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婚約解消後、別の男に嫁いだ元令嬢の話

一話完結の読み切りです。


「やぁ、来たね。グレージュの髪色に翡翠の瞳、釣書通り。キミがベアトリスだね、俺は(りゅう)。今日からキミの夫となる者だ。今年で三十一になる……ん?キミは確か十八だったよな?ということは……干支がひと回り以上年上になるのか?」


「あ、干支というのはね、」とつらつらと東方の国の暦のことを説明する男を、ベアトリスは眺め()る。


父が犯した罪により伯爵令嬢という身分を失い、そして数年来の婚約者も失ったベアトリスは、異国の男との婚姻という形の異例の国外追放となった。


ベアトリスの夫となるのは東方人との混血(ハーフ)だという医療魔術師。

癒しの能力に特化した魔力保持者を一人でも多く排出するために婚姻を義務付けているのは、どこの国も共通である。

ベアトリスも魔力を持つため、たとえ国外追放という身であってもそれを役立てようという国の目論見で、隣国の医療魔術師との婚姻を命じられたのだ。

隣国においては親が罪を犯したとしても子に罪は無い、という考え方が一般的らしい。

なので隆は何の(わだかま)りもなくすんなりと、国が薦めるがままにベアトリスとの婚姻を受け入れたのであった。

(てい)のいい身元引受け人でもある。



そして妻として引き取られる形となったベアトリスが祖国からの持ち出しを許された荷物はトランクひとつのみ。

付き添いは転移魔法を用いる王宮魔術師がただ一人だ。

それも移送のためだけの付き添い人。

その魔術師に、誰にも別れを告げる(いとま)もなくベアトリスは夫が待つという国境沿いの街に連れて来られた。


──幽閉期間も長かったし、元より罪人の娘が高位貴族と顔を合わせられるわけがないもの。

別れの挨拶なんて、以ての外だわ……。


だがらベアトリスは心の中でそっと、()の人に別れを告げ、生まれ育った王都を後にしたのだった。


そうして連れて来られた街で、ベアトリスは夫となる人物……(りゅう)と対面した。

ベアトリスを隆に引き渡すや否や言葉を発することもなく、魔術師は再び転移魔法でさっさと帰って行った。

そのまさに厄介者を捨てるかのような態度にベアトリスはため息をつく。

そしてすぐに隆に向き直り挨拶を返すと、ちょうど彼の暦の説明も終わった頃合いだった。


「はじめまして。私はベアトリスと申します。家名は奪われ、今は平民ですがどうぞよろしくお願いいたします」


緊張した面持ちでベアトリスがそう挨拶すると、隆は柔らかな笑みを浮かべながら言う。


「どうせ俺の女房になったことで姓は変わるんだ、元の家名(旧姓)なんてどうでもいいさ。でもベアトリスか……これから生涯呼び続けるにしては長いな、愛称はなんと呼ばれていた?」


そう問われ、ベアトリスの脳裏に一瞬かつて誰よりもその愛称を口にした者の声が浮かんだ。


『べべ……』


だがもうその人に名を呼んで貰うことは二度とない。

ベアトリスは追憶に縋りそうになる自分を振り切り、隆に答えた。


「ベティと、そう呼ばれていましたわ」


かつての婚約者と同じ愛称で呼ばれるのに(わだかま)りを感じたベアトリスは、もう一つの愛称の方を教えた。


「……別邸(ベッテイ)?あ、いかんいかん。つい名前が東方風に聞こえてしまう……というのは冗談なんだけどね、はははは……コホン、ベティだね。よし、これからは俺もベティと呼ぶことにしよう」


隆はひとりでつらつらとそう言って、破顔した。

その陽だまりのような笑顔がとても優しげで、不安で(かじか)んでいたベアトリスの心がじんわりと温まる。

そしてどこか懐かしさも覚え、なぜなのかはわからないがベアトリスは泣きたくなった。





隆は流しの医師だ。

東方医療と西方医療と医療魔術を組み合わせた、珍しい治療をする。

流しというのは同じ所に定まらず、街から街、村から村など医師が不足している地域を巡って人々に治療を施す、フリーの医療魔術師のことを言う。

そしてベアトリスは隆に引き合わされた瞬間から、妻として夫に帯同する旅暮らしが始まったのである。


元貴族令嬢であるベアトリスには平民としての暮らしも、自分の足を動かして移動する行動も何もかもが初めてで、最初は慣れずにとても苦労した。


だが隆がひとつひとつ丁寧に市井での生活のあれこれを教えてくれ、そして移動の行程もベアトリスに合わせて無理のないようにしてくれたので、それも徐々に慣れていったのだった。


