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「そりゃ試験だからなぁ。試験官、いるよなぁ」
ナナシが赤毛猪を狩り血抜きをしていると、森に住む精霊の1人がこっそりと教えてくれる。
『見られているよ』と。
それに気づかないフリをしつつ辺りの気配を探っていけば、確かに何かがいる。森と変わらぬ気配を放つそれは、確実に人ではないだろう。
気配的にありえるのは獣人族や森人族か?獣人族が所属しているパーティーはギルドにいなかったのを確認している。きっとカルロスに頼まれた迷宮攻略に行っているはずだ。
なら選択肢的に森人族になるわけだが…心当たりがある。魔銀級の女性だけで組まれたパーティー、『白き翼』の1人が森人族でギルドにもいた記憶がある。
階級が全然違うので話した事はないが、カルロスが試験官として選ぶなら実力的にも申し分ない。
しかしそうなると困った事がひとつ。
赤毛猪を狩ったらちゃちゃっと骨の墓場まで行ってさっさと終わらせようと思っていたのだが、それが出来なくなる。ここから骨の墓場までは凄く遠いというわけではないが、鉄級の実力で行こうとするなら帰りは夕方を過ぎる。
昼食を食いっぱぐれるのはもう仕方がないとして、幾つかの迷宮を回れるのにその時間をロスするのは頂けない。
なら部下達にも任せればいいじゃないか、となるかもしれないがそれは出来ない。今城に残っているのは迷宮攻略には相性が悪い隊員達で、1番適性のあるルーナの兄ルークは妃の護衛で抜けられない。
まぁ頼めば返して貰えるだろうが、その代わり何を要求されるか分からないのでやはり頼りたくはない。
さて、どうしたものか。
とっくに赤毛猪の血抜きは終わり、後はマジックバックに入れるだけ。名前の通りこの魔法の鞄は、容量を超えない限りどんな大きさの物も近づけるだけであっという間に吸い込んでしまう。なので入れる作業も全くと言っていいほど時間はかからない。
ほら、もう終わりだ。
大きく形を歪めあっという間にマジックバックに入っていく赤毛猪に、一体どういう理屈なんだかと凹んだままのバックの中身を覗く。
そこには普通のバックと変わらず日常品や財布の入った皮袋のみが入っており、バックの底もしっかりある。カーティスやルーナが言うには『魔術』によって別の空間に繋がっていて、利用する時だけその空間が開くと言うが…地球の知識に引っ張られるからか『不思議』という感想しか出てこない。
それにこの世界に来てからというもの、彼等が使う摩訶不思議な力をずっと『魔法』と思っていたのだがそれは違うらしい。彼等が使っているのは『魔術』で、『魔法』とは全くの別物なんだという。
例えるならば魔術は数学の計算式で導き出した答え、魔法はその答えを出す為に一から計算式を作っているようなものらしい。なら答えが一緒になるならそれは魔法とも魔術にでもなるのでは?と考えた事があるのだが、ルーナとカーティスに真っ向から否定された。魔術は固定された術式を使うから魔術なのだという。
公式の計算式があるのだからそれもそうかと納得しつつ、なら魔法とはなんだ?となるわけで。詳しく話を聞いてみたのだが、『魔術』と『魔法』は同じ物だが全くの別物という結論に至った。
同じ答えでも違う計算式で導き出せば、それが正解だとしても答えAとBにわかれる。同じようにもしも魔術の『ファイヤボール』という術を魔法で行使した場合、それが青い『ファイヤボール』でも見た目も威力も同程度の『ファイヤボール』でもそれは『ファイヤボール』なのだ。
もっと簡単に言えば…そうだな。ここは聖女の言葉を借りるとしよう。
聖女曰くつまり魔法とは計算式がどんなに無駄に長かろうが(色んな効果を付け足す)途中のスペルをすっ飛ばし間違ってようが(術式を短縮する或いは他属性を混ぜる)、答え(元となる術の形)さえ合ってればオールオッケー!…なんだとさ。
