神託ウィンドウ
第2話 神託ウィンドウ
監察騎士フィンは、朝の訓練場に立っていた。
白い外套のまま、剣にも杖にも手をかけない。見ているだけで圧がある。村の若手が円を作って、俺のほうをちらちら見ては小声で笑う。
「無詠唱って本当かよ」
「昨日、根蛇追い払ったって」
「照会まで来るとか、やらかしすぎだろ」
やらかした覚えはない。助けるために撃っただけだ。
フィンが短く告げる。
「照会は処罰ではない。確認だ。リク・ハーディン、通常詠唱と短縮詠唱、両方を実演しろ」
村長が息を呑む音がした。俺は頷いて、的板の前に立つ。距離は二十歩。風は弱い。
その瞬間、視界に例のウィンドウが開いた。
`SYNC_RATE 71%`
`CHANT_MODEL B-2 推奨`
`TARGET: BOARD-01`
昨日より表示がはっきりしている。深呼吸して、口の中で音を組む。
「——熱よ、束ねろ」
火線が一本、真っ直ぐ走る。的の中央に小さな焦げ跡が残り、ざわめきが一段上がった。続けて短縮詠唱を重ねる。角度補正と出力抑制。頭の中に最短手順が滑り込んでくる。
「——散れ」
今度は的板の右端だけを焼いた。狙い通りだ。練習より、明らかに精度が高い。
円の外で、若手が息を呑む。
「今の、見たか」
「同じ歳であれは反則だろ」
「……リク先輩、って呼んだほうがいいかもな」
王道の転生チートって、こういう感じかもしれない。
かすかに笑いそうになったところで、ウィンドウの一行が書き換わった。
`TARGET: HUMAN / AUDIT_CANDIDATE`
人間監査候補。
俺は瞬きをした。次の瞬間には表示が消えて、何事もなかったように青空だけが残る。
「どうした」
フィンの声に、俺は首を振った。
「なんでもない」
実演は合格だったらしい。フィンは村長に向き直る。
「行使精度は高い。だが監視対象でもある。独断での高出力行使は控えさせろ」
「保護判断は継続中だ。隔離判断は、まだ出していない」
監視対象。祝福、ではないのか。
午前の訓練を終えて、俺とセラは縁層へ採取に出た。セラは昨日の記録帳を抱えて、歩きながらページをめくっている。
「脈拍、回復が早すぎる。体質の問題か、別の要因か、まだわからない」
「別の要因って?」
「だから、わからないって言ってる」
セラは顔を上げないまま言った。
「わかるまで、手順は守る」
森に入って間もなく、ウィンドウがまた出た。
`ROUTE OPTIMIZE`
`採取効率 +32%`
`推奨経路: 北斜面ショートカット`
北斜面は最短だ。俺は条件反射でそっちへ足を向ける。
「待って」
セラが袖を掴んだ。いつになく強い力だった。
「今朝の湿度で、北斜面は胞子が溜まる。風向きも悪い。行くなら昼すぎ」
「でも最短だ」
「最短は安全じゃない」
言い終わる前に、斜面の上で白い煙のようなものが噴いた。胞子だ。風が谷へ落ちる。あっちへ踏み込んでいたら、まともに吸っていた。
俺は足を止めた。ウィンドウは平然と残っている。
`ROUTE RECOMMENDATION ACTIVE`
「……お前、これ見えてないよな」
セラが眉をひそめる。
「何が」
「最短経路って表示される。たまに、やたら正確で、たまに危ない」
セラはしばらく黙っていたが、記録帳を閉じた。
「便利なら使う。でも、命を預けるな。道具は道具」
その言い方に、わずかに救われる。全部否定されるより、ずっといい。
帰り道、村の門前でフィンとすれ違った。白外套の裾に泥一つついていない。俺を見て、短く言う。
「お前は強い。だが強さは免罪符にならない」
「俺は何をした」
「まだ何もしていない。だから今、照会している」
夜。寝床に入っても、目が冴えていた。天井の梁を見上げていると、視界に静かに文字が浮く。
`NEW TASK`
`対象遺跡接近を監査せよ`
祝福のメッセージにしては、あまりにも命令文だった。