夫婦の営みもそうだ。

本来娘に知識を授ける母親を早くに亡くしたベアトリスは閨の知識に乏しい。

そんなベアトリスを隆は急かす事はせず、先ずは新しい暮らしに慣れるようにと初夜を待ってくれているのだ。

その優しさに甘んじていては駄目だと思いつつも、まだ元婚約者への恋情を捨てきれないベアトリスにとっては有り難い気遣いであった。


──ごんめなさい。もう少しだけ待ってください……。



きっと時間が解決してくれる。


きっと彼を、元婚約者を忘れられる。


だから、


だから神様、どうか一日も早く、彼を忘れさせてください。


それがベアトリスの願いであった。







ベアトリスが隆の妻となってふた月が経過しようとしていた。


妻と言ってもまだ閨を共にしていないのだから本当の意味での妻ではない。


平民となり、市井での暮らしの全てに戸惑うベアトリスに、隆は様々な物事を根気よく教えてくれた。


その教えの中でも重要な医療魔術師の補佐。

医療看護師の資格を持たないベアトリスに出来る事は極端に少ない。

それでも妻として赴任地へと伴われるのだから出来る限りの手伝いをしようとベアトリスは決めていた。


「ベティ、そこの癒しの術式が施された貼付剤を取ってくれ」


「え、えっと……」


「慌てなくていい。ほら、その薬剤入れの中に入っているだろう」


「ありました。これですね」


「うん。ありがとう」


今、ベアトリスは隆に連れられて隣国の海沿いの小さな漁村に来ている。

地方では無医村は珍しいことではない。

そのため隆のようにこうして時々流れてくる医療魔術師に治療を頼んだり、薬を多めに置いて行って貰うようにして、後は土着の民間療法で対処し急場を凌ぐのだった。


なので流しの医療魔術師であると告げると村を挙げて歓迎され、滞在中の宿泊場所や食事など村から無償で提供される。

その代わり医療魔術師は、通常の治療費よりも比較的安く診察や治療を行うのであった。


そうやって訪れた漁村に滞在をはじめて三日目。


この日は年若い少年と少女が連れ立って診療所代わりにしている村役場の一室へとやって来た。


「先生、ちょっとこのバカを診てやってくたさい!」


少女が少年の背中をぐいっと隆の前に押しやり、そう言った。


「おいっバカとはなんだバカとは!こんな傷、舐めときゃ治るんだよ」


反抗的な少年の言葉に少女は憤り、彼の頭を小突く。


「舐めて治るわけないでしょ!だからバカだって言ってんのこのバカ!」


(いって)!殴るなよっ」


「おいおいどうしたどうした?」


治療を受けに来たはずがその場で揉める二人に、隆が間に入る。

すると少女が「先生聞いてください!このバカがっ……」と言って事の次第を説明した。


なんでも少年は見習いの大工で、練習台と称して少女の家の二階の窓を修理している最中に、梯子から落ちたのだそうだ。

その時に近くに植わっていた隣の空き家の庭木の枝に腕を引っ掛けたらしく、傷を負ってしまったらしい。


「どれどれ……あぁこれだね」


隆がそう言って少年の腕を診ると、傷は彼の二の腕の肘付近にあった。


「裂傷か……。あぁ、これはいかんな。舐めていては到底治らんぞ」


隆の言葉を聞き、少女が少年に言い募る。


「ほら見なさいよ!痩せ我慢なんかしないで素直に治療を受けなさい!」


「うっせぇなぁ」


尚も言い争いになる少年と少女を見て隆は笑う。


「ははは。キミたちは仲がいいんだな」


「「どこが!」」


声を揃えて言う二人に、隆はさらに笑いながら言う。


「ほら、息がぴったりじゃないか」


「「これは小さい頃から一緒だったからっ」」


「幼馴染か」


「「そう。ただの腐れ縁!喧嘩ばっかりだし」」


「喧嘩するほど仲がいいと言うよ?」


「「な、仲良くなんかっ……!」」


「はははは」


隆と少年少女のやり取りを、ベアトリスは微笑ましいと思いながらぼんやりと眺めていた。


少年と少女の年の頃は十三、四歳といったところだろうか。


ベアトリスが婚約者の……元婚約者のリッケルト伯爵家の嫡男アンドリューと出会ったのもこのくらいの年齢であった。


互いの父親が事業提携を結んでいたことにより、それをより強固なものにするために結ばれた婚約だった。

貴族間では当たり前の政略的な婚約ではあったが、良好な関係を築こうと互いに歩み寄ることから始まり、いつしか二人は深い愛情で結ばれていた。

そして成人と共に婚姻を結び、夫婦となれるのを互いに心待ちにしていたのだ。


ベアトリスの父親が事業のために国から支給された公金を横領し、賭博の借金返済に当てるという罪を犯すまでは……。



「おまけにこれはただの裂傷では済まんぞ。傷口が毒素に汚染されている。引っ掛けた木というのは毒素の強い木だったようだな。たまに人知れず自生して、伐採を逃れている毒木(どくぼく)があるんだ」


