1.カエルの夢
アサコちゃんのもとにそのカエルがやってきたのは、ある日の午後、もうじき日が暮れるというころでした。気がついたときには、机の上に一匹のカエルがのっかっていたのです。アサコちゃんは言いました。
「きゃっ、なんでこんなところにカエルがいるのよ。気持ち悪いわ」
そのときです。誰かが話しかけてきました。
――気持ち悪いだなんて、ひどい言い草だなあ。
「誰」
思わず後ろを振り返るアサコちゃん。けれども部屋のなかには誰もいません。
――どこを見ているのさ。ぼくがしゃべっているんだよ。
まさか、と思いました。アサコちゃんには、カエルがしゃべっているなどとは、とても信じられません。
――そのまさか、なんだよ。きみの目の前にいるカエルがぼく、ぼくがしゃべっているんだよ。
「本当なの? 本当にあなたが話しているの?」
アサコちゃんはじっとカエルを見つめました。するとそのカエルは、小さな頭をしきりに縦に振っています。よく見ると、黄緑色をした、とてもきれいなカエルです。
――今、うなずいてみせたから、わかってくれただろう。それともまだ信じられないかい?
「カエルのあなたがあたしに話しかけているという、決定的な証拠を見せてよ」
――いいでしょう。見ていてください。
黄緑色のカエルは、アサコちゃんが開いていた国語の教科書の上に飛び乗ると、何やら、一文字ずつ、右前足でたたきはじめました。はじめに「か」という字を、次に「え」という字を、最後に「る」という字を足でたたいたのです。それを見てアサコちゃんが言います。
「か・え・る、なのね。そんなことは見ればわかるわよ。そのカエルさんがどうしてこんなところに来たのよ」
――今夜はアサコちゃんの魔法の夜だからですよ。
「何よ、それ」
――つまり、ぼくがしゃべっていられるのも、すべてはアサコちゃんに魔法の夜が訪れたおかげなんです。
「アサコの魔法の夜」
――そうなんですよ。今朝、お父さんたちと話していたじゃないですか。『魔法が使えたら、学校まで、魔法のホウキにでもまたがって、飛んでいっちゃうのになあ』って。それであなたは運のいいことに、今夜、その願いがかなえられてしまった、というわけなのです。
「なぜ」
――じつを言うと、今日、魔法が使えたらなあ、と思った人は、世界中でアサコちゃんひとりだけだったんですよ。こんな幸運はめったにありませんよ。アサコちゃんひとりだけが願ったために、本当に魔法の夜が訪れたんです。ほかに誰かひとりでも同じように願った人がいたならば、ぼくもアサコちゃんと話ができるようにはなりませんでした。
「よくわからないけれど、今、アサコが目の前にいるカエルと話をしていることだけは確かなことのようね」
――わかってもらえましたか。
「わかったことにしておくわ」
――そうですか。それはよかった。くわしく説明しようとすると大変なことなので。
「それで、魔法の夜っていうのはどういうことなのよ。そこのところがよくわからないわ」
――では、ひとつ、お願いがあるのですが。
「なあに?」
――そこにあるノートに「かえる」と書いてください。
アサコちゃんは言われるとおりに、ノートに「かえる」と書きました。
――そしたら「か」の字を消して、代わりに「き」の字を書き入れて「きえる」にしてください。
「こうかしら」
アサコちゃんが「かえる」の「か」の字を「き」の字に変えた瞬間でした。黄緑色のカエルがパッと消えてしまったのです。アサコちゃんはハッとして目を覚ましました。勉強をしているうちに眠くなってきて、机にうつぶせになって、うたたねをしていたのです。
「夢だったのね。カエルがしゃべるなんて、おかしいと思ったわ」
そう思ってふと、ノートに目をやると、そこには「きえる」と書かれていました。
「夢じゃなかったのかしら。どういうこと?」
これが、アサコちゃんの魔法の夜のはじまりでした。




