水鏡の都
二日後。
蒼真たちは、遂に水鏡の都の入口に辿り着いた。
「おお……」
刹那が感嘆の声を上げた。
目の前には、巨大な城壁に囲まれた都が広がっている。楓の町とは比べものにならない規模だ。
「水鏡の都……」
蒼真も圧倒された。
都の中央には、巨大な湖が輝いている。その水面は鏡のように空を映し出し、都の名前の由来となっているのだろう。
「人口は二万人を超えると言われています」
白金が説明した。
「大和神州でも、五本の指に入る大都市です」
「すげぇな……」
刹那は目を輝かせていた。
「こんな大きな都、初めて見た」
「刹那は田舎育ち?」
朝霧が聞くと、刹那は頬を染めた。
「う、うるさい! 火焔神社は山奥にあるんだよ!」
「ふふ、可愛い」
「可愛いとか言うな!」
二人のやり取りに、蒼真と白金は笑った。
「さて、行くか」
一行は都の門に向かった。
門には、楓の町よりも厳重な警備が敷かれていた。
「止まれ」
衛兵が槍を構える。
「身分証明書を」
蒼真は陰陽師の証明書を見せた。
「陰陽師か。用件は?」
「青龍神社への用事です」
蒼真は橘からもらった紹介状も見せた。
衛兵はそれを確認し、頷いた。
「楓支部からの紹介か。分かった、通れ」
「ありがとうございます」
門をくぐると、そこは別世界だった。
大通りには立派な建物が立ち並び、商人たちが賑やかに商売をしている。人々の服装も洗練されており、都の豊かさが伺えた。
「すごい……」
朝霧が周囲を見回す。
「こんなに大きな都、私も初めてです」
「まずは青龍神社に行こう」
蒼真が言うと、刹那が手を上げた。
「待った」
「どうした?」
「その前に、飯を食わせてくれ」
刹那は腹を押さえた。
「もう三日も保存食ばっかりで……」
確かに、旅の間はまともな食事をしていなかった。
「そうだな」
蒼真は周囲を見回した。
「どこか食堂でも――」
「蒼真様、あれを」
白金が一軒の店を指差した。
『龍鱗亭』という看板が掲げられた、立派な食堂だ。
「美味しそうですね」
「よし、あそこにしよう」
龍鱗亭の中は、清潔で落ち着いた雰囲気だった。
「いらっしゃいませ」
店主が笑顔で迎えてくれた。
「四名様ですか?」
「はい」
席に案内され、メニューを見る。
「うわ、何これ! 全部美味そう!」
刹那が興奮している。
「刹那、落ち着け」
「だって! 見ろよこれ、『龍の牙焼き』だって!」
「それは魚の料理だ」
白金が苦笑した。
「この都の名物らしいですよ」
「じゃあそれ! 俺、それ食う!」
結局、全員が違う料理を注文した。
料理が運ばれてくると、その美味しそうな匂いに皆の顔がほころんだ。
「いただきます」
「うめぇ!」
刹那が感動している。
「これ、マジで美味い!」
「本当ですね」
朝霧も嬉しそうに食べている。
蒼真も自分の料理を口に運んだ。
確かに、絶品だ。
「久しぶりのまともな飯だな」
「はい」
白金も満足げだった。
「たまには、こういう贅沢もいいですね」
食事を楽しんでいると、店主が声をかけてきた。
「お客さん方、旅の方ですか?」
「ええ、まあ」
「ならお気をつけて」
店主は声を潜めた。
「最近、この都で物騒な事件が続いてるんです」
「物騒な事件?」
「ええ。神社が襲われて、神器が盗まれてるとか」
店主は不安そうな顔をした。
「三つも神社がやられてるんです。青龍神社も警戒してますが……」
「そうですか……」
蒼真は橘から聞いた話を思い出した。
やはり、事態は深刻なようだ。
「ありがとうございます。気をつけます」
食事を終え、一行は龍鱗亭を出た。
「さて、青龍神社に――」
蒼真が言いかけたとき。
「きゃああああ!」
悲鳴が響いた。
「何だ!?」
音のする方へ駆けつけると、大通りで人々が逃げ惑っていた。
「妖怪だ!」
「逃げろ!」
大通りの中央に、巨大な蛇のような妖怪が現れていた。
全長十メートルはあろうかという、黒い鱗に覆われた大蛇。その目は赤く光り、口からは毒液が滴っている。
「大蛇妖怪……!」
白金が叫んだ。
「シュアアアア!」
大蛇が尾を振り回し、店を破壊した。
「このままじゃ、町が!」
「分かってる!」
蒼真は短刀を抜いた。
「刹那、朝霧!」
「ああ!」
「はい!」
「白金も!」
「もちろんです!」
四人は大蛇に向かって駆け出した。
「おい、お前ら! 危ない!」
衛兵が止めようとしたが、もう遅かった。