隆のその声に、ベアトリスの思考が過去から引き戻された。


隆が真面目な声色で少年と少女に言う。


「すぐに解毒しないと腕が腐り落ちるぞ」


「「えっ……」」


仲良しの幼馴染はこんな時でさえ無意識に声が重なる。


「ど、どどどどうすればっ……?先生、解毒ってどうするんですかっ……?」


少女が狼狽えながら隆に尋ねた。

腕が腐り落ちると聞いて少年は顔面蒼白になっている。

そんな二人を見て、隆は安心させるためにわざと鷹揚な言い方をした。


「安心しろ。俺はただの医師ではない、魔術を用いて治療ができる医療魔術師だ。中でも解毒魔術は俺の得意分野なんだぞ。キミたち、俺がこの村に来てラッキーだったな!あ、怪我をしてラッキーも何もないか……はははは」


朗らかに笑う隆を見て、少年と少女は一様に安堵の表情を浮かべた。


そして隆が患部の解毒に取り掛かる。

じつはベアトリスが隆の医療魔術を目の当たりにするのはこれが初めてなのであった。


これまで幸運なことに治癒魔術を用いなくてはならないほど重篤な症状の患者がいなかったからである。

それでも一度だけ、夫婦となって日が浅い時期に、全身熱傷の患者の治療のために隆が治療魔術を用いたのだが、手伝いを始めたばかりのベアトリスが熱傷の患部を見て震え上がってしまったのだ。


患者の前で失神するわけにもいかず、その時は別室にて治療が終わるのを待っていたのだが今はベアトリスも幾分か経験を積み、多少は慣れた。

なので今回は隆の側に付いて手伝いが出来るだろう。


「いいかい少年。キミ自身も解毒が上手く進み、裂傷が快癒できるように強く念じるんだ」


隆が解毒魔術を展開させながら少年にそう告げると、少年は不思議そうな顔を向けた。


「なんで?先生が魔術で治してくれるんだろ?」


「治癒魔術は単に生きものが持つ自然治癒力を高め、全快にかかるまでの時間を短縮するだけなんだ。そしてそれは患者自身が強く願うことでより強い効力が発揮される」


「へぇ~なるほどな~」


少年はそう言ってから、自分の傷口に視線を落とした。

じっと見据えるその姿から、早く治るように祈っている事が窺える。


その時、ふいにベアトリスは隆から感じる魔力に既視感を覚えた……気がした。


(……気のせいかしら)



「さぁ、これで大丈夫だろう」


治療を終えた隆が少年に告げる。


「「え?もう?」」


少年と少女が目を丸くして隆の顔を見た。


「少年、キミが強く念じてくれたおかげでスムーズにいったよ。毒素は消え去り、裂傷も完治に近い状態まで回復した。でも全快にはしていないよ。後は自身が持つ自然治癒能力による日にち薬さ」


「どうして?どうせなら完璧に治してくれればいいのに」


腑に落ちない様子で少年が言うと、隆は丁寧に少年たちに説明をした。


「治癒魔術は神が起こす奇跡とは違う。細胞分裂を魔術により促して完治までの日数をスキップする……言わば時間の前借りなんだよ」


「「時間の前借り……」」


「時間が短縮されたからといって得をしたわけじゃない。生物の細胞分裂の回数には限りがある。魔術を用いたとしてもそれは変わらない、自然の摂理だ。その限りある細胞分裂を手っ取り早く治るからと多用していたらどうなる?」


「いずれ早い段階で細胞分裂の限界を迎える……、老化が早まるんですね。もしくは寿命が縮まる……」


隆の言葉に答えたのはベアトリスだった。

少年の患部に包帯を巻きながら隆の話に耳を傾けていたベアトリスの口から、無意識に漏れ出していた。

ベアトリスのその答えに隆は静かに頷いた。


「そうだ。だから治療魔術は無闇に用いてはならないし、ある程度の段階までしか治療しないんだ。あとは服薬と自然治癒能力に任せるのさ」


「「「なるほど……!」」」


少年と少女と同時に、今度はベアトリスの声も重なった。

それに気付いた途端に皆が一斉に笑い出す。

ベアトリス自身も重なった声がハーモニーのように聞こえ、それがおかしくてころころと笑う。


こんなに笑ったのはいつぶりだろう。

もうこんな風に笑える日は来ないと思っていたのに。


(あぁ……私、またこんな風に笑えるんだ)


