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転生した俺は神の監査官だった——神託に逆らい、神罰カウント九二%の街を救う  作者: 蒼月よる


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無詠唱の代償

第3話 無詠唱の代償


 照会が来た日の午後、縁層で警鐘が鳴った。


 見張り台の鐘は、魔獣の規模で打ち分ける。短く三回、長く一回。中位混成。村の外縁で食い止めるべき合図だ。


 俺は道具袋を掴んで飛び出した。セラが後ろから追ってくる。薬箱の留め具が走るたびに鳴った。


「数は?」


「見張りが言ってたのは、狼三、蛇二!」


 嫌な組み合わせだ。蒼牙狼は連携で押してくる。根蛇は足を止める。噛み合うと厄介になる。


 外縁柵の手前で、既に一体が倒れていた。若手の槍が突き刺さっている。だがその横で、別の狼が跳ぶ。村の子どもが転んだ位置に一直線だった。


 詠唱じゃ間に合わない。


 考える前に、喉の奥で音を切る。言葉を省き、意図だけを叩きつける。


 熱の線が弧を描いて、狼の進路を焼いた。飛び込みは逸れ、土を抉って横に転がる。直後に根蛇が地面から突き上がる。俺は左に半歩。二発目。短い雷光で蛇の頭を弾いた。


 周囲の声が遠い。


「リク、後ろ!」

「柵を閉めろ!」


 視界だけが妙に澄んで、標的の輪郭が太く見える。蒼牙狼の喉元。根蛇の腹。次の軌道。手順が最短距離で流れ込む。


 最後の一体が逃げたところで、膝が抜けた。土に手をつく。息が浅い。


「終わったぞ!」


 誰かが叫び、歓声が上がる。助かった。村は守れた。


 なのに、次の瞬間、音が切れた。


 白い空白。


 おそらく、ほんの十数秒。


 気づいたとき、俺はセラの肩を掴んでいた。


「美咲、退がれ」


 セラが固まる。

「……誰?」


 周囲の若手がざわつく。セラは振り向かずに手を上げた。

「見るな。柵の点検を先にやって」


 俺は手を離した。自分の口から出た名前が、まるで知らない他人の声のように耳へ戻る。


「今、何て言った」


「わからない」


 嘘ではない。本当にわからない。喉が急に乾いて、舌が重い。


 セラは何も返さず、記録帳を開いた。震える手で、時刻と発話を書き込んでいく。

「空白、十四数えた。私の呼吸で」


「脈、見せて」


 指先が手首に触れる。冷たい。秒を数えるセラの唇が動く。瞳孔を見るために、俺の顔へ小さな鏡を向ける。


「右瞳、収縮遅い。発汗過多。発話異常あり」


「そんな大げさな」


「大げさじゃない。今の、あんたの声じゃなかった」


 言い返そうとして、言葉が消える。

 俺は、自分の幼いころの記憶を一つ思い出そうとした。井戸のそばで転んだ日。確か膝を擦りむいて、ばあちゃんが——


 そこで止まった。


 ばあちゃんの顔が出てこない。

 笑い方も、声も、匂いも。輪郭の部分だけ、白く抜けている。


 胸の奥が冷えた。戦闘後の疲れではない。何かが、削れた感覚だった。


「……リク?」


 セラの声が遠い。俺は無理に立ち上がる。


「平気だ。たぶん、出力を上げすぎた」


「たぶん、で済ませるな」


 セラは記録帳を閉じ、短く言った。

「この記録、残す。消さない」


 夕方、門前に監察局の使いが来た。白封の照会文。封蝋に剣盾紋。


 村長が開いて、顔をしかめる。

「……追加照会だ。リク、明朝、監察騎士への口頭報告を命ずる」


 紙を受け取る。文面は硬く、無詠唱行使の状況説明、精神状態の申告、同行者の証言提出を求めていた。


 同行者。

 つまり、セラの記録も対象だ。


 夜、寝床で目を閉じる。眠れない。

 頭の中で、さっきの空白だけが反復する。


 美咲。

 誰だ、それは。


 視界の闇に、ウィンドウが一行だけ浮いた。


 `SYNC WARNING: 低下傾向`


 俺は、その文字を消せなかった。


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