婚約破棄されましたが、あなたが自分の力だけで夢の果実を栽培できるか見ものですね
「メイラ・リモーネ! お前との婚約を破棄する!」
こうなることは分かっていました。ジルドー様。
あなたが私との婚約を破棄なさるということはね。
あなたが他の女性とお付き合いしてることは知ってるし、私のことなんか愛していないことは分かっていた。
じゃあ、なぜあなたは私と婚約したのか。
全ては私の領地で栽培している『ポルム』のためでしょうね。
ポルムは、近年私が既存の柑橘類の品種改良に成功して、新しく生まれた植物のこと。
苗を植えると一ヶ月ほどで実がなる。
その実は明るい橙色で、皮は薄くそのままかじることができる。味は上品な甘さで、栄養もとっても豊富。ポルム食べれば医者いらず、なんて言葉も生まれた。
加工もしやすく、どんな料理にも合うし、ジュースにして飲んでも美味しい。
まさに夢の果実といっていい。
当然、ポルムの栽培や収穫、出荷は身内だけで行われる。
ポルムの事業は私たちの生命線だし、それを大っぴらにやるメリットはないものね。
たまに来る見学客にもポルム栽培の中核となる部分は見せず、ポルムを試食してもらって帰ってもらう。
ポルムの果実には種がないから、実を持ち帰ったところでポルム栽培を再現することはできないしね。
なんでポルムの実に種がないかというと単為結果という性質を持ってるから。
単為結果とは受精を伴わず実をつけることで、これでできた実には種ができることはない。
だからそのままでも美味しく食べられるってわけ。
料理に使う時もわざわざ種をほじくり出さなくていい。
ジルドー様はこのポルムの秘密を知りたいから、私の身内――すなわち婚約者になった。
『ポルムなんてどうでもいい。私は君に惚れたんだ』
――なんて言ってたのにね。
つい先日、厳重に保管されてるポルムの苗が大量に盗まれているのが分かった。
未だに犯人は分からないけど、どうせあなたが糸を引いてるんでしょ。
苗さえ盗んでしまえば、自分でもポルム栽培はできるわけだから。私はもう用済みってわけ。
「聞いているのか、メイラ!」
はいはい、聞いてますよ。
この後あなたがやることは分かってる。
植物栽培だけが取り柄の子爵令嬢とはとっとと別れて、今付き合ってる新しい子とくっついて、ポルム栽培に着手するんでしょう?
その後も私にやれ貴族令嬢としての品格に欠けるだの、細かい粗をつついてあれこれ婚約破棄の理由を説明してきたけど、全部聞き流した。
「……これで婚約破棄は成立だ。いいな!」
「分かりました」
この瞬間、ジルドー様が笑うのが見えた。
それはそれは嬉しいでしょうね。自分の計画がなにもかも上手くいってるんだから。
私もこの婚約破棄に抗議などしない。
だってこの後どうなるかはだいたい予想がついちゃうから。抗議するまでもないの。
***
婚約破棄されたけど、私のやることは変わらない。
私は畑で協力者のリエスとともにポルム栽培に取り組んでいた。
リエスは私と同じ年頃の爽やかな青年だ。
「婚約を破棄されたの? 酷いなぁ……」
ついこぼしちゃった私の話に同情してくれる。
「別にいいの。こうなることは最初から分かってたし」
「……」
「あの人と一緒にいても自分の自慢話ばかりでつまらなかったし、こうしてリエスと畑仕事してる方が楽しいわ」
「ありがとう、メイラ」
リエスの頬はほのかに赤くなっていた。
「午前中の作業もあと少しで終わるし、そうしたらお昼にしましょうか?」
「今日のお昼ご飯はなんだい?」
「色んな具を入れた特大のおにぎり! いっぱい食べてね!」
「うん!」
畑仕事で一汗かいた後、リエスと食べるおにぎりは美味しかった。
婚約破棄されて本当によかったと思っている。
だって、私が本当に好きな人は――
***
あれから時は流れ、ジルドー様が大きな投資をしたと風の便りで聞いた。
もちろん、本格的にポルム栽培に乗り出すためだろう。
広大な土地を買い、多くの人を雇って、ポルムを大量生産して、大儲けするつもりでしょうね。
私財じゃ足りないから、いわゆる闇の金貸しにも話を持ちかけて、資金を得たと聞いた。
でも、大丈夫なのかしらね。
ポルムの栽培は実はとても難しい。
なにしろ果実が美味なだけあって虫には食われやすく、暑さにも寒さにも弱く、根も簡単に腐ってしまい、当然枯れやすい。
栽培には長らく植物の研究に没頭したリモーネ家のような知識の蓄積が絶対に必要なの。勉強が嫌いそうなジルドー様にそんなものあるかしらね。
しかも、私には心強い味方がいる。
私の協力者リエス・ヒューレーは、“森の人”とも言われる一族の青年だ。
彼らは植物の声を聞ける不思議な力を持ち、私は森で植物採集をしている最中、リエスと出会い、「一緒に夢の果実を作ろう」と意気投合した。
あまり知られてはいないけど、“森の人”ヒューレー家は辺境伯ならぬ森林伯とも言われ、王家からの扱いは侯爵相当。
つまり、伯爵家であるジルドー様より格上だったりする。
まあ、そんなことはオマケみたいなもので、私もリエスもどうでもいいと思ってるけど。
何かと手間のかかるポルムの声を聞けるリエスがいるから、私もポルム栽培に乗り出せたの。彼がいなきゃ、収穫量は今の半分以下になるでしょうね。
だけど何より必要なものは植物への愛情。
私は緑が、植物が、そして自分で生み出したポルムが好きだから、どんなに手間がかかってもポルム栽培を続けていける。
苦労の末、果実が無事実り、それを収穫する時のあの喜びはとても口では言い表せないくらい。
ジルドー様にとてもそんなものがあるとは思えない。
だけど、もうどうでもいいこと。今の私にはリエスがいるんだから。
収穫を終えたある日、リエスが私にこう言った。
「メイラ、君とポルムを作っていると本当に楽しいよ」
「ふふっ、ありがと。リエス」
「だけど僕は、本当は君といることが楽しいのかもしれない」
「……! リエス……」
いつもは穏やかで植物のようなリエスの表情が、とても凛々しく見えた。
「メイラ、結婚しよう」
私はもちろんこう答える。
「……はい」
私たちは晴れて結婚。
リモーネ家とヒューレー家の繋がりは絶対的なものとなり、ポルムはさらに品種改良が重ねられ、今まで以上の大量栽培が可能になった。
私たちの行く末は、このポルムの橙色のように明るい。
――しばらくして、こんなニュースが流れた。
王国郊外の大きな川に、かつての婚約者が朽ち果てた倒木と見紛う姿で浮かんでいた、と。
闇の金貸しに頼り、賭けに出て、それをしくじってしまった者の末路。
同情はしないけど、哀れには思う。
私はせめてもの慰めとして、ポルムの実を一つ、その川に流すことに決めた。
おわり