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冒険者ギルド
ここに所属する者達はその名の通り危険を顧みず世界中を探索することから冒険者と呼ばれ、ギルドから出される依頼やダンジョンと呼ばれる迷宮に現れる魔物が落とす魔石を売る事で日々の糧を得ている。
冒険者は低い順に銅級・青銅級・鉄級・銀級・金級・白金級・魔銀級・山銅級・金剛級の9つの階級に別れており、最上級の金剛級冒険者は英雄的存在として崇められ、それを目指して冒険者になる者も少なくない。
ナナシも表面上それを理由に冒険者として活動しているのだが、パーティーを組まずソロで活動しているので鉄級止まりである。銀級になるにはパーティーで依頼を幾つか受けなければならないのだが、日本人気質があるせいなのか顔が悪いのか。未だに達成出来ないでいる。
まぁ、本来の目的はギルドの視察や他国の冒険者に探りを入れることが殆ど。階級が上がっても寧ろ仕事の邪魔になる可能性があるので、あまり気にはしていない。気にしてはいないのだが、それよりも、だ。
ひとつ、困っている事がある。
それはナナシの幼さが残る容姿もあってか、だる絡みされる事が多いのだ。
せめて背さえ伸びてくれれば馬鹿にされる事も少なくなるのだろうが、ないものねだりというものだ。
「駄弁ってないで依頼を受けろお前ら」
今日も今日とて冒険者共からちょっかいをかけられていたのだが、いつの間にか元金剛級冒険者でもあるギルド長のカルロスが酒瓶を片手に立っていた。
筋肉モリモリの大男な癖に、気配も悟らせず真横に立つとは。やはり金剛級は伊達じゃないということだ。
「おっさんは昼間から酒飲んでるなよ」
「相変わらず生意気だなお前」
そそくさと逃げていく冒険者をよそに、ナナシは今日の晩飯になりそうな討伐系の依頼を見繕っていく。
アラケルは大食いなので、出来れば食いでのある物がいい。鉄級でも受けれそうなのは、一角兎に豚頭、赤毛猪だろうか。
この中では豚頭が一番食いでがあるのだが、群れるコイツらはパーティーでの討伐が推奨されている。ソロで受けるならワンランク上の銀級でなければ許可が降りない事もある為、無難に赤毛猪を選ぶしかない。
「レッドボアか。ステーキが美味い」
「そうだな。だが肉は売らんぞ」
掲示板に貼られた依頼書を取り、そのまま受付嬢のエイミの元へ行く。
エイミはきっといつものように受付嬢としての仕事をしていたのだろうが、カルロスを連れ自分に向かって歩くナナシに気付くと目を見開き首がもげそうな程首を横に振る。エイミからしたら直属の上司なので来て欲しくないのだろう。
残念ながら他の受付嬢はエイミより先に気付いて自分のカウンターを締めてしまったので、ナナシはその意志に反してエイミの所へ行くしかない。
「なんでぇ」
「ここしか空いてない」
「うっそ?!」
周りの先輩受付嬢を見渡し、してやられたとばかりにエイミは舌打ちをする。目の前にカルロスがいるというのに、大胆というか恐れ知らずというか。だが荒くれ共を相手にするなら、このくらい図太い方が丁度いいのだろう。
随分な対応を受けているカルロスも特に気にした様子もなく、なんならエイミに指示を出してナナシの出した依頼以外にもう1つ付け足そうとしている。
…いやまて。もう1つ?
「おい。何勝手に足してんだよ」
「あ?いつものだよ。迷宮崩壊が起きる前に攻略して欲しい」
「はいっこれどーぞっ!」
差し出された依頼書を奪い取れば、エイミはしてやったりとばかりにしたり顔で椅子にふんぞり返る。それにムカついたナナシは、冒険者ギルドに漂う小さな精霊にエイミで遊んでいいぞと勝手に許しをだし、精霊にぐるぐると椅子を回され悲鳴を上げるエイミを横に依頼書の内容を確認していく。
「下級迷宮の骨の墓場だ。スケルトン系のアンデットばかりでクズ魔石しか落ちねぇから、人気ねぇんだよ」
酒をぐびりと煽ったカルロスは、報酬があるならやるだろう?と言って笑う。
まぁ、確かにその通りである。報酬が貰えるならば、喜んでやるだろう。何故なら冒険者として依頼を受け稼いだお金は全てナナシの懐に入るからだ。
ただ1つだけ懸念点がある。それは迷宮崩壊直前の迷宮は、たまに上位の魔物が出現することがあり危険なのだ。
骨の墓場自体は青銅級から攻略OKな比較的簡単な下級迷宮ではあるが、上位の魔物が出るとなれば話は変わってくる。スケルトン系の上位種は様々だが、その中でも危険なのは不死の魔術師や骸骨王といった魔法を使ったり群れを成す魔物だ。
他にも魔銀級ですら危険視する死神や不死の魔術師の上位種などもいるが、あれは魔力と亡霊達の思念が強くなければ発生しない。下級迷宮程度の魔力では出現しない筈なので、それなら大丈夫。と、思いたいところなのだが…。