そう思うと心から嬉しく、そして寂しくもあった。

アンドリューと決別し、彼とは全く関わりのない遠い地で泣き、笑い、時には怒り、生きている。

それがとても寂しくもあり嬉しくもある。

そして自分との関係を絶った事により彼の人生は安泰のまま続いていく事に安堵した。


そんな思いを胸に笑うベアトリスを、隆は優しげな眼差しで見つめていた。






それからの日々もベアトリスは夫の隆と共に各地を転々とし、医療が届かない寒村や山奥の集落を巡り人々を治療した。


隆のような地方を巡回する医師は国から手厚く補償されており、その手当てとして毎月一定額が銀行口座に振り込まれている。

そして王立銀行の支店がある町に立ち寄ると、毎回ある程度生活費を下ろすのだ。


「安藤様、お待たせいたしました。……安藤様?安藤様~」


「……あ、はいっ……」


銀行の待合室のベンチに座りながら物思いに耽っていたベアトリスが慌ててカウンターへと向かう。


「すみません」


ベアトリスがカウンター越しに謝罪すると、銀行員は営業スマイルで応じてくれた。


「とんでもございません。それではお引出しのご依頼をお受けした金額にお間違いがないかお確かめください」


「はい。確かに」


そう返事をして、ベアトリスは引き出したお金をポーチに入れる。

そして静かに会釈をして銀行を後にした。


(……出先でぼーっとするなんて不用心だわ。お金を落としたら大変だし、スリだってどこに居るのかわからないのだら気を付けないと)


ベアトリスも市井での暮らしに慣れ、こういった諸用を隆から任されるようになっている。

引き出した金額は大した額ではないが、それでも夫が働いて、その対価として国から支払われている報酬なのだから疎かにはできない。


(でも……だけど……)


このところ……正確には毒素に汚染された少年を治療した隆を目の当たりにした時から、ベアトリスは隆に対しある疑念を抱いていた。


最初は気のせいだと思ったのだ。


(だってそんな事……有り得ない)


だが隆が治療魔術を用い、側で彼の魔力を感じる度にその疑念が深まっていく。


(でもだって……)


あまりにも違い過ぎるのに。

そこ説明がつかない。解明するのは困難を極める。

だって、普通に考えて有り得ない。


──いつまでも未練を抱く私の勘違いであってほしい。


輝かしい彼の人生が今も真っ直ぐに光の(もと)に続いていると、そう信じたい。




そして季節はいつしか冬を迎えていた。

霜柱が立つ道をザクザクと踏み(しだ)きながら歩くなど、かつてのベアトリスなら考えられない事だ。

だけど分厚いブーツの底からでも感じる硬く冷たい氷の感覚が、今を生きていると実感させてくれる。

「転んでは危ないから」と手を繋いでくれる、厚手の手袋ごしに感じる力強い手と温もりがひとりではないと安心感を与えてくれる。


喩えベアトリスが抱く疑念が的外れであってもそうでなくても、少し前を歩く夫へ抱く親愛は確かものだ。

夫婦となって数ヶ月。

その間ずっと二人で生きてきた。全てを失ったベアトリスの側に、隆はいつでも寄り添ってくれた。

そんな彼に抱く想いは、元婚約者であり初恋の相手でもあるアンドリューとは少し違うものだとしても決して気のせいなどではない。


だけど疑念を疑念のままにして、この先隆とは本当の夫婦にはなれない……。

ベアトリスはそう思っていた。




次の目的地の中間地点にあたる町で隆は宿を取った。

道中行き交った旅人に、今夜初雪が降るかもしれないと聞いたからだ。

この先越えねばならない峠はそれほど険しいものではないが、元令嬢ゆえに足腰の弱いベアトリスに無理をさせられないと隆は判断した。


「なんなら、厳冬の時期をこの町でやり過ごしてもいいな」


宿屋の一室で荷解きをしながら隆がそう言う。

だが彼はしきりに窓の外を眺め、上空の雲を気にしていた。


「そうなったら短期間借りれるアパートを探そうか……」

と言いながらも隆は気も(そぞ)ろだ。

町を覆う厚く重い鉛のような雲から、小さな雷鳴が轟く。


「こ、これが雪下ろしの雷というやつか……」


隆がつぶやいた言葉を聞き、ベアトリスは隆に言う。


「やはり、あの旅人さんがおっしゃっていた通り、今夜は初雪が降るみたいですね」


「そ、そうだな」


「……どうりで冷え込むわけです」


ベアトリスが荷物の中から二つ分のカップとココアの袋を取り出しながらそう言うと、隆は客室に添え付けられている暖炉に近付き薪をくべた。


「ベティ、寒いか?もっと薪を貰って来ようか」


「私は大丈夫です。前の街で貴方が買ってくれたウールとシルク混の中綿入りワンピースがとても温かいから。でも体の内側からもっと温まりましょう。宿のキッチンを借りてココアを作ってきますね」


