感謝と別れ
翌朝。
村は歓喜に包まれていた。
「吉蔵!」「権八!」「おたけ!」
攫われた三人が無事に戻り、家族たちは泣きながら抱き合っていた。
村の中央の広場には、村人たちが集まっている。その中心に、蒼真と白金が立っていた。
「本当に……本当にありがとうございました!」
村長が深々と頭を下げた。
「あなた方がいなければ、三人は……」
「いえ、当然のことをしただけです」
蒼真は照れくさそうに頭を掻いた。
「それに、白金がいなければ俺だけでは無理でした」
「蒼真様がいなければ、私も無理でしたよ」
白金は微笑んだ。
昨夜の傷は、もう癒えている。式神の回復力は驚異的だ。
「これは、約束の報酬です」
村長が銀貨五枚の入った袋を差し出した。
「少ないですが……」
「十分です。ありがとうございます」
蒼真が袋を受け取ろうとすると――
「待ってくだせぇ!」
一人の女性が前に出てきた。昨日、泣いていた猟師の妻だ。
「あの……これも、受け取ってください」
女性は小さな包みを差し出した。
「これは?」
「保存食です。旅の途中で食べてください」
「そんな、悪いですよ」
「いいえ! あなたは私の夫を救ってくれた。これくらいしか……」
女性の目に涙が浮かぶ。
「私たちからも!」
次々と村人たちが前に出てきた。
「これは手作りの干し肉です」
「これは薬草の束です」
「これは私が編んだ手袋です」
「みんな……」
蒼真は村人たちの優しさに、胸が熱くなった。
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」
村人たちは嬉しそうに笑った。
「若い陰陽師殿」
村長が言った。
「もし良ければ、この村に留まってくれんか?」
「え?」
「あんたのような優秀な陰陽師がいてくれれば、村は安心じゃ」
他の村人たちも頷いた。
「そうじゃ、そうじゃ!」
「是非、留まってくだせぇ!」
蒼真は嬉しかった。だが――
「申し訳ありません」
蒼真は首を横に振った。
「俺には、やらなければならないことがあります」
「そうか……」
村長は残念そうだったが、無理に引き留めることはしなかった。
「では、せめて昼食だけでも。それから旅立ってくだされ」
「それは、ありがたく」
村長の家で、豪華な食事が振る舞われた。
といっても、貧しい村のことだ。質素なものではあるが、村人たちの精一杯のもてなしだった。
「美味しいです」
白金が嬉しそうに食べている。
「白金は食べるの好きだな」
「はい。人間の料理は、とても美味しいんです」
「式神でも、味は分かるのか?」
「もちろんです。私たちも、感覚はありますから」
食事をしながら、蒼真は村長に尋ねた。
「村長、この辺りで大きな町はありますか?」
「町か。それなら、東に三日ほど行ったところに『楓の町』がある」
村長は箸を置いた。
「そこそこ大きな町で、陰陽師の支部もある」
「陰陽師の支部……」
蒼真は少し躊躇った。
陰陽師の組織には、まだ戻りたくない。天御柱家のことを知られるかもしれない。
「どうかしたか?」
「いえ、何でも」
蒼真は笑顔を作った。
「その町に行ってみます」
食事を終え、蒼真と白金は出発の準備を始めた。
村人たちが見送りに来ている。
「元気でな」
「また、いつか来てくだされ」
「必ず生きて戻ってきてくだされよ」
村人たちの言葉に、蒼真は何度も頷いた。
「ありがとうございました。皆さんも、お元気で」
蒼真と白金が村を出ようとしたとき――
「待って!」
小さな声が響いた。
振り返ると、十歳くらいの少年が駆けてきた。
「坊や、どうした?」
「あ、あの……!」
少年は息を切らしながら、蒼真を見上げた。
「僕、あなたみたいな陰陽師になりたい!」
「え?」
「強くて、優しくて、みんなを守れる陰陽師に!」
少年の瞳は、キラキラと輝いていた。
蒼真は少年の頭を撫でた。
「お前なら、きっとなれるさ」
「本当?」
「ああ。でも、陰陽師になるのは大変だぞ」
「大丈夫! 僕、頑張るから!」
少年は力強く頷いた。
「じゃあ、約束だ」
蒼真は少年と指切りをした。
「お前が立派な陰陽師になったら、また会おう」
「うん! 約束!」
少年は嬉しそうに笑った。
蒼真と白金は、手を振りながら村を後にした。
「いい村でしたね」
白金が言った。
「ああ」
蒼真は空を見上げた。
「俺、少し分かった気がする」
「何がですか?」
「陰陽師として、何をすべきか」
蒼真は拳を握った。
「ただ強くなるだけじゃない。人を守り、人を救う」
「それが、陰陽師の本当の仕事なんだな」
白金は優しく微笑んだ。
「はい。そして、それができるあなたを、私は誇りに思います」
「照れるからやめろ」
蒼真は頬を染めた。
二人は笑いながら、次の目的地へと歩き出した。
追放された陰陽師の、成り上がりの旅は、まだ始まったばかり。
これから、もっと大きな試練が待っている。
だが今は、この小さな勝利を噛み締めながら。
蒼真と白金の旅は続く。