どんな暴論だよと言いたいところだが、だからこそ『魔法』と『魔術』は別物なのだろう。もっと細かく言えば俺達異世界人とこの世界の人々の認識や考え方の違いや根源である魔力が関わってくるのだが、そういうのを話し出すときりがないのでやめる。
「余計な事を考えすぎた。頭いてぇ」
今日は起きてから問題ばかり。朝食も気分が乗らずすっぽかしてきたので、単純に栄養が足りない。
なにか無いかとバックを漁れば、ひんやりと冷たい瓶が手に当たる。
そうだったこれがあった。
ナナシが迷うことなく掴んで取り出したそれは、小腹が空いた時にと以前作っておいた甘味である。砂糖は高価なので簡単に手は出せない為、こうして冒険者として森に来た際に蜂蜜や果物をせっせと採取していたのだ。
これはその時の蜂蜜を冷やして固めた物を、カーティスに頼んで作ってもらったオブラートに包んだ簡易飴玉のようなものだ。
地球であればこんな持ち方をしていたら常温に戻ってドロドロに溶けてしまうが、壊れていないマジックバックであれば物の時間を停めた状態で持ち運びができるので溶けることはない。
早速1つ口に含めば、アイスのように冷たいそれはナナシの体温で溶けていく。まだ気温の高くない春先なので食べるには少しばかし寒いが、栄養補給をする為に更にもう1つ口に含む。
簡易飴玉と言いつつ蜂蜜は完全に凍ることはないので、どちらかと言えばチューイングキャンディや水飴などのねっとりとした飴の食感に近い。
それを一気に2つも口に入れたせいで、歯のあちこちにくっついて食べにくい。次からは1つずつ食べようと後悔しつつもにゅもにゅと無心で噛んでいれば、森人族の居場所を教えてくれた精霊が近づき『いいなぁ』と口に人差し指を当てナナシを見つめている。
精霊は遊びや食事といった娯楽が好きなのだ。人に友好な者であれば、それを対価にお願いを聞いてくれる事も多い。
「ほら、やるよ」
今回は精霊の善意で教えてもらったが、手持ちがあるならばあげるに越したことはない。それに精霊とは切るに切れない縁があるので、これからも仲良くしてもらう為にも友好な関係を築かなければ。
ナナシが瓶から取り出した飴玉を渡せば、精霊は美味しそうにそれを食べる。どうやら気に入ってくれたようだ。
『もっと欲しいな。何か困ってることはなあい?』
「丁度いい。近くの迷宮に行きたいんだが、連れて行ってくれないか?そしたらやるよ」
『ん〜。僕じゃ運べないからお友達を呼ぶことになるけどいい?その子にもそのお菓子をくれるなら呼んであげる』
「あぁ、これは君らに全部やるから急ぎで頼む」
『分かった』
精霊に力を借りるのであれば、釣り合った対価と例外にさえ当たらなければ力の有無は関係ない。これで目的地にも早く着けるし試験官の目も誤魔化せる、一石二鳥というものだ。
『呼ぶね』
草笛でその友達とやらを呼ぶ精霊の隣に立ち、空を見上げる。
こういう『何処かに連れて行って』系のお願いは風属性の精霊が来る事が多く、その中でも鎌鼬や風狼といった精霊が来る時は遠目からでも分かる物騒な竜巻を身に纏ってやってくるのだ。派手で運び方も荒く、着地にもコツがいるがそれでも奴らは速い。
『来たよ』
草笛を吹くのをやめた精霊が、ナナシの方を向きにこりと笑う。
『『紅蓮の君』によろしくね?』
ぶわりと周囲の魔力が極端に濃くなり、一陣の風が森を駆け抜ける。あまりの強さにナナシは顔を腕で覆い隠し、風が収まり腕を下ろすとそれはいた。
白い翼をはためかせ、まるで神話のワンシーンのように前足を上げ嘶く。
この世界では神の使者とも呼ばれる精霊、ペガサスだ。
こんな場所でなければ珍しい精霊に少し胸を踊らせただろうが、今のこの状況では素直に喜ぶことはできない。
何故ならペガサスは『光』属性の高位の精霊。光属性の精霊は珍しく、その中でも高位であり神の使者として遣われることもあるペガサスは滅多にお目にかかれない存在。
そんな彼等は堅苦しいところがあるので、釣り合う対価を用意してもお願いを聞いてくれる事など殆どない。約束通り瓶の中身を全てあげたが、対価に釣り合っているかと言われるとそれはNO。これでは本当に力を貸してくれるか分からない。