「じゃあ俺も一緒に行こう」


「大丈夫です。それより貴方は荷解きの方をお願いしますね」


「あ、あぁ……わかった……」


心なしいつもより覇気のない声で隆が返事をすると、ベアトリスはひとつ頷いてキッチンへと向かった。


気の良い宿屋の女主人とコックは二つ返事でキッチンを使うのを承諾してくれ、ベアトリスは慣れた手つきでココアを作りはじめた。


元貴族令嬢のベアトリスだが、昔から何度もココアを作っていた。

元婚約者アンドリューはココアが好物だったから。

だからココアだけは人任せにせず、冬の時期に彼が屋敷を訪れる度に、自らの手でウェルカムココアをよく作ってあげていたものだ。

それと同じものを今は隆のために(こしら)える。


そしてベアトリスは、熱々のココアが入ったカップを持って、隆が待つ部屋へと戻った。


客室(部屋)に設えてあるクローゼットに必要な物を出し終えた隆が所在なさげに暖炉の前に座っている。

過去にもこんな事があったな、と有りすぎるほどの既視感を感じたその時、̆一際大きな雷鳴が轟いた。


「うわぁっ……」


隆の吃驚した声が部屋に響く。

意を決したベアトリスは、敢えて柔らかな笑みを浮かべて隆を労る言葉を掛けながら、ココアの入ったカップを手渡した。


「相変わらず雷が怖いのね。幼い頃にリッケルト伯爵家の本邸の屋根に雷が落ちて以来、苦手なのよね?ほら、貴方の好きなオレンジリキュール入りのココアよ。宿のキッチンに置いてあったから少し分けていただいの。温かいものを飲めば気持ちが安らぐから」


「ああ。ありがとう。でも屋敷の屋根ではなく自室に面した庭の木に雷が落ちたんだ……よ……」


何気ない(てい)で昔からの自然体の口調で告げたベアトリス。

それに無意識に返事をした隆がある事に気付き、途中で語尾が消え入る。

苦手な雷に怯えるあまり、つい素の自分が出てしまったようだ。

そして隆は僅かに目を見開いて、無言でベアトリスを見た。


ずっと抱いていた疑念が確信に変わり、ベアトリスの心臓が早鐘を打つ。


「そうだったわね。リッケルト伯爵家の嫡男である貴方の自室は本邸にあるのだったわ……」


「……鎌をかけたのか?……いつから気付いていた?やはり魔力からか……?」


冷静な声色でそう問われ、ベアトリスは静かに頷いた。


「ええ。私の保有魔力は低いけれど、他ならぬ貴方の、……アンドリュー、貴方の魔力なら喩え僅かであったとしてもわかるわ」


「そうか……」


隆はゆっくりと目を瞑り、つぶやいた。

それが全ての答えだった。はっきりと肯定されずとも、ベアトリスにはそれで充分だ。


どうして伯爵家の嫡男がなぜこのような事をと問い詰めたい逸る気持ちを抑え、ベアトリスはただ端的に彼に尋ねる。

いや、複雑な感情が入り混ざり、この言葉しか口から出て来てはくれなかったのだ。


「……なぜ、」


「決まってる。喩えキミがどのような立場となったとしても、俺の妻になるのはキミしかいないからだ」


「私は罪人の娘となったのよ……。そんな私が、次期リッケルト伯爵となる貴方と結婚なんて出来るわけがないじゃない……」


「俺たちの祖国では、親の罪を子も被るからな。……だから、全てを捨ててキミと他国へ来た」


その言葉を聞いた途端、堰を切ったようにベアトリスの激情が露わになる。


「なんと愚かな事をっ!伯爵家を継ぐために、家門を背負うために積み重ねてきた貴方の努力を、自ら捨てるような真似をどうしてっ?貴方は王弟殿下の側近として、輝かしい将来を約束されていたというのにっ……!」


「どれだけ陽の当たる人生()を用意されたとしても、キミが側にいないのであればそれは無意味なものだからだよ」


「そんなっ……どうしてっ……」


ベアトリスは知っている。

アンドリューには双子の弟がいるが、彼ら兄弟は妾腹なのだ。

生来病弱であった正妻とは子を望めないと知った現リッケルト伯爵(アンドリューの父)が愛人であった男爵家の令嬢に産ませた子なのだ。

アンドリューも弟も男児であったがために、生母と引き離され父親に引き取られたのである。

貴族家ではよくある話だ。

だからこそアンドリューは妾腹だと後ろ指を指されないようにと努力し、立派な嫡男となるべく研鑽してきたのだ。

それを側で見てきたベアトリスにはわからない。

アンドリューがなぜ、全てを捨ててこのような選択をしたのか。



「俺が次期後継として励んできたのは、キミを得たかったからだよ」


「私を……?」


アンドリューはベアトリスを真っ直ぐに見据え、頷いた。


「子爵家令嬢ベアトリス嬢との婚姻は、リッケルト伯爵家の次の当主となる者と結ぶ。というのが条件だったんだ。まぁ当然だな。事業提携は今後何十年と続く規模のものだった。その結び付きを深める婚姻なのだから、相手は当主となる者でなければならない」


