アンネリーゼ」


 ぱちくりと、わたしはアンネリーゼを見つめます。月の女神のような少女がわたしの目の前に立ち、さっきの興奮冷めやらぬまま、真っ赤な顔で、わたしを睨みつけています。

 言いたいことはたくさんありました。あなたはわたしを恨んでいないの、とか、嫌いじゃないの、とか。

 でも彼女の顔を見ていたら何も言わなくていいなとわかったのです。

 だって、アンネリーゼの美しい空色の瞳には涙が浮かび、ぽろり、とそれはそれは綺麗な涙をこぼしたのですから。

 そんな時姉にできるのは、ただただ、彼女を抱きしめて、その背を優しく撫でてあげることだけでしょう?



 それから。

 わたしの婚約は破棄されました。さすがにあの騒動を経て、ネグレクト気味なわたしのお父様も多少、省みたようです。

 もちろんアンネリーゼの婚約者にもなりません。アンネリーゼにはあの日から、この国はおろか外国からもじゃんじゃんと釣り書きが届いて、お父様は忙しそうです。


「わたくしはまだ十七歳だし、しばらく放っておくわ。それよりお義姉さま、新しい服ができたんですって?」

「ええ、ええ、そうなの! 今度はね……」


 それでも彼女は、今日も、わたしの服を着てくれます。

 わたしの理想の美少女が、わたしの大好きなわたしの服を着てくれます。でもきっとわたしは、アンネリーゼが皺だらけのおばあちゃんになったとしても、それを幸福だと思うでしょう。


 わたしが欲しかったのは美しいお人形さんだったのではない、血肉通ってわたしのために泣いてくれる、わたしの家族だったのですから。

主要人物の名前、一人しか出ないチャレンジをしてみました。案外いけますね。


主人公の義姉の一人称が「私」の時は、前世の記憶を思い出す前の令嬢の時、思い出してから「わたし」になっています。


アンネリーゼの一人称の「わたくし」は、令嬢の頃のお義姉さまの真似をした結果です。

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