石の街の設計図
第6話 石の街の設計図
灰枝管理局の会議室は、窓が少なかった。
中央の卓に大判図面が広げられ、四隅には重しが置かれている。
席順は自然に決まった。俺とセラが同じ側、向かいにカディル、端にフィン。誰も笑わない。
「時間がない。始めるぞ」
カディルが先に口火を切る。
「暫定運用案の前に、現行案の確認だ。北区画から順に接続して、冬前に最低限の暖房と浄水を確保する」
俺は図面の線を追った。井戸、暖機、導水。個別設備の集合に見えて、背骨のような幹線が一本通っている。ここが問題だ。
「この幹線、必要か?」
カディルが即答する。
「必要だ。分離運用だと効率が落ちる。出力の平準化ができない」
「効率の代わりに、閾値を踏む」
フィンが補足する。
「監察局の判定では、この幹線を通した時点で危険域接近だ」
カディルは机を指で叩いた。
「判定は判定だ。だが凍死者は判定で減らない」
言葉がぶつかる。どちらにも正当性がある。
その間で、俺の視界にログが走った。
`CIV-RISK 71% -> 79%`
`NETWORK FORMATION: IN PROGRESS`
嫌な汗が首筋を伝う。セラが横目で俺を見る。
「上がった?」
「上がった。早い」
フィンの視線が鋭くなる。
「数値を言え」
「七十九」
会議室の空気が硬直した。カディルが低く息を吐く。
「数字の出所を信じ切るのは危険だ」
「信じ切る話じゃない。兆候として見る」
セラが図面の別紙を開く。昨夜、ほとんど寝ずに引いた暫定案だ。
「三段階で行きましょう」
彼女は炭筆で線を三色に分けた。
「第一段階。区画ごとの独立運用。
第二段階。監視間隔を固定した限定接続。
第三段階。冬季終了後に再評価。
幹線は常時開放しない」
カディルが眉を寄せる。
「それでは供給が不安定になる」
「不安定でも、死なない範囲を確保するのが目的です」
セラの声は揺れない。
「常時最大効率を目指す運用は、現状の監査基準に対して攻撃的すぎる」
俺は補う。
「要するに、走りながら増やすな。止められる形で増やせ」
フィンが図面を見下ろしたまま言う。
「監察局としては妥当。だが神託側が承認する保証はない」
「神託側?」
カディルが顔を上げる。
「お前はどこまで聞いている」
フィンは答えない。その代わり、俺の視界に文字が焼き付いた。
`COMMAND`
`要件充足時、局地神罰を許可`
喉が詰まり、視界の端が白く滲んだ。耳鳴りの中で、机の木目が一瞬二重になる。
「リク?」
セラの声が遠い。俺は額を押さえ、歯を食いしばる。
「……命令が来た」
フィンが立ち上がる。
「内容を言え」
「要件充足時、局地神罰を許可」
カディルが椅子を蹴った。
「ふざけるな。ここにいるのは兵じゃない。住民だ」
窓の外で、子どもの咳が短く響いた。誰も振り向かない。振り向けない。
フィンが一歩前に出る。声だけは低く保つ。
「落ち着け。命令は即時執行ではない。要件未充足なら回避できる」
「回避案として、先に避難路を切る。会議後に私が手配する」
「北区画の第一避難線を夜明け前までに開ける」
「回避する。必ずだ」
カディルの拳が震えていた。怒りだけではない。恐怖が混じっている。
俺は呼吸を整える。セラの案を指で叩いた。
「これで行く。分離運用。監視固定。段階導入」
フィンが俺を見据える。
「神託が拒否したら」
俺は答えを選ばずに口にした。
「現場で止める」
会議室が静まり返る。
フィンは長く息を吐いた。
「それは命令違反だ」
「知ってる」
「違反すれば、お前は監査対象から処分対象へ落ちる」
言葉の重みは理解していた。
理解した上で、俺は頷く。
「それでも、ここで線を引く」
沈黙のあと、カディルが座り直した。
「段階導入で進める。だが時間がない。今夜中に区画表を切る」
セラが即座に紙束を引き寄せる。
「私が監視間隔を組みます。リク、出力上限の仮値を」
俺は炭筆を取る。手がわずかに震えている。
その震えを見て、フィンが短く言った。
「申告しておく。今の症状も記録対象だ」
「勝手にしろ」
「勝手にはしない。書面で残す」
敵でも味方でもない声音。
おそらく、それが最も厄介だった。
夜、会議室を出ると、灰枝の通りに灯が点いていた。仮設小屋の窓にも、小さな明かり。守りたいのは、こういう光だ。
視界に最後のログが浮く。
`SYNC WARNING: FLUCTUATION`
`COMPLIANCE CHECK: PENDING`
`DEADLINE: 04:00`
俺は目を閉じずに、その文字を読んだ。
明日、俺は命令に逆らう準備を始める。




