炎の都
翌日の昼過ぎ。
蒼真たちは、遂に朱雀の都の城門が見えてきた。
「あれが……」
刹那が目を輝かせた。
都は巨大な城壁に囲まれ、その上には赤い旗がはためいている。城壁そのものも赤く塗られており、まるで炎のような印象を与えた。
「朱雀の都です」
紅葉が説明した。
「『炎の都』とも呼ばれています」
「炎の都……」
蒼真は都を見上げた。
水鏡の都よりもさらに大きく、活気に満ちている。
「人口は三万人。大和神州最大の都市です」
紅葉は誇らしげに言った。
「商業も文化も、ここが中心です」
門に近づくと、衛兵が敬礼した。
「紅葉様、お帰りなさいませ」
「ただいま。こちらの方々を、神社まで案内します」
「承知しました」
衛兵は蒼真たちに頭を下げた。
一行は門をくぐった。
都の中は、想像以上に賑やかだった。
大通りには露店が立ち並び、様々な商品が売られている。食べ物、武器、呪符、薬草――ありとあらゆるものが揃っていた。
「すごい……」
朝霧が感嘆の声を上げた。
「こんなに大きな都、初めて見ました」
「俺もだ」
刹那も興奮している。
「なんか、飯が美味そうな店がいっぱいある!」
「刹那、落ち着け」
蒼真が苦笑した。
紅葉は微笑みながら一行を案内した。
「朱雀神社は、都の中心にあります」
「都の中心?」
「はい。朱雀神社は、この都を守護する存在ですから」
紅葉の表情が、わずかに曇った。
「ただ、最近は……」
「最近は?」
「……神社で、お話しします」
紅葉は口を閉ざした。
朱雀神社は、都の中心部にそびえ立っていた。
巨大な朱色の鳥居、広大な境内、そして荘厳な社殿。その規模は、天御柱神社や青龍神社をも凌駕していた。
「立派な神社ですね……」
白金が呟いた。
「朱雀神社は、四大神社の中でも最も古い神社です」
紅葉が説明した。
「千五百年の歴史があります」
本殿に案内されると、そこには一人の男性が待っていた。
四十代半ばだろうか。堂々とした体格で、鋭い目つき。朱色の陰陽師装束を纏っている。
「紅葉、戻ったか」
「はい、神主様」
紅葉は恭しく頭を下げた。
「こちらが、蒼真様たちです」
男性は蒼真たちに向き直った。
「私は朱雀神社の神主、炎雲寺焔と申す」
焔の声は低く、威厳に満ちていた。
「蒼真です。こちらは白金、朝霧、刹那」
「ふむ」
焔は蒼真を値踏みするような目で見た。
「噂は聞いている。若くして神獣と契約し、水鏡の都を救ったとか」
「運が良かっただけです」
「謙遜するな」
焔は微笑んだ。
「実力がなければ、運も味方にできん」
焔は座るよう促した。
「さて、本題に入ろう」
焔は地図を広げた。
「この都で、奇妙な事件が起きている」
地図上に、複数の印がつけられていた。
「二週間前から、都の周辺で人が消え始めた」
「消えた……?」
「ああ。忽然と姿を消す。痕跡も、遺体も残さずに」
焔は険しい顔をした。
「既に、二十人以上が行方不明だ」
「二十人も……!」
朝霧が驚いた。
「そして、消えた人々には共通点がある」
焔は資料を取り出した。
「全員、強い霊力を持つ者たちだ」
「霊力を持つ者……」
蒼真は考え込んだ。
「陰陽師、巫女、僧侶。そして、霊感の強い一般人」
焔は資料を置いた。
「何者かが、霊力を持つ者を狙っている」
「目的は?」
「分からん」
焔は首を振った。
「だが、良いことではないのは確かだ」
「それで、俺たちに調査を……」
「ああ。頼みたい」
焔は真剣な目で蒼真を見た。
「朱雀神社の陰陽師も捜索しているが、手がかりすら掴めていない」
「外部の目が必要だ」
蒼真は仲間たちを見た。
皆、頷いている。
「分かりました。引き受けます」
「助かる」
焔は安堵の表情を見せた。
「報酬は、銀貨二百枚だ」
「二百枚……!」
刹那が目を丸くした。
「それだけ、重要な案件ということだ」
焔は立ち上がった。
「詳しい調査は明日から始めてもらう。今日はゆっくり休め」
「ありがとうございます」
紅葉に案内され、蒼真たちは神社の宿坊に通された。
広い部屋で、設備も整っている。
「ここで休んでください」
紅葉は丁寧に頭を下げた。
「何か必要なものがあれば、いつでも呼んでください」
「ありがとうございます」
紅葉が去った後、四人は部屋に集まった。
「なあ、蒼真」
刹那が真剣な顔で言った。
「この事件、ヤバくねぇか?」
「ああ」
蒼真は頷いた。
「二十人も消えて、手がかりがないなんて……」
朝霧も不安そうだった。
「相手は、相当な実力者です」
白金が分析した。
「しかも、霊力を持つ者を狙っている……」
「まるで、楓の町の事件みたいだな」
蒼真は立ち上がった。
「とにかく、明日から調査だ」
「早く犯人を見つけないと、被害者が増える」
「そうだな」
刹那も立ち上がった。
「俺たちで、絶対に解決しよう」
「はい」
朝霧も決意を固めた。
四人は、拳を合わせた。
その夜。
蒼真は一人、境内を歩いていた。
満月が、境内を照らしている。
「静かだな……」
都の喧騒が嘘のように、神社は静寂に包まれていた。
「眠れないのですか?」
背後から声がした。
振り返ると、紅葉が立っていた。
「ああ、少し……」
「私もです」
紅葉は蒼真の隣に立った。
「最近、よく眠れなくて……」
「事件のことを考えてるんですか?」
「はい」
紅葉は月を見上げた。
「消えた人の中には、私の友人もいました」
「……そうですか」
「だから、お願いします」
紅葉は蒼真を見た。
その瞳には、涙が浮かんでいた。
「友人を、助けてください」
「必ず」
蒼真は約束した。
「必ず、見つけ出します」
「ありがとうございます」
紅葉は涙を拭った。
二人はしばらく、無言で月を見上げていた。
そして――
「蒼真様」
紅葉が小声で言った。
「はい?」
「気をつけてください」
紅葉の表情が、突然真剣になった。
「この事件……何か、嫌な予感がするんです」
「嫌な予感……?」
「はい。まるで、何か大きな陰謀の……序章のような……」
紅葉は自分の腕を抱きしめた。
「私の勘違いかもしれませんが……」
「分かりました。気をつけます」
蒼真は紅葉の肩に手を置いた。
「大丈夫。俺たちなら、きっと解決できる」
紅葉は微笑んだ。
「はい。信じています」
二人は宿坊に戻った。
だが、蒼真の心には不安が残っていた。
紅葉の予感。それが、的中しないことを祈るしかなかった。
翌朝。
蒼真たちは、焔から最後に消えた人物の情報を受け取った。
「昨日の夜、陰陽師の一人が消えた」
焔は写真を見せた。
「名は、蒼空。二十三歳の若手だ」
「どこで消えたんですか?」
「都の東、『火焔山』の麓だ」
焔は地図を指差した。
「彼は、そこでの妖怪討伐任務に向かったまま、戻ってこない」
「火焔山……」
蒼真は地図を見た。
「すぐに向かいます」
「頼む」
焔は深く頭を下げた。
「これ以上、仲間を失いたくない」
蒼真たちは、火焔山へと向かった。
そこで待っているものは――
事件の核心へと繋がる、重要な手がかりだった。




