消えた陰陽師たち
翌朝。
蒼真たちは、橘に案内されて楓支部の会議室にいた。
テーブルの上には、三人の陰陽師の資料が広げられている。
「まず、最初に消えたのは一週間前」
橘が一枚の書類を指差した。
「中級陰陽師の田中剛。三十二歳。炎系の式神を使う、実力者でした」
書類には、精悍な顔立ちの男性の似顔絵が描かれていた。
「彼は町の西、『鴉ヶ峰』での妖怪退治に向かったまま、行方不明になりました」
「鴉ヶ峰……」
蒼真はその名前を記憶した。
「次に、五日前」
橘は別の書類を取り出した。
「上級陰陽師の佐々木蓮。二十七歳。水系の式神使い」
そこには、知的な雰囲気の女性の似顔絵があった。
「彼女は町の北、『霧の谷』での調査任務中に消息を絶ちました」
「そして、三日前」
最後の書類。
「中級陰陽師の山本健太。二十五歳。風系の式神使い」
若々しい青年の似顔絵だった。
「彼は町の東、つまりあなた方が神鹿を救った森の近くで消えました」
橘は書類を置いた。
「三人とも、経験豊富な陰陽師です。簡単にやられるような相手ではありません」
「共通点は?」
白金が尋ねた。
「全員、単独行動でした」
橘は地図を広げた。
「そして、消えた場所がここ」
地図上に、三つの印がつけられている。
西の鴉ヶ峰、北の霧の谷、東の楓の森。
「バラバラですね……」
朝霧が地図を見つめた。
「いや、待て」
蒼真が地図に手を置いた。
「この三つの場所、何か繋がりはないのか?」
「繋がり……」
橘は考え込んだ。
「特に思い当たりませんが……」
「蒼真様」
白金が地図を指差した。
「これを見てください」
白金が三つの場所を線で結ぶと――
「三角形……?」
「しかも、ちょうど町を囲むような配置です」
白金の指摘に、橘の顔色が変わった。
「まさか……何かの陣を……?」
「可能性はあります」
白金は真剣な表情だった。
「三点を結ぶことで、大規模な術式を発動する技法がありますから」
「だとしたら、目的は?」
「分かりません。でも――」
白金は町の中心を指差した。
「町を封じ込めるか、あるいは何かを呼び出すか」
静寂が流れた。
「いずれにせよ、放置できませんね」
橘が立ち上がった。
「すぐに支部の陰陽師たちを集めて――」
「待ってください」
蒼真が橘を止めた。
「大人数で動けば、相手も警戒します」
「しかし……」
「俺たちに任せてください」
蒼真は自信に満ちた目で橘を見た。
「まずは調査だ。敵の正体を掴んでから、動いた方がいい」
橘は迷っていたが、やがて頷いた。
「……分かりました。お任せします」
「ありがとうございます」
蒼真は立ち上がった。
「では、まず最初に消えた場所、鴉ヶ峰に行ってみます」
「気をつけてください」
橘は心配そうに言った。
「もし危険だと感じたら、すぐに撤退を」
「分かっています」
蒼真は三人を連れて、支部を後にした。
町の西門を出て、一時間ほど歩くと、険しい山道が現れた。
「鴉ヶ峰か……」
蒼真は山を見上げた。
黒々とした岩肌がむき出しになっており、不気味な雰囲気が漂っている。
「この山、昔から不吉な場所として知られていたそうです」
朝霧が説明する。
「鴉が異常に多く集まることから、この名がついたとか」
「鴉……」
白金が空を見上げた。
確かに、何羽もの鴉が山の上空を旋回している。
「気をつけて。この山には、強い妖気があります」
白金の警告に、一同は警戒を強めた。
山道を登り始めて三十分。
突然、朝霧が立ち止まった。
「どうした?」
「あそこ……」
朝霧が震える手で、前方を指差した。
