灰枝の依頼票
第5話 灰枝の依頼票
灰枝の朝は、紙の匂いがした。
ギルド支部の掲示板が、依頼票で埋まっている。討伐、採取、護衛。その間に、見慣れない文言が混じっていた。遺跡解体補助。旧式暖機搬出。地下回路調査立会。
「多すぎるな」
俺が呟くと、受付のナタリアが肩をすくめた。
「先月の三倍。冬前だから、って説明は聞いたけど……それだけじゃない気がする」
セラは掲示板の下段を指でなぞる。
「同じ発注者名が並んでる。カディル領管理局」
追ってきたフィンが、俺たちの後ろで立ち止まった。
「その案件だ。監察照会はそこへ繋がっている」
俺は票を三枚抜いた。どれも生活設備寄りだ。暖房、浄水、保温。露骨な兵器開発ではない。
「これなら住民支援に見える」
「見える、で止まるな」
フィンの声は低い。
「生活改善は否定しない。問題は接続規模だ」
俺たちは調査票を持って、北区画の仮設集落へ向かった。灰枝の外れに板壁の小屋が並ぶ。子どもの咳。薄い湯気。水桶の底に白い沈殿が溜まっていた。
小屋の女主人が両手を擦り合わせる。
「夜、冷えるんです。暖房石が一つでも増えたら、年寄りが助かる」
井戸番の男は濁った桶を持ち上げた。
「浄水器が足りない。煮れば飲めるけど、薪が足りん」
どの言葉も切実で、正しい。
神罰だの監査だのを挟む余地がないくらい、目の前の困窮は具体的だった。
視界にログが浮く。
`CIV-RISK 58% -> 63%`
`原因: 遺物接続点 増加`
俺は舌打ちを堪える。現場の必要と、ログの危険判定が噛み合わない。
「上がった?」
セラが小声で聞き、俺は頷いた。
「理由は」
「接続点の増加」
セラは小屋の梁を見上げる。
「ここ単体なら、ただの暖房補助。接続しなければ危険は跳ねないはず」
その言い方は、反論じゃなく検証だった。
改善=逸脱、の一色で塗り潰さない線引き。
昼、管理局詰所でカディルと会った。三十代半ば。整った外套に泥がついている。机上には設計図と患者名簿が積まれていた。
「来てくれて助かる。監察局経由だろう。話は聞いてる」
握手の手は硬い。現場に出る実務家の手だ。
右手の小指は先端が欠けていた。凍傷の古傷に見える。
「先に言う。私は神への反逆がしたいわけじゃない。凍死者を減らしたいだけだ」
カディルは名簿を一枚ずつ叩いた。
「去年、北区画で老人が十一人死んだ。原因は冷えと水。これを今年も繰り返すなら、私の役職に意味はない」
フィンが口を挟む。
「目的は理解する。だが接続計画の全体像が不透明だ」
「不透明じゃない。これだ」
カディルは一瞬だけ躊躇ってから、机上の大判を広げる。灰枝全域の図面。井戸、暖房石、導水路。線が線を呼び、区画をまたいで繋がっている。
俺は紙に身を乗り出した。点の配置は生活設備なのに、線の引き方が違う。局所改善ではない。都市回路の骨格だ。
視界ログが跳ね上がる。
`CIV-RISK 63% -> 71%`
`要因: 全域接続パターン検出`
喉の奥が冷えた。
「これ、誰が引いた」
「技術班だ。古い遺跡図面を応用した。効率がいい」
「効率が良すぎる」
俺の声が硬くなり、カディルが眉を寄せた。
「何が言いたい」
「点で使うなら生活改善だ。線で繋げば、別物になる」
セラが一歩前に出た。
「分離運用は可能です。区画ごとに出力を制限して、相互接続を物理的に断てば、必要な暖房と浄水は維持できます」
カディルが腕を組む。
「それだと効率が落ちる」
「効率で人は生きません」
セラの声は静かだった。
「冬を越えるための設備なら、冬を越える単位で十分です」
沈黙。カディルは設計図を見下ろし、指で接続線を叩いた。
「……段階導入なら、検討する。だが全面停止は無理だ」
全面停止。全面接続。どちらも極端だ。
その間をどう作るかが、次の問題になる。
帰り道、俺は図面の写しを袋へ押し込んだ。
線の重なりが頭から離れない。
ギルド支部へ戻ると、日が傾いていた。掲示板の前で、セラが低く言う。
「決めよう。私たちがどこまで介入するか」
俺は頷く。
「まず、全域接続の痕跡を洗う。点運用に落とせるか確認する」
視界にログが出る。
`AUDIT FLAG: NETWORK TRACE`
`PRIORITY: HIGH`
命令文は冷たい。
だが今日は、あの冷たさだけに従う気にはなれなかった。
フィンの使いが走ってきて、短い伝言だけ置いていく。
「監察騎士殿より。暫定運用案を明朝までに」




