監察騎士フィン
第4話 監察騎士フィン
口頭報告は、村の集会所で行われた。
長机の向こうにフィン、横に村長、後ろに書記役の神官見習いがいる。形式だけ見れば裁判に近い。違うのは、罪状がまだ書かれていないことだ。
「リク・ハーディン。無詠唱行使時の状況を、時系列で」
フィンの声は平坦だった。責める温度も、庇う温度もない。
俺は戦闘の流れを説明した。狼三、蛇二。子どもの転倒、詠唱省略、鎮圧。そこで一度、言葉が止まる。
「続けろ」
「……空白がありました。十数秒。気づいたら、セラを掴んでた」
フィンの視線がセラへ移る。セラは記録帳を開き、ページを押さえた。
「空白は十四呼吸。発話異常、瞳孔反応遅延、発汗過多。記録済みです」
神官見習いの羽根ペンが走る。紙に擦れる音だけが続いた。
フィンは短く問う。
「記録は改竄していないな」
「してません」
「理由は」
「残すべきだからです。本人にも、組織にも」
セラはまっすぐ答えた。俺は横で黙るしかない。
報告が終わると、フィンは書面を閉じた。
「照会結果を告げる。処罰は現時点で保留。代わりに監視付き行動許可へ移行する」
「監視付きって、具体的に?」
「制約は三つ」
フィンは指を一本ずつ立てた。
「一つ。無許可で遺跡へ入るな。
二つ。高密度域で無詠唱を連発するな。
三つ。行使後に記憶異常が出た場合、即時申告しろ」
集会所の空気がひやりとする。村長が咳払いを一つ挟んだ。
「それは……ほぼ監禁では」
村長の抗議に、フィンは首を振る。
「違う。これは保護だ」
「誰の?」
「本人と、周囲の」
答えが早すぎて、反論を飲み込む。フィンは続けた。
「隔離判断はまだ出していない。出す必要がないよう運用する。そのための制約だ」
保護。隔離。似た言葉が、まるで別の刃の角度で並ぶ。
セラが口を開いた。
「『隔離判断』が出る基準は?」
フィンは一瞬だけ沈黙した。
「同期欠損が不可逆域に入ったとき」
「不可逆域って、どの程度」
「説明すべき範囲を超える」
線を引かれた。セラが眉を寄せる。俺は先に聞いた。
「前例があるのか」
フィンは視線を机へ落とし、短く頷いた。
「ある。名前は言えない」
それだけで十分だった。俺の喉の奥に、昨夜の `SYNC WARNING` が蘇る。
手続きが終わるころ、神官見習いが新しい照会束を抱えて入ってきた。村長へ渡しかけた書類を、フィンが途中で受け取る。封を切って目を走らせ、初めてわずかに眉を動かした。
「……急だな」
「何があった」
俺の問いに、フィンは紙束の一枚を机に置いた。
灰枝支部からの依頼票写し。遺跡解体、遺物搬出、地下回路調査。三日分で二十件を超えている。
「遺跡案件が急増している。単発ではない。流れだ」
村長が低く唸る。
「冬前だから、暖房用に古い部材を拾ってるだけでは」
「その規模を超えている」
フィンは俺を見る。
「リク。お前の監視付き許可は、今日から適用する」
「つまり」
「灰枝へ行け。現場を見ろ。お前の目が必要だ」
命令なのか、依頼なのか、境界が曖昧な口調だった。
集会所を出ると、昼の風が冷たかった。セラが隣で記録帳を閉じる。
「行く?」
「行くしかないだろ」
「じゃあ条件。私も行く。記録は継続。異常が出たら引き返す」
即答だった。俺は苦笑して頷く。
「はい、薬師殿」
「軽口でごまかすな」
叱る声はいつもどおりだ。わずかに、肩の力が抜ける。
夕方、門柵の外で荷をまとめる。見張り台の影が長く伸びるころ、視界にウィンドウが開いた。
`TASK UPDATE`
`AREA: HAEEDA`
`PRIORITY: HIGH`
命令文の温度は、相変わらず低い。
なのに、その先にいる人間の体温だけが、やけにはっきり想像できた。




