6.アサコちゃんとハイネ
「あんた、おなかはすかないかい?」
魔女が言うと、アサコちゃんは「おなかいっぱいです」と答えてから言いました。
「あたしの名前は『あんた』じゃありません。ちゃんとした名前があるんです。アサコっていうんです」
「そうかい。じゃあ、これからはアサコって呼ばせてもらうよ。ところでハイネは食べるだろう」
すると魔女の娘・ハイネはこう答えました。
「あたしもおなかいっぱいよ。カラスにされているあいだに、鳥のえさを食べていたから」
「そうかい、それじゃあ、仕方ないね。無理に食べることもない。あたしはこれから食べ物を探しに、森でひと働きしてくるから、そのあいだ、アサコのことを見張っていてくれよ。アサコにはしばらく、カラスになっていてもらうからさ」
魔女は言い終えるなり、アサコちゃんをカラスに変身させてしまう呪文を唱えました。するとどうでしょう。アサコちゃんはすでに体を小さくされていたものだから、スズメほどの大きさの真っ黒いカラスになってしまったのです。
「あ、お母さん」
ハイネが言いました。
「あたし、やっぱり夕ごはんを食べるわ。あたしのぶんも探してきてよ」
「そうかい。やっぱり食べ盛りなんだね。鳥のえさなんかじゃ足りなかったんだろう。いいよ、おまえのぶんも探してくるよ」
魔女は言ってから暗い森のなかへ歩いて出て行きました。それを見届けると、ハイネがカラスになったアサコちゃんに近づいてきます。アサコちゃんはしきりに、かあ、かあ、と鳴くだけです。ハイネが言います。
「かわいそうに。あたしが魔女の仕事はつがない、なんて言ったばかりに、身代わりになってしまったのね。魔女にされてしまうのね」
しばらくカラスになったアサコちゃんを見つめたあと、ハイネは言いました。
「いいわ。あたしが助けてあげる。本当のところ、あたしは魔女になるのがいやなわけじゃないの。ただ、ちょっと反抗してみたかっただけなのよ。反抗期っていうやつね」
そう言うと、ハイネは、カラスになったアサコちゃんにききました。
「あなた、魔法のノートは持っているの?」
アサコちゃんは、かあ、かあ、と鳴いてうなずきます。
「持っているのね。じゃあ、きっと、そのノートを燃やしてしまえば、あなたは魔法の力をなくしてしまうはずだわ。しょせん、人間の魔法なんてその程度のものなのよ」
ハイネはカラスになったアサコちゃんをポケットにつっこむと、魔女の家から外に出ました。そして近くの木の上で眠っていた本物のカラスを二羽つかまえると、自分たちの身代わりに家のなかに放り入れました。
「さあ、これで少しのあいだ、お母さんの目をごまかせるわ。アサコちゃん、あなたの家へ行くわよ。空を飛んで道案内をしてちょうだい」
ハイネがそう言うので、カラスになったアサコちゃんは空に舞い上がりました。その後ろからハイネがついてきます。ところが、少し飛んだところで、カラスになったアサコちゃんはどっちへ向かって飛べばいいのか、わからなくなってしまいました。アサコちゃんは、かあ、かあ、鳴くばかりです。ハイネが言います。
「困ったわね。どこを飛んできたのか、わからなくなったのね。しょうがないわ。いったん、あたしの家に戻りましょう」
けっきょく、ハイネとカラスになったアサコちゃんは、今来た空を引き返して、魔女の家に戻りました。
魔女の家に着くと、すでにハイネのお母さんが帰っていました。
「ハイネ、どこをうろついていたんだい。また、カラスにしてしまおうか」
「お母さん、ごめんなさい。あたし、魔女の仕事を、お母さんのアトをつぎますから」
魔女は一瞬、耳を疑いました。
「本当かい? 本当に、魔女の仕事を引きついでくれるのかい?」
ハイネは「はい、本当です」と答えてから、カラスになったアサコちゃんを指さして言いました。
「その代わり、この女の子を、もといた家まで帰してあげて」
「どうしようかしらねえ」
魔女は少し、考えます。
「その女の子は魔女の家を見てしまったし、たった一日とはいえ、魔法を使ってしまったし、今さら、ふつうの人間に戻ろうとしても、ねえ」
「じゃあ、こういうのはどうかしら」
ハイネが言います。
「この女の子を家まで送り帰したら、今夜の記憶をすっかり奪ってしまうのよ」
魔女はぽん、と手を打ちました。
「それがいい。そうすれば何も問題はないかもしれないね」
そう言ってから、魔女はアサコちゃんにかけた魔法を解いて、カラスの姿からもとの人間の姿に戻してあげました。
「娘のハイネが魔女をついでくれると言ってくれたのもあんた、いや、アサコのおかげかもしれないよ。アサコ、まだ体は小さいままでガマンしておくれよ。あたしがポケットに入れてアサコの家まで送ってあげるからさ」
アサコちゃんに笑顔が戻ります。
「本当? アサコのことを家まで帰してくれるのね。どうもありがとう」
「それじゃあ、ハイネ。留守番をよろしく頼むよ」
魔女はそう言うと、小さなアサコちゃんをポケットに入れて、家を出ました。そして、月の出ていない夜空へ飛び立っていくのでした。