それはもちろんベアトリスとて理解していた。

それが政略結婚というものだから。


「でも、私のお父様が罪を犯したことにより、事業提携は他家に変わり、縁談も立ち消えになったはずよ」


「そう。だから俺にはリッケルト伯爵家の後継の立場に縋り付く必要がなくなったんだ」


「……どういう事?そんな……私との縁談が無くなっただけで後継を降りるなんて……」


「俺にとっては、キミこそが生きる指針だったんだよ」


「私……が?」


「うん。物心つく前に生みの母親と引き離され、嫡男として厳しく育てられてきた。弟は弟で俺のスペアとして養育され、自由を奪われてきたんだ。義母は直接的ではないにしろ俺と弟を疎んじていたのは明白だったし、父は愛してくれたが多忙な人でほとんど家には居ない。冷たい義母と妾腹だからと侮る縁者や使用人たちに囲まれ、俺は……とても孤独だった。弟と二人、屋敷の中で囚われて、とても苦しくて……本当に苦しくて、上手く息ができないほど苦しかったんだ……」


「アンドリュー……」


「そんな日々が何年も続いたその時、婚約者としてキミに引き会わされた。キミを見た瞬間、それまで白黒だった世界が急に色付いたように感じたよ。大袈裟に聞こえるかもしれないけど本当なんだ。俺の……一目惚れだった」


「ウソ……そんな事、ひと言も言ってくれなかったじゃない」


最初からだなんて、一目惚れだったなんて。

確かに婚約者同士として積み重ねた日々の中でいつしか心を通わせ想いあっていたとは感じていたが。


「俺も思春期真っ只中だったからな……照れくさくて素直に想いを口にすることが出来なかったんだ。でも……聡明で美しいキミに相応しい男であろうと思った。やっている事は変わらなくても、キミを得るためにだと思うと、次期後継として多くのものを求められるのも苦ではなくなったんだ」


「でも……」

と言い置いて、アンドリューは目を閉じた。

そしてゆっくりと目を開けて、ベアトリスを見る。


「キミは父親の罪の連座で国外追放となった。低魔力でも魔力保有者という利点を活かして他国に売りつけるような国外追放だ。そんなの……そんなの許せるわけがない」


大切にしてきた婚約者。

思えば自分の意思とは関係なく与えられてばかりの人生で、初めて自ら()っした存在。

それを突然奪われて、他の男に嫁がせられると知り、アンドリューの中でフツリと何かが切れたらしい。


「そして俺は決めた。キミを誰にも渡さないと。そのためにはどうすれば良いか、寝ても覚めてもそればかりを考えた」


それからのアンドリューはただベアトリスを取り戻すという目的のために行動したという。

期限は一年。父親の裁判を全て終え、刑が確定してから娘であるベアトリスが国外追放に処されるという情報を得た。

その一年の間に、アンドリューは死にものぐるいで準備を整えたという。


まずは伯爵家の後継を降りる事を秘密裏に弟に打ち明け、協力を仰いだ。

優秀で向上心が高く、自分が後継であったならと常日頃から思っていたが兄を押し退けてまでも……と諦めていた弟はすぐに後継を変わる事を快諾してくれた。


だが同じように正直に打ち明けたからといって、父は決して認めてはくれまい。

それにより監視が付き行動が制限されるのを恐れたアンドリューは、この計画を弟にしか打ち明けず、父には申し訳ないが手筈が整い次第家を出ていくつもりだった。


だが父は、アンドリューの計画を見抜いていた。


突然、「身分を失い平民として生きて、それで大切なひとをどう養っていくつもりだ。ベアトリス嬢に要らぬ苦労をかけるくらいなら、ちゃんと彼女を妻に迎えられる確かな男に委ねた方がいい」

と言って、国を出た後の生計をどう立てるのか計画書を提出しろと言ってきたのであった。

そのまさかの父親の言葉に目を白黒させていると、父は気不味そうに咳払いをした。


「ゴホン、私とて人の親としての情くらい僅かにある。……血を分けた息子の幸せを、望まないわけではないのだ」


「父上……」


「し、しかし親として無闇矢鱈で無鉄砲な計画を容認することは出来ん。しっかりとした人生設計を立てて、私を納得させてみなさい」


「っ、はい……わかりました。……父上、ありがとうございます」


「気が早い。計画書によっては認めるわけにはいかんのだからな。その時はすっぱりとベアトリス嬢のことは諦めろ」


「いえ、諦めません。必ず完璧な計画を立て、父上を納得させてみせます」


「ふ……その意気や良し、だ」


その時僅かに笑みを浮かべた父の表情(かお)を、アンドリューは生涯忘れることはないだろう。

常にリッケルト伯爵として己を律し、家門のために生きている父の最初で最後の、ただの子の幸せを思う父親としての笑顔だったのだから。


そうしてアンドリューはリッケルト伯爵家から除籍……当然だ、国外追放となった娘を妻にと望むのであれば伯爵家とは無関係な人間とならなければ、一門の者が許さない。

従って伯爵家を除籍され平民となった後の身の立て方をアンドリューは入念に計画し、父親に認めさせたのであった。


そこまでの話を聞き、ベアトリスはアンドリューに尋ねた。


「本当に……リッケルト伯爵がお認めになったの……?」


「だからこうして、キミの目の前にいるんだ」


「……じゃあなぜ姿を変えて?ご丁寧に東方人ハーフの安藤隆という人間に姿を変えてまで……。え、ちょっと待って?今、気付いたんだけど……安藤……隆、アンドリュー!?」