岩陰に、何かが倒れていた。
「まさか……」
蒼真が駆け寄ると、それは人間の死体だった。
いや、正確には人間だったもの。
全身が干からびて、まるでミイラのようになっている。
「これは……田中剛さん……」
朝霧が書類の似顔絵と照らし合わせた。
「間違いありません……」
「霊力を全部吸い取られてる……」
白金が死体を調べた。
「契約していた式神の痕跡もありません。完全に、消滅させられています」
「何者の仕業だ……?」
その時だった。
「クククク……」
不気味な笑い声が、山に響いた。
「誰だ!」
蒼真は短刀を抜いた。
「ヨクゾ来タ……新シイ獲物ガ……」
岩の上に、黒い人影が現れた。
それは人の形をしているが、全身が影のように歪んでいる。
「貴様が、陰陽師を殺したのか!」
「殺シタ? イヤイヤ」
影は首を振った。
「我ハ『喰ッタ』ノダ」
「喰った……?」
「ソウ。陰陽師ノ霊力ハ美味イ。特ニ、式神ト契約シタ者ハ最高ダ」
影の口元が、不気味に歪んだ。
「サア、次ハ貴様ラダ」
影が飛び降りてきた。
「白金! 朝霧! 下がれ!」
「はい!」
蒼真は影に斬りかかった。
だが――
「ナニ!?」
刃が影をすり抜けた。
「無駄ダ。物理攻撃ハ効カヌ」
影が蒼真の腹を蹴り飛ばした。
「ぐあっ!」
蒼真は地面に転がった。
「蒼真様!」
白金が氷の刃を飛ばすが、それも影を通り抜ける。
「ダカラ無駄ダト言ッタノニ」
影が白金に迫る。
「白金!」
蒼真が叫んだ瞬間――
「させません!」
朝霧が影の前に立ちはだかった。
「朝霧! 危ない!」
だが朝霧は、両手を合わせて祈るような仕草をした。
「神よ、光を!」
朝霧の身体から、眩い光が放たれた。
「ギィ!?」
影が後ずさる。
「浄化の光……!? 貴様、巫女カ!」
「そうです!」
朝霧の瞳が、強く輝いた。
「私は稲荷神社に仕える巫女! あなたのような邪悪な存在を、浄化します!」
朝霧の周囲に、神聖な力が満ちていく。
「すごい……」
蒼真は驚いた。
朝霧に、こんな力があったとは。
「クソ……巫女ガイテハ……」
影は苦しそうに身を捩った。
「覚エテイロ……次ハ……必ズ……!」
影は霧のように消えていった。
光が収まると、朝霧がその場に崩れ落ちた。
「朝霧!」
蒼真が駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「はい……少し、力を使いすぎただけです……」
朝霧は疲れた笑顔を見せた。
「でも、役に立てて……よかった……」
「ああ、すごく助かった」
蒼真は朝霧の頭を撫でた。
「お前がいてくれて、本当によかった」
朝霧の頬が赤く染まった。
「蒼真様……」
「でも、無理はするな」
「はい……」
白金が二人の元に来た。
「蒼真様、あの影……」
「ああ、分かってる」
蒼真は立ち上がった。
「ただの妖怪じゃない。もっと厄介な存在だ」
「神喰いの、新しい形態かもしれません」
白金は深刻な顔をした。
「陰陽師を狙って霊力を喰らう……まるで、神喰いを強化しようとしているかのような……」
「だとしたら、目的は?」
「分かりません。でも――」
白金は町の方角を見た。
「急がないと、もっと犠牲者が出ます」
「そうだな」
蒼真は田中剛の遺体を見た。
彼を葬ってやりたいが、今はそんな時間はない。
「すまない。必ず、仇は取る」
蒼真は遺体に向かって黙祷を捧げた。
そして、決意を新たにした。
この事件、必ず解決する。
それが、消えていった陰陽師たちへの、せめてもの弔いだ。




