楓の町
村を出て三日。
蒼真と白金は、ようやく楓の町の入口に辿り着いた。
「大きいな……」
蒼真は町を見上げた。
高い城壁に囲まれ、門には衛兵が立っている。村とは比べものにならない規模だ。
「楓の町は、この地方の中心都市ですから」
白金が説明する。
「人口は三千人ほど。商人も多く、活気のある町です」
「詳しいな」
「昔、一度だけ来たことがあるんです」
二人が門に近づくと、衛兵が槍を構えた。
「止まれ。身分を証明するものはあるか」
「旅の陰陽師です」
蒼真が答えると、衛兵は怪訝な顔をした。
「陰陽師? 証明書は?」
「証明書……」
蒼真は困った。
天御柱家の証明書は、追放された時に没収された。今の蒼真には、身分を証明するものが何もない。
「証明書がないなら、中には入れられん」
「待ってください」
白金が前に出た。
「この方は、先日近くの村で神喰いを退治した陰陽師です」
「神喰いを? 本当か?」
「はい。村長に確認していただければ」
衛兵は蒼真をじろじろと見た。
若く、装備も貧相。とても優秀な陰陽師には見えない。
「……怪しいな」
「お願いします。私たちは、悪いことをするつもりはありません」
白金が懸命に訴える。
衛兵は少し考えてから、ため息をついた。
「分かった。ただし、町で問題を起こしたら即刻追放だ」
「ありがとうございます」
「入場税として、銅貨五枚だ」
蒼真は村でもらった銀貨を崩し、銅貨を払った。
「さて、武器は預けてもらう」
「武器を?」
「町の決まりだ。武器を持ち込みたければ、陰陽師支部で許可証を取得しろ」
蒼真は仕方なく、短刀を預けた。
「受取証だ。帰るときに返す」
衛兵から木札を受け取り、蒼真と白金は町の中に入った。
町の中は、想像以上に賑やかだった。
大通りには露店が立ち並び、商人たちが声を張り上げている。
「新鮮な野菜だよ!」
「魔除けのお守り、安いよ!」
「陰陽符、本物の陰陽符だよ!」
人々が行き交い、活気に満ちている。
「すごい人だな」
「はい。でも、活気があっていいですね」
白金は楽しそうに周囲を見回していた。
「まずは、宿を探そう」
「その前に」
白金が蒼真の袖を引いた。
「陰陽師支部に行きましょう」
「支部に? なぜ?」
「身分証明と武器携帯の許可をもらうためです」
白金は真剣な顔で言った。
「それに、この町で陰陽師として仕事をするなら、支部への届け出が必要です」
「……面倒だな」
「でも、必要なことです」
白金に促され、蒼真は渋々頷いた。
陰陽師支部は、町の中心部にあった。
立派な建物で、門には「大和神州陰陽師協会 楓支部」と書かれた看板が掲げられている。
「ここか……」
蒼真は少し緊張した。
陰陽師の組織。天御柱家のことを知っている者がいるかもしれない。
「大丈夫ですよ、蒼真様」
白金が優しく微笑んだ。
「何かあれば、私が守ります」
「……ありがとう」
二人は門をくぐり、支部の中に入った。
受付には、若い女性が座っていた。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
「登録をお願いします」
蒼真が言うと、女性は書類を取り出した。
「では、こちらに記入してください。名前、年齢、出身、そして所属する神社または家系を」
「所属……」
蒼真はペンを止めた。
天御柱家とは書けない。だが、嘘を書くわけにもいかない。
「どうかしましたか?」
「いえ……俺は、無所属です」
「無所属?」
女性は驚いた顔をした。
「陰陽師で無所属というのは珍しいですね」
「事情があって……」
「まあ、構いませんが」
女性は書類に何かを記入した。
「では、実技試験を受けていただきます」
「実技試験?」
「はい。無所属の方は、実力を証明していただく必要があるので」