「はああっ!」
刹那が最初に大蛇に斬りかかった。
炎を纏った剣が、大蛇の鱗を切り裂く。
「シャアアア!」
大蛇が怒り、刹那に噛みつこうとした。
「させません!」
朝霧が浄化の光を放った。
光が大蛇の目を眩ませる。
「今です!」
白金が氷の鎖を作り出し、大蛇の身体を縛った。
「よし!」
蒼真が跳躍し、大蛇の頭上から短刀を振り下ろした。
霊力を込めた一撃が、大蛇の頭を貫く。
「グギャアアア!」
大蛇は断末魔の叫びを上げ、地面に倒れた。
その身体が黒い煙となって消えていく。
「やった……」
蒼真は着地した。
周囲の人々が、呆然と蒼真たちを見ている。
「す、すごい……」
「あの大蛇を、一瞬で……」
「あいつら、何者だ……?」
ざわざわと、人々が騒ぎ始めた。
「また目立っちまったな……」
蒼真は頭を掻いた。
その時。
「お見事」
落ち着いた声が響いた。
振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。
三十代前半だろうか。端正な顔立ちで、青い陰陽師装束を纏っている。
「あなた方が、楓支部から来た陰陽師ですね」
男性は微笑んだ。
「私は青龍神社の神主、蒼龍寺蓮と申します」
「あ、はい」
蒼真は慌てて頭を下げた。
「蒼真です。こちらは白金、朝霧、刹那」
「初めまして」
蓮は一人一人に丁寧に礼をした。
「紹介状は、既に届いています」
「そうですか」
「それにしても、素晴らしい連携でした」
蓮は感心したように言った。
「まるで長年一緒に戦ってきたかのような」
「いえ、まだ仲間になって数日です」
「数日で、あの連携?」
蓮は驚いた。
「それは驚きです。あなた方、相当な才能をお持ちのようだ」
蓮は蒼真を見つめた。
「特に、あなた。その霊力、只者ではありませんね」
「……」
蒼真は何も答えなかった。
蓮は何かを見抜いているような目をしていた。
「まあ、詳しい話は神社で」
蓮は踵を返した。
「ついてきてください。案内します」
青龍神社は、都の北部、湖のほとりに建っていた。
壮麗な社殿が立ち並び、境内は広大だ。天御柱神社にも匹敵する規模だった。
「立派な神社ですね……」
朝霧が感嘆の声を漏らす。
「青龍神社は、四大神社の一つ」
蓮が説明した。
「東を守護する、最古の神社の一つです」
本殿に案内されると、そこには既に数人の陰陽師が待っていた。
「蓮様、こちらが?」
「ああ。楓支部から来てくれた陰陽師たちだ」
蓮は蒼真たちを紹介した。
「彼らが、神器盗難事件の調査を手伝ってくれる」
陰陽師たちは、蒼真たちを値踏みするような目で見た。
「随分と若いな」
「本当に頼りになるのか?」
懐疑的な声が上がる。
「心配ありません」
蓮が言った。
「彼らの実力は、私が保証します」
蓮の言葉に、陰陽師たちは黙った。
「では、事件について説明しましょう」
蓮は地図を広げた。
「一週間前から、都の周辺の神社が次々と襲撃されています」
地図上に、三つの印がつけられていた。
「襲われたのは、『白鷺神社』『朱雀院』『玄武堂』の三つ」
「いずれも、神器を奉納していた神社です」
「神器……どんなものが盗まれたんですか?」
白金が尋ねた。
「白鷺神社からは『浄化の玉』」
「朱雀院からは『炎の羽』」
「玄武堂からは『水の盾』」
蓮は深刻な顔をした。
「いずれも、古代から伝わる強力な神器です」
「犯人は?」
「分かりません」
蓮は首を振った。
「目撃者もおらず、痕跡も残されていません」
「まるで、幽霊のように現れて消える……」
蒼真は地図を見つめた。
三つの神社の位置。そこには、何か規則性があるような――
「蒼真様?」
白金が声をかけた。
「いや、何でもない」
蒼真は首を振った。
「で、俺たちは何をすれば?」
「まずは、襲撃された神社を調査してください」
蓮は蒼真に資料を渡した。
「何か手がかりが見つかるかもしれません」
「分かりました」
蒼真は資料を受け取った。
「では、明日から調査を開始します」
「お願いします」
蓮は深く頭を下げた。
「この事件、一刻も早く解決しなければ……」
蓮の表情には、深い不安が浮かんでいた。
まるで、何か悪い予感でもあるかのように。
そして、その予感は的中する。
この事件の背後には、蒼真たちが想像もしていなかった、巨大な陰謀が隠されていた。




