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メリバとかビターとか

ばいばい、転生者

作者: さいべり屋
掲載日:2026/03/29


ずっ。


ストローが空気を吸い込んで、不快な音を立てた。


リコは空になったシェイクのカップを押しやって、スマホをタップする。


19:10。


あと10分経ったら帰ろう。


追加の注文をすれば、もう少し居られるだろう。

でも、スマホの充電が心許ないし、残り少ないお小遣いを減らしてまで待ってやる義理もない。


だって、あいつはもうリコの彼氏じゃない。


リコだけは知っている。

外見は彼氏の颯太だけど、中身は異世界から来た転生者だ。




急に手元が翳って、視線を上げると颯太だった。


「宿題してるとか、真面目かよ」


謝罪ひとつなく、向かいの席にどさっと腰を落とす。


「……遅くなるなら、連絡してよ。メッセも既読つかないし」


「わり。ケータイ嫌いなんだ。スタジオうるせーし」


悪びれる風もなく、投げ出した脚をカタカタさせている。


──ほら、やっぱりそうだ。


前は手と繋がってるのかってイジられるくらい、常にスマホを触っていた。

前はそんな言葉づかいをしなかったし、遅れたらちゃんと謝った。

前は脚を投げ出したりせずに、ちゃんとテーブルの下にしまっていた。


誰だお前。リコは颯太の皮を着た知らない誰かにそっと毒づいた。




リコはわりとよく本を読む。


最近はファンタジーが好きだ。


トラックにぶつかって転生すると、知らない世界の誰かの中に入っていて、現世知識で無双するのが多い。


「あと、その頭なに?」


「……あ? なにが」


颯太は投げ出した自分の膝に視線を向けたままだ。





異世界から転生してきて、颯太の身体を乗っ取ったに違いない。


それが証拠に、柔らかな颯太の髪は鮮やかなピンクに染まっている。



「土曜の約束は遅れないでよね」


「あ、土曜は俺パス。アリサとスタジオ」


「は?」


土曜はネットでバズっていた店に行こうと、ひと月も前から約束していた。

ふたりだけでなくミナやカズハたちカップルと6人で。颯太の一存で反故にできるものではない。


「無理。ガレットのお店、もう予約しちゃってるし」


「あ~……。俺、蕎麦、ダメなんだよ。アレルギーでさ」


「嘘。そんなの聞いたことない」


「……。最近なったんだよ」


──颯太を乗っ取ったやつは、蕎麦がダメらしい。


「ええ~。楽しみにしてたのに」


リコはフードコートのベタついたテーブルに突っ伏した。


「別に、俺抜きで行きゃいいじゃん」


「ダブルデートのおまけにひとりだけ着いてくなんて地獄過ぎる」


「友達なんだからカップルとか関係ねーじゃん。くだらねーな」


かちん。

リコは丁寧に巻いたくるくるの髪の隙間から颯太を睨みつけた。


「約束破るくだらねー奴に言われたくない」


「……悪りぃ。でも、ライブ近いからさ、練習しないとさ。分かるだろ」


ちょっとはマズいと思ったのか。はじめて颯太から謝罪らしき声が聞こえた。


「アリサって、3組の中村さんだっけ」

「そそ。あいつすげえんだよ。音楽のシュミもいいしさ」


それからしばらく、さっきまでの不貞腐れたみたいな態度が嘘みたいに、

異世界語みたいなよくわかんない話を上機嫌でしてた。


それから、ちょっとやべって顔になって、

リコの首から下がったイヤホンを指して、何聴いてるのって話をふってきた。


「……あいみょん」


リコが答えると、ハン、と呆れたように鼻を鳴らした。


ハン。


──やっぱり、転生者だ。

本物なら忘れるわけない、思い出の曲。

異世界は、颯太から記憶まで奪っていく。


目の前にいるのは、颯太の姿を借りた、ただの知らない人。


だから、こんな態度を取られたって、

リコが傷つく必要はない。



「──異世界にさあ、転生するじゃん。目が覚めたら現地の人になってて」


「ああ、アニメでやってるやつね。璃子そういうの好きよな」


リコは自分の爪が二枚爪みたいになっているのに気付いた。

落ち着かなくて手遊びが過ぎたのか、ネイルシールが剝がれかけているのだ。


「あれ、元いた人のオヤとかキョーダイとかどう思うんかな。性格も変わっちゃってさ、同じように愛せるのかな」


「え、でも、みんな喜んでたじゃん。チートで美味いもんつくったりしてさ」


ぎゅっぎゅっと押してみるけど、粘着が弱まったシールはもう戻らない。

諦めてぺりぺり剝がしていく。


「話し方が違う、好きなものが違う、記憶もなくて、別のだれかと手を繋いでたりして」


あんなにキラキラと爪を彩っていたピンクのシールは、剥がれてみるとあっけなく、不潔ですらある。

リコはそれを紙ナプキンにくるんだ。


「リコはね、……無理かなぁって」


「──璃子」


颯太の答えも聞かず、リコはゴミをまとめて立ち上がった。


「リコ、帰るね。ばいばい小泉くん」


ピンクのシールをゴミ箱に落とすと、リコはもう振り返らなかった。


だって、どうせ颯太はもういない。


異世界から来た知らない誰かが、

颯太の顔をしているだけだから。


お読みいただきありがとうございました。

活動報告にイメージイラストを置いてありますので、良かったらそちらもぜひ。

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― 新着の感想 ―
あー、うー、……ツラい。いや、何と言うか、「真実の愛」ならぬ「本当の自分」に目覚めちゃったパターンなんですかねー? 颯太君は。  「本当の自分」に目覚めちゃうと、「ウソ(今まで)の自分」のアレやコレ…
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