新たに……いや、ようやく気付いた事実にベアトリスが目を白黒させていると、アンドリューが肩を竦めながら答えた。


「まずは姿を変えて夫とならなければ、キミの性格上、自責の念に苛まれ苦しむと思ったからだ。名前は……父が付けてくれた名を完全に捨てたくはなかったから捩って考えたんだよ」


「それにどうしてわざわざひと回りも年上の男性に……?それって変身魔術よね?どうして年上の設定にしたの?」


「年上の頼れる男が夫となる方が、キミも安心できると思ったんだ」


「アンドリュー……貴方……」


呆れた。ベアトリスは心底呆れてしまった。

自分を妻にするために全てを捨ててきたアンドリューに、驚きや罪悪感を通り越して呆れ果ててしまう。

そこでまた新たな疑問が浮上したベアトリスはアンドリューを問い質す。


「でもっ……医療魔術師としての知識はどうしたの?いくら貴方が優れた高魔力保有者だとしても、医師としての知識は一朝一夕で身につくものではないわ。医療魔術師安藤隆の知識とスキルは長年の経験が積み重なって活かされたものだと、それくらい素人の私にだってわかるっ……」


「これはあまり知られていない、合法スレスレの裏技なんだが……他人の経験値を魔力に置き換えて、それを他者に譲渡する方法があるんだ」


「経験値の譲渡……?そ、そんな事が出来るなんて信じられないわ……」


「出来るんだよ……金さえ積めば……」


「ええっ……!?」


普通は自分が長年培ってきた経験値を売る人間はいない。

魔力が無限でないように、魔力に置き換えた経験値を手放せばそれを失うことになる。

ただ稀に、金銭的な問題からその経験値を金に変えて売りたいと考える者がいるのだという。

そういう者は秘密裏に商業ギルドなどの仲介業者を通して、高値で買い取ってくれる相手を探すのだそうだ。

そしてアンドリューは医療魔術師であれば、どのような国、どのような土地であっても食いっぱぐれることはないと、父親から与えられていた個人資産のほとんどを購入代金に当てたのだという。