夢を久々に見たせいか、胸騒ぎがしてならない。
元々この冒険者ギルドはデカい食堂もくっついているので人が集まりやすいのだが、近々春祭りもあるからか他国の冒険者もかなりの数が集まっていた。
どの国も春を祝って祭りをするが、その中でも他種族を良しとするサラーム王国の祭りは他よりも大規模で人が集まりやすい。傍目から見れば平和だということだし、国からすれば経済を回せる絶好の機会なのだが…やはりこういう時期だからこそ悪い輩というのも増えるわけで。
直近だと誘拐まがいな事件や他国の商人のぼったくりなどが起きており、なかなかに気の抜けない状況が続いているのだ。
ナナシもいつもなら国境警備を優先的にしているのだが、こういう時期だけは国や周辺の村々の見回りに力を入れている。今日もその一環でここに来ているわけだが…そうだな。暫くは冒険者として、ギルドメインで通った方がいいかもしれない。
「…はぁ。他に迷宮崩壊になりそうなところはあんのか?」
「お?やる気になったか?」
「馬鹿言え。春祭り前に面倒なのを終わらして、その報酬でゆっくり休むんだよ」
どうせ無理にでもナナシを言いくるめて依頼を受けさせる気だった筈だ。それこそギルド長の権限を使う可能性があるというか、以前は使われた。
それならさっさと自分で受けて終わらすに限る。
それに迷宮崩壊はまだ序の口だ。ダンジョンから外に魔物が溢れ出し、肉の器を求め群れを成す魔物の行進…通称『怪物行進』が起きてしまえばそれこそ目に当てられない状況になる。
「他のやつも見せてくれ」
「そうこなくっちゃなぁ!エイミ、遊んでないで纏めていた物を渡せ。それと、だ。攻略はしなくていいから幾つか迷宮の様子を見て欲しい」
「いや、まてまてまて。多くないか?」
ナナシがOKを出した事で遠慮なくばさりと置かれた依頼書は、明らかにソロの鉄級に頼む量ではない。しれっと殆ど銀級がやるような依頼まで入っており、ナナシはどうなってんだとカルロスを睨む。
しかしカルロスは表情を全く変えることなく、寧ろこれが適正だとばかりにナナシに依頼書を渡す。
「今までお前に頼んだ依頼はしっかりこなしてもらったからな。ギルド長として加味した上での判断だ。骨の墓場攻略が終わり次第、試験合格として銀級に上げる。そうしたら残りもよろしく頼む」
「それで銀級になれるならソロの俺としてはありがたいが…だとしても他の奴らにも頼めばいいだろう?なんで俺なんだよ」
「引き際を弁えてるからだよ」
どうやら並々ならぬ事情があるのか、カルロスの顔は険しい。
「つい最近攻略したばかりの迷宮までもが迷宮崩壊の予兆をみせてんだ。他のパーティーに任せたいところだが、他国の冒険者が増えている以上王都の冒険者で牽制もしなきゃならねぇ。そうすると、あと頼れるのがお前ぐらいなんだよ」
「は?まぁ牽制は分からなくもないが、そんなすぐに迷宮崩壊するか?一体どこの迷宮だそれは」
「夢の花園だ」
夢の花園。
サラーム王国にある迷宮の中でも害悪と言っていい最悪な迷宮である。
迷宮自体は入口から高火力の炎を放ってしまえば簡単に攻略出来てしまうのだが、正攻法で攻略しようとするととてつもない時間とお金を浪費しなければならない。
その理由は出現する魔物だ。
おおまかに植物系と昆虫系の2種類で構成されており、どちらも毒や幻惑で冒険者をじわじわと蝕み最終的に自分達の養分としてしまう。それに対抗するには精神抵抗の魔術や薬・魔導具などが必要で、いざ対応して挑むと今度は花や木に擬態する絡めての癖にごりごりの脳筋タイプの魔物がお出迎えするという、いくらベテランやエリートの冒険者といえど休む暇すら作れない超危険なダンジョンなのだ。
確かここはギルドが『永遠の炎』と呼ばれる超炎特化のパーティーと公式で契約し、迷宮崩壊関係なく定期的に焼き払っていると聞いたが…。
ぱっと見渡した限り、ここに彼等はいない。
他にもいつもならここで祝杯を上げるか依頼を見繕っているであろう、王国で有名な幾つかのパーティーの姿が見えない。鉄級である俺にわざわざ頼み込んでくる事も考えると、カルロスが言っている事は本当なのだろう。
一応ギルド長という立場なので国に報告はしているだろうが、俺も今日の結果次第ではエイダンに直接伝えた方がいいかもしれない。
「そういう理由なら分かった。出来る限りの事はするが、あんま期待しないでくれよ」
零番隊に所属する以上、目に見える危険は排除しなければならない。ナナシは粗方見終わった依頼書を目を回し顔を青ざめさせるエイミに返し。
早速骨の墓場へ…ではなく、 赤毛猪のいる森へ向かった。
死臭がつくと皆逃げるんだよ。こればかりは仕方がない。