蒼真は白金と顔を見合わせた。
「分かりました。やります」
「では、こちらへ」
女性に案内され、蒼真たちは支部の裏にある訓練場に向かった。
そこには、すでに数人の陰陽師がいた。
「おや、新人か?」
一人の男性陰陽師が、蒼真を見て笑った。
「随分と若いな。十五か? 十六か?」
「二十です」
「二十! それで無所属とは、どこかの家を追い出されたか?」
男性の言葉に、周囲の陰陽師たちが笑った。
蒼真は何も答えなかった。
図星だからだ。
「まあいい。どうせすぐに諦めて帰るだろう」
男性は傲慢な笑みを浮かべた。
「実技試験の内容は簡単だ。あそこにいる式神を、十分以内に倒せ」
男性が指差す先には、小さな石の人形があった。
「あれが式神?」
「訓練用の式神だ。大したことはない」
男性は腕を組んだ。
「さあ、やってみろ」
蒼真は訓練場の中央に立った。
石の人形が、ゆっくりと動き始める。
「蒼真様、気をつけて」
白金が小声で言った。
「あの式神、見た目以上に強いです」
「分かってる」
蒼真は霊力を練った。
石の人形が、突然速度を上げて突進してきた。
「速い!」
蒼真は横に飛んで避ける。
人形は壁にぶつかり、そのまま壁を駆け上がった。
「壁を……!?」
人形が壁を蹴り、蒼真に飛びかかる。
蒼真は霊力を拳に込めて、人形を殴った。
ドガッ!
人形が吹き飛び、地面に転がる。
だが、すぐに起き上がった。
「まだ壊れない……!」
「当然だ」
男性陰陽師が言った。
「あの式神は、岩石で作られている。並の攻撃では壊れん」
「じゃあ、どうやって……」
「核を破壊するんだ。胸の中にある、青い石を」
蒼真は人形を見つめた。
確かに、胸のあたりにうっすらと青い光が見える。
「あれを狙えばいいのか」
人形が再び突進してくる。
今度は、拳ではなく――
「白金!」
「はい!」
白金が姿を現した。
周囲の陰陽師たちが、どよめいた。
「式神を召喚した!?」
「しかも、あれは……稲荷の眷属!?」
白金が氷の刃を作り出す。
「蒼真様、私が動きを止めます!」
「頼む!」
白金の氷が人形の足を凍らせた。
その隙に、蒼真が人形の背後に回り込む。
そして、霊力を込めた拳を――
人形の胸に叩き込んだ。
バキィン!
青い石が砕け、人形が動きを止めた。
「やった……」
「すごい……」
周囲の陰陽師たちが驚いている。
「式神との連携が見事だ……」
「あの若さで、あれほどの実力……」
男性陰陽師は、驚愕の表情で蒼真を見ていた。
「馬鹿な……無所属の若造が……」
受付の女性が、訓練場に入ってきた。
「合格です。おめでとうございます」
女性は蒼真に、一枚の証明書を渡した。
「これが、あなたの陰陽師証明書です。大切に扱ってください」
「ありがとうございます」
蒼真は証明書を受け取った。
そこには、蒼真の名前と、「無所属」という文字が記されていた。
「これで、町での活動が可能になります」
「それと、武器携帯の許可も出しておきました」
「助かります」
蒼真は女性に礼を言った。
「あの、もう一つお聞きしたいのですが」
「はい?」
「この町で、陰陽師の仕事はありますか?」
女性は少し考えてから答えた。
「実は、ちょうど困っていたところなんです」
「困っていた?」
「ええ。最近、町の東の森で妖怪の目撃情報が増えているんです」
女性は書類を取り出した。
「でも、支部の陰陽師たちは皆、別の任務で手が離せなくて」
「その仕事、俺にやらせてもらえませんか?」
「本当ですか!?」
女性の顔が輝いた。
「助かります。報酬は、銀貨二十枚です」
「分かりました。引き受けます」
こうして、蒼真は楓の町での最初の仕事を得た。
だが、この仕事が、やがて大きな事件へと繋がっていくことを、この時の蒼真はまだ知らない。