…さっきの精霊の言葉といい、一気に状況が怪しくなってきたぞ。
「俺は足があればいいんだが」
『ちゃんと速いよ。それに強い』
精霊は悪びれた様子もなく、ナナシから貰った飴をペガサスと仲良く食べている。
『つい最近、近くのダンジョンが凄く『臭く』なってね。それを僕らの王様に相談してたんだけど、僕が行くよ!って友達が来てくれたんだぁ』
『友達が困ってるんだもの、そりゃあ行くさ!』
『ふふふ、ありがとう!それでね?いざ行こうって話をしてたら、君が来たわけ。同じところに行くなら、一緒に行った方が大変だった時になんとかなるかもしれないでしょ?』
『僕1人でも大丈夫って言ってるんだけどね!…でも君が心配するから、一緒に行くことにしたんだぁ』
意外とおっとりとした喋りのペガサスになんだか拍子抜けしてしまうが、多分こいつがイレギュラーなだけだそうに違いない。
ナナシは『飴おいしぃ〜』と言って溶けているペガサスから目を外し、ぷかぷかと浮かぶ精霊に視線を向ける。相変わらずへらへらと笑っており、何を考えているか分からない。
ただ精霊の言葉を思い返すと、ナナシが行こうとしていた迷宮に何か異変があったというのが伺える。何が起きたかまでは分からないが、十中八九良い事ではない。
カルロスから受けた依頼の内、どれかはヤバいのに当たるとは思っていたが初っ端それに当たるとは。元々自分に運が無いのは分かっていたが、だからこそ今後が思いやられる。
「状況は分かった。元々行く予定ではあったが、助力があんなら大歓迎だ。だがよ、あれはそうぽんぽん出していい名前じゃないことは…分かってるんだよな?」
『そりゃ勿論さ』
精霊は何処でもいる。知らないうちに話を聞いている。その話題が人だろうが、同じ精霊だろうが、動物でもだ。そして聞いた話は他の精霊にどんどん広がっていく。
精霊はとてもお喋りだから、あっという間に皆に知られる。
だからもしも『高位の存在』にそれを聞かれた時、場合によっては命を失くす。ナナシはぶっちゃけると身内なので被害はないが、この精霊は別だ。時と場合によってはこの場所ごと燃やされるだろう。
しかしこの精霊はそれがどうした?とばかりにふんぞり返り、臆することはない。
『僕らは人より長生きだけど、死ぬ時は死ぬ。僕は友達を失いたくないからね、なんでも利用させてもらうよ』
どうやら覚悟の上だったようだ。
分かっててやっているのなら、こちらも遠慮することはないだろう。『友達』の為に命を張る精霊の頭を小突き、ナナシは不適に笑う。
「上等だ」
利用できるものはなんでも利用するその神経、嫌いではない。何故ならこの異世界ではそうしないと、問答無用で大事な物を失っていく。
失ってからじゃ全てが遅い。やらずに後悔するなら、やってから後悔しろというやつだ。
「さっさと終わらしてくるから、お前はここで良い子にして待ってろ」
ペガサスに許可を貰ってからその背に飛び乗れば、やっとかとばかりに嘶き森を駆け抜ける。暴れ馬の如く荒く走るので振り落とされないようにたてがみを掴むが、ペガサスはそもそも人を乗せるのが気に入らないようで。
『今回だけだよ?』
一段と強く地面を踏みしめると、その勢いのまま空を跳ぶ。翼をはためかせ、空を地のように駆ける。
地上からは誰かが叫んでおり、そこで試験官がいた事を思い出すが後の祭りだ。精霊への『お願い』はランダム要素があるので、最悪それを理由にゴリ押せばなんとかなると思いたい。
「頑張って着いてきてくれよ、試験官さん」
一刻も早くナナシを背から降ろしたいのか、ペガサスは全速力で空を駆けている。ナナシは目的地までその背に乗るだけでいいが、地上にいる試験官は違う。
これから自分を追いかける事になるのだろう試験官に、ナナシは少しだけ同情した。
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