「なぁ、これで本当にいいのか?」
「あいつが言うには、これを最奥に置くだけでいいって言ってただろ?ならそれでいいんじゃねぇの」
とある迷宮の最奥。
そこにはギルドを仲介せず、非正規の依頼を受けた2人組の冒険者がいた。
彼等は依頼主に言われた通り、先程までスケルトンの群れがいた最奥の部屋に手の平サイズのガラス玉をコロンと転がす。
「ただ魔導具を置くだけでこんなに金が貰えるなんて、良い雇い主に会えたもんだ」
「だけど非正規だ。そう何度も危ない橋は渡りたくない。だからこれで最後にしてくれよ」
「へいへい」
冒険者ギルドに所属する者は、基本的にギルドの仲介した依頼しか受けてはならない。もしそれを破った場合、問答無用で冒険者としての資格を剥奪され最悪国からも追放されてしまう。
相方が毎度博打で金を溶かし借金をこさえて帰ってくるので、金払いの良い非正規の依頼を仕方なく受けているがやはり危ない物が多く。
相方も自分もそれで何度か死にかけた事がある。
今回は当たりの依頼だったが、次こそは死ぬかもしれない。今度こそ足を洗おうと躍起になるなか、相方はこれから貰える報酬に顔を緩めていた。
「こんなんで金貨が貰えるんなら、また俺らに依頼してくんねぇかなあ」
「おいっ!さっきこれで最後にするって話をしただろう?!」
「そんな怒るなよ〜。冗談だ、冗談。ちゃんとこれで最後にするさ」
ケラケラと笑う相方に、男は振り上げそうになる拳を抑えもう外に出ようと促す。
どうしようもないクズだが、これでも幼少期からの切っても切れぬ腐れ縁であり冒険者としての素質もあるのだ。現に今も微かに聞こえた骨の擦れる音に反応し、即座に動きを止め腰の剣に手をかけている。
「全部倒したと思うんだがな。まだ残ってたってか?」
「分からない。でもやる事はいつもと変わらない、そうだろ?」
「そうに違いねぇ」
2人は気配を消しあっという間に音の発生源であるスケルトンの近くまで行くと、これまでのスケルトンと同じように相方が頭蓋骨を飛ばし男がその頭を足で潰す。
「ん?」
「どうした?」
ぐしゃりと音を立てて潰れる頭蓋骨。しかしそれは力を込めなければ簡単には潰れず、ここに来てすぐ戦ったスケルトンとは明らかに質が違う事に違和感を抱く。
「いや、なんだか最初に戦ったスケルトンとは違うような気が…」
核である魔石を男が取った事で、砂のように消えていくスケルトン。手に握られた魔石は大きさも色の濃さも段違いで、普段なら喜ぶ所なのだが今は嫌な予感がして仕方がない。
「おい、もう他のスケルトンは無視して真っ直ぐ外に出よう」
ぞわりとまとわりつくような嫌な気配を感じ、男は相方に向かって言うが反応がない。
「どうした?早く行kっ?!」
男の言葉に反応せず突っ立ったままの相方に、男は苛立ちその肩を掴む。
するとコロンと相方の『首』が落ちて転がった。
「…え?はっ?!」
一泊遅れて血飛沫を上げ、倒れる相方の身体。何が起きた?何があった?まるで訳がわからない。
男は恐怖から言葉にならない声をあげ、尻もちをつきながらも相方の身体から離れようと後ずさった。
2人は同じ階級ではあるものの、相方は金級に片足突っ込んでいる銀級だ。男ならまだしも、相方はこんな下級迷宮で殺られるほど軟な冒険者ではない。
なら、何が相方を殺した?
恐る恐る周りを見渡せば、暗闇に紛れ本来この迷宮にはいない筈の『亡霊』達の囁き声が聞こえる。
「なんでっ…?!」
迷宮崩壊が起きたのかと一瞬疑うが、迷宮崩壊であるなら先程2人で最奥のボスと呼ばれる個体を倒したのでありえない。ありえるはずがない。
それにここはスケルトン系統しかいない筈の迷宮、亡霊が出現するのはおかしい。
「もしかして、あの魔導具…!」
こんな状況になってしまったのは、もうあの魔導具のような物のせいとしか説明のしようがない。ならあの魔導具を壊してしまえば、この異変が止まるかもしれない。
魔導具のある最奥に向かう為、男は迷宮の入口に背を向ける。
しかし、ここまでの判断が遅過ぎた。
『貴方の身体ちょうだいな?』
『アハハハハ!!!』という甲高い笑い声と共に、男の中に幾つもの異物が入り込む。皮膚が幾つもの顔の形を浮かび上がらせながらぼこりぼこりとうねり、穴という穴から血が滴り落ちる。
「せっ、聖水…!」
このままでは亡霊達に身体を引き裂かれてしまう。下級迷宮とはいえアンデット対策として聖水を持ってきていた男は、自分の内に入り込んだ異物を追い出す為にその聖水を天に掲げ…
「あっ…」
闇の中から突如現れた『鎌』によって、その命は刈り取られる。
聖水は亡霊の詰まった肉の器を焼き、瓶はカランと音を立てて地面を転がった。
お読み頂きありがとうございます。