安藤隆という人間の戸籍は、父親が元自領の孤児という設定で秘密裏に用意してくれた。

東方人とのハーフにしたのは、多国籍と考えられる人間の方が辻褄が合わせやすく都合が良いからなのだそう。

そして隣国に医療魔術師として移住の手続きを取り、同時に医療魔術師配偶者斡旋制度に登録した。

国外追放されるベアトリスをどの医療魔術師に宛てがうか、それの審議中を狙っての登録だ。

嫁探しを急いでいる、出来れば同じ祖国の者がいいと言って少~し袖の下を渡せば、たちまちベアトリスを紹介された。

妾腹だと後ろ指を指されないように生きてきたアンドリューだが、ここにきて後ろ指を指されまくりのオンパレードだ。

だがそのような事はアンドリューにとってもはや些事であった。

ただ、一日でも早くベアトリスを保護したい。

アンドリューはその思いに突き動かされたのだった。


全ての話を聞き終えたベアトリスは何と声を押し出し、アンドリューを責めた。


「バカよっ……貴方は本当に大バカよっ……!私なんかのためにそんな事をしてまでして全てを失うなんてっ……」


「失ったんじゃない。キミを取り戻し、新たな人間としての人生を得たんだ」


「……っ……」


なんの迷いも悔いもなく、そして少しも言い淀むこともなくきっぱりと告げるアンドリューに対し、ベアトリスは何も言えなくなった。


二の句を告げずに黙り込むベアトリスを、アンドリューは真っ直ぐな瞳で見つめている。


しばし沈黙が続いた後、若干落ち着きを取り戻したベアトリスはアンドリューに尋ねた。


「……ずっと姿を偽ったままでいるつもりだったの……?」


「必要によっては。でもキミの心次第で、いつかは打ち明けたいとは思っていた」


それも本心なのだろう。

ベアトリスに正体を見破られ最初こそ驚きはしたものの、アンドリューの受け答えは終始平静としていた。

全てにおいて、アンドリューの言葉からは嘘や偽りは感じられない。

そう。安藤隆は、アンドリューは最初から嘘はついていない。

ただ真相を語らず現状だけを告げ、後は黙っていただけなのだ。

それも全てはベアトリスのため。彼女の心を守るためだった。


ベアトリスはじっと彼を見つめた。


「もう、元の姿には戻らないの……?変身魔術は自由自在に解けるのでしょう?」


「俺はもう安藤隆という人間なんだ。二つの国を欺いている以上、本来の姿は捨てたつもりだ」


「じゃあせめて……私と二人だけの時はアンドリューの姿に戻るのは……?」


「まぁそれなら……」


「お願い、アンドリューに合わせて……」


もう二度と会えないと思っていた彼に会いたいと、ベアトリスは懇願する。


アンドリューは小さく頷いて、自らにかけていた魔術を解術した。

顔の作りが、髪色が、肌の色や体格が変化するのを、ベアトリスは固唾を呑んで見守った。

そして瞬く間にその姿は安藤隆からアンドリューへと変容したのであった。


──あぁ……彼だ、アンドリューだ……。


ベアトリスは心の中で感嘆する。


諦めようと。

忘れなければと自分に言い聞かせ、愛しい大切な思い出と共に心の片隅に追いやったはずのアンドリューが今、目の前にいる。


「べべ……」


そしてアンドリューがその愛称を口にした瞬間に、堪えていたものが堰を切って溢れ出た。

はらはらと零れ落ちた涙が彼女の頬をしとどに濡らす。


「アンドリューっ……」


「べべ……泣くな。昔からキミが泣くとどうしていいのかわからくなる。どうしようもなく胸が痛んで、辛い」


「誰のせいで泣いているのだとっ……!バカ!バカよアンドリュー!私なんかのために人生を棒に振って台無しにしてっ!」


ベアトリスは泣きながらアンドリューを責め立てる。

本当は嬉しいのに。

全てを捨ててまでも自分を選んでくれた事が震えるほど嬉しいのに。

でもそれと同じくらい、アンドリューという人間の人生だけでなく存在さえ奪ってしまった事実が辛いのだ。


それなのにアンドリューは誇らかな表情をベアトリスに向ける。


「棒に振ってなど、台無しになどしていない。むしろ、自ら選んだこの人生に満足しているんだ」


そして尚も朗らかな声でベアトリスに告げた。


「べべを誰にも奪われずに済んだ。窮屈だった立場から解放された。自分で思っていたよりも父に愛されていたことを知った。()いこと尽くめだ」


「アンドリューっ……!」


「逆にすまないな、こんな執拗(しつこ)い男で。でも諦めて俺の側で安藤ベアトリスという人生を謳歌してくれ」


「本当にいいの?貴方の側で、貴方と一緒に生きて、本当にいいの……?」


「いいに決まってる。今さら嫌だと言われても困る。まぁそう言われない自信も多少あったから、べべに無断で強行したんだけどな」


「うっく……ひっく……」


もやは胸がいっぱいで言葉が出てこない。そんなベアトリスから嗚咽が漏れ出す。

アンドリューは優しい眼差しをベアトリスに向け、そして両手を広げた。


「もういいか?もういい加減、べべを抱きしめさせてくれ」


そう言ってアンドリューがベアトリスを抱き寄せる。

温かな腕の中に包まれて、怖いくらいの多幸感に怯えてしまう。


こんなに幸せでいいのだろうか。

隆としての彼に親愛を抱き、アンドリューとの初恋が成就する。

全て失ったと思っていたのに、大切なものは損なわれずに常に側にあったのだ。


ベアトリスはアンドリューの腕の中で、正直な胸の内を伝える。


「私を、諦めないでいてくれてありがとう……」


「うん……」


「私を、選んでくれてありがとう……!」


「うん……!」


そして二人は互いに固く抱き締め合う。

もう二度と離れまいと。もう何が起きても決して離さないと誓い合うように。

強く、強く抱き締め合い、ふたりは唇を重ねた。

かつてないほど間近にあるアンドリューの瞳を見てベアトリスは思う。


(隆の瞳や笑顔にいつも既視感を感じていたのは当然だったのね……安藤隆になったとしても、アンドリューの瞳は変わらないわ)


窓の外はいつしか初雪が降りはじめていた。


しんしんと降り積もる雪の夜に、二人は本当の夫婦となったのであった。




そうしてその後も二人は流しの医療魔術師夫婦として各地を点々とする生活を続けた。


ベアトリスの夫を呼ぶ声が「(りゅう)」から「(リュー)」となったのは、他人にはわからないささやかな変化だ。


夫婦二人の旅暮らしはとても楽しく、ベアトリスもアンドリューも本当に幸せだった。


やがてその気ままな旅暮しに終止符を打つ時が訪れる。

そして定住を決めた小さな農村でアンドリューは診療所を構えた。

村人たちは東方人の混血だという気の良い医師と、小さな命をその身に宿した彼の妻を歓迎したのであった。



以来数十年。

ベアトリスとアンドリューはその地で三人の子どもを育てあげ、年老いて尚もいつまでも仲睦まじく暮らしたという。






✽.。.:*・゜ ✽.。.:*・゜ ✽.。.:*・゜ ✽.。.:お終い






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