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〈風向きが我が人生の色變へるしやぼん玉など吹いてみやうか 平手みき〉



【ⅰ】


 カンテラ事務所を訪れた者の中で、一番禍々しい記憶を殘したのは、間司霧子であらう。

 その霧子が、東京に帰つて來た。髙圓寺に住んでゐる、と云ふ。住民票の台帳を、テオが(例によりハッキングして)調べたところに依ると、である。

「よもや」と思はれたが、霧子は事務所を訪ねて來た。


 じろさん「いかんなあ、『女難』の件は本当だつたんだよ。前々回芳淳ちやんで、前回悦美、そして霧子ときた」カンテラ「...霧子とは顔を合はせたくないなあ、余りにも『喰ひ合はせ』が惡い」じろ「俺が適当にあしらつて置こうか?」カン「お言葉に甘へるよ。俺は外殻に逃げ込むから」


「間司さん、まあ息災で何より」「カンテラ様は... やはりお見えにならないのですね?」「私が代理では、不服かな?」「いえ... いゝんです。カンテラ様には、一度斬られたと思つて、此井様がお話頂けるのであれば、倖せと申さねば、なりません」「そのお心掛けが、殊勝かと思ふ」



【ⅱ】


 じろさん「で、用件は? 思ひ出話をしに參られたのでは、あるまい」霧「あゝ、さうさう。わたしまた、【魔】を飼つてゐるんですよ」じろさんこゝで、椅子からずり落ちた。「な、なんと」「髙圓寺はロックの町。それに因んだ【魔】を、ね」

 中野區の野方から大和町を経由して、髙圓寺。こゝいらは、風呂なしぼろアパが立ち並び、精進するロッカー達が日本各地より集まつた、ものだ。それも昔の話。地上げの魔の手はこゝら邊にも及び、ぼろアパは取り壊され、軒並み小綺麗なワンルーム・マンションへと建て替はつた。それでも髙圓寺にはライヴハウスが數軒あり、ロックのメッカとしての威容は保つてゐた。

 じろさん(はて、ロックの町に因んだ?)その心を見透かすが如く、霧子は云つた。その【魔】、大和町の邊りでバスキングをしてゐる、ロック(あん)ちやんの見掛けを装つてゐる、と。

 じろさん、耳栓を忘れぬやうに、との霧子の言葉を胸に、現場へ向かふ事にした。



【ⅲ】


 バスカーを装つている? もしや、聴衆の心を骨拔きにし連れ去る、「ハーメルン型」の妖魔、なのでは? かう每度每度、【魔】を目撃してゐるのでは、見ずしても何者か、分かつてしまふ。

 じろさんは耳栓をした。俺まで誘惑されたのでは、誰もカタを付ける者がゐなくなつてしまふ。

 じろさんの思つた通り、聴衆は彼の演奏を聴いてゐる時、「逢魔」の瞬間の顔つきである。「これは、異世界へ連れ去られるな」-實際、彼らは【魔】の歌が已むと、彼に(夢遊病患者のやうに)付いて行つた。まだしも、それ程の人數でなかつたのは、幸ひだつた。


 バッテリー内藏のアンプを置いて、エレキギターでの自唱伴奏である。歌は殆ど聴こえないくらゐの大音量。これで近隣からよく抗議の聲が上がらぬなあ、とじろさんが見回すと、だうやら近所の家々では、窓を閉め切り、防御態勢が整つてゐる、やうだ。皆、知つてゐて、何処へともなく連れ去られる被害者たちの身の上など、だうでもいゝとは。都會の暗部である。

 バスカー【魔】、と假に呼ぶが、は、さう若く見せてはゐない、中年ロッカーの、何処か草臥れたご面相をしてゐた。霧子はこの【魔】と、だう云ふ生活を送つてゐるのか、ふとそんな疑問が、じろさんの頭を掠めた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈ぶらんこや靴を飛ばせば行き()なし 涙次〉



【ⅳ】


 霧「だうでした?」じろ「だうもかうもない。被害者を何処に隠してゐる? あんたも黙認してゐるのでは、同罪だぞ」カンテラは相も變はらず、外殻(=カンテラ)の中。

 霧「さあ、何処へでしやう? わたしも同罪、なら、今度こそ斬つて貰へる...」じろ「カンさんなら、あんたとでは『喰ひ合はせ』が惡過ぎると、引つ込んでゐる。私で良ければ、いつでもあんたと、その【魔】を叩くがね」霧「此井先生でも、構はないわ」じ「...」


 次のバスカー【魔】のパフォーマンスに、じろさんは招かれた。誰に、つて霧子、その人にである。

 バスカーは、一通り演奏を終へた。今度は、被害者ゼロ。聴衆は一人もゐなかつた。かうなると、哀れなものである。一抹の淋しさが漂ふ中、【魔】が口を開いた。「此井さん、カンテラの代參かい?」耳栓を取つたじろさん、「あゝさうだ。惡いがあんたには死んで貰ふ」じろさんは珍しく双の拳にものを云はせた。投げ技、関節技を使はなかつたのは、またギターをじゃーんとやられたのでは、勝ち目がないからであり、焦つてはゐた譯。


 と、バスカー【魔】の首が、ぽーんと飛び、ころころ道に轉がつた。彼は、と或る有名ロッカーの、ボブルヘッド・ドールが、古び變じた、妖魔だつた。



【ⅴ】


 霧「さ、わたしも」首を差し延べる霧子。だが、じろさんはすげなく、「カンテラには、あんたには何処までも生きて慾しい、と云ひつかつてゐる。殘念だが、自滅願望の手には乘らない」「さう... わたし、自分では、幾ら自傷しやうと、死ねないのですわ」「神の定めた命數に、従ふんだな」

 拐帯された人びとが、帰つてきた。しかし、依頼料を払つたのは、またしても霧子、だつた。



【ⅵ】 


 あゝじろさん。今回スピンオフ作品の形式を採つてもよかつたのだが(『退魔傳じろさん!!』笑)、それでは余りにも輕薄すぎる、と思ひ直して、カンテラの物語の、一、とした。


 次回は日々木斎子と、例の死に切れぬ【魔】、田螺谷とが織り成すストーリイ。お樂しみに。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈しやぼん玉吹く迄口の重き哉 涙次〉



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