最初の村
鬼門の森を抜けると、そこには広大な平野が広がっていた。
秋の終わりの風が、枯れ草を揺らしている。
「久しぶりの開けた場所だな」
蒼真は深呼吸をした。
森の中にいた八日間は、まるで別世界にいたようだった。だが、こうして外に出ると、現実に戻ってきた実感が湧く。
「蒼真様、あれを」
白金が指差す先に、煙が見えた。
「村か?」
「おそらく」
二人は村の方向へ歩き出した。
歩きながら、白金が話しかけてくる。
「蒼真様、これから私たちはどうしますか?」
「どうするって?」
「目的地とか、やりたいこととか」
「……そうだな」
蒼真は考えた。
追放されて、故郷には戻れない。一族の名も捨てた。
では、これから何をすればいいのか。
「とりあえず、生きていくために金を稼がないとな」
「現実的ですね」
白金がくすりと笑う。
「でも、正しい判断です」
「陰陽師の仕事なら、金になるだろう」
「それは名案です。妖怪退治や、神喰い討伐の依頼は各地にありますから」
「ただし……」
白金は少し困った顔をした。
「あなたは今、名も無き流浪の陰陽師です。最初は、信用を得るのが大変かもしれません」
「確かに」
名門・天御柱家の名があれば、どこでも信用された。だが今の蒼真には、何もない。
「まあ、やってみるしかないだろう」
「はい!」
二人が村に近づくと、村人たちの姿が見えてきた。
だが、様子がおかしい。
村人たちは慌ただしく動き回り、何かを運んでいる。その表情は、皆一様に不安げだ。
「何かあったのか?」
蒼真が村の入口にいた老人に声をかけた。
「おお、旅の方か」
老人は疲れた顔で蒼真を見た。
「悪いが、今この村は大変なんじゃ。できれば、別の村に行ってくれんかのう」
「何があったんですか?」
白金が優しく尋ねた。
老人は少し迷ってから、話し始めた。
「実は、三日前から村に妖怪が出るようになってな」
「妖怪?」
「ああ。夜になると、村を襲ってくるんじゃ」
老人は悲しそうに俯いた。
「もう三人、村人が攫われてしもうた」
「それは……」
蒼真は白金と顔を見合わせた。
「陰陽師には頼まなかったんですか?」
白金が聞く。
「頼んだとも。だが、一番近い神社は三日の距離じゃ」
老人は肩を落とした。
「助けが来るまで、あと二日はかかる。それまでに、また誰かが……」
老人の声が震える。
蒼真は少し考えてから、言った。
「俺が、やりましょう」
「え?」
老人が驚いて顔を上げた。
「俺は陰陽師です。その妖怪、退治してみせます」
「本当か!?」
老人の顔が輝いた。
だが、すぐに不安そうな表情になる。
「しかし……あんた、随分と若いが……」
「大丈夫です」
白金が微笑んだ。
「この方は、とても優秀な陰陽師です」
「そ、そうか……」
老人は半信半疑のようだったが、藁にもすがる思いなのだろう。
「分かった。では、頼む」
「報酬は?」
蒼真が聞くと、老人は申し訳なさそうに言った。
「すまんが、うちは貧しい村でな。銀貨五枚が精一杯じゃ」
銀貨五枚。一般的な陰陽師の報酬の、十分の一程度だ。
だが、蒼真は頷いた。
「分かりました。それで結構です」
「本当か! ありがとう、ありがとう!」
老人は何度も頭を下げた。
「では、村長の家に案内しよう。そこで詳しい話を聞いてくれ」
老人に案内され、蒼真と白金は村の中心にある、大きな家に向かった。
歩きながら、白金が小声で話しかけてくる。
「蒼真様、本当に大丈夫ですか?」
「何が?」
「妖怪退治です。まだ修行を始めたばかりですよ」
「だからこそだ」
蒼真は前を見据えた。
「実戦でしか学べないこともある。それに……」
蒼真は村人たちを見た。
不安げな顔、疲れた顔、諦めた顔。
「困ってる人を見過ごすことはできない」
白金は微笑んだ。
「……本当に、あなたは優しいですね」
「優しいんじゃない。ただの偽善だ」
「偽善でも、人を救えるなら立派です」
二人は村長の家に到着した。
ここから、蒼真の陰陽師としての、本当の第一歩が始まる。




