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4 出発

 アウグスト・ルーデン侯爵は混乱していた。

 王家から息子メルヴィンの婚約を解消する旨の知らせが来た時、理由が「ルシィ姫の遊学のため」と書かれていた。先刻までは「王家は我が家と我が息子を愚弄する気か!」と激怒していたが、サシャの名前を出された今は嫌な予感しかしない。


 メルヴィンが子供時代の五歳の年の差はとても大きかった。

 ルシィは常にメルヴィンの面倒を見る側だったし、メルヴィンは姉を慕うようにルシィに甘えていた。

 しかしサシャは同い年というだけでなく親同士が親しく交流していたから、真の幼なじみだ。

 

(サシャとメルヴィンの間に男女の情が生まれていたのだろうか。だとしたら大変な失態を犯したのは我が息子と自分だ。監督不行き届きと言われたら返す言葉もない。しかし……メルヴィンとサシャの近くには常に使用人がいたはずだ。まさか二人だけで会っていたのか?)

 

 アウグスト・ルーデン侯爵が赤くなったり青くなったりしているが、それを見ている女王アデラは冷静だ。


「親の欲目を承知で言うが、ルシィは思いやりのある娘です。先日まで婚儀のドレスを嬉しそうな顔で眺めていたのに、突然婚約を解消してほしいと言ってきた。何かがあったのだろうね。アウグスト、本当に思い当たることはないか?」


 アウグストが混乱して口を閉じたままでいると、長女クラリスが入ってきた。アデラは驚いた顔もせずに声をかけた。


「クラリス、大切な話をしている最中ですよ?」

「お母様、いえ、陛下。私はルシィの名誉のために、どうしてもお伝えしたいことがございます」


 ルシィより七歳年上のクラリスは、姉であると同時に母のような気持ちでルシィを可愛がってきた。それだけにメルヴィンのやったことが許せない。ルシィには止められたが、(今ここで言わねばいつ言うのよ)と怒りに震えている。


「何かしら?」

「ルシィには止められましたが、申し上げます。メルヴィンは駆け落ちを提案したサシャを抱きしめて『僕にはどうしようもない。家族が罰を受ける』と言ったそうです。それを見たルシィは二人を一切とがめないだけでなく、メルヴィンが罰を受けずに済むように自分の心変わりだと言ったのです」


 メルヴィンの父アウグストの手が細かく震え始めた。

 王女と婚約している身で他の女性とそんな関係になっていたら、どんな罰を受けても文句は言えない。アウグストの顔色は青いのを通り越して紙のように白くなっていく。

 アウグストはいきなり床に両膝と両手をついた。


「陛下! メルヴィンを即刻廃嫡いたします! 我が家と縁を切らせ、二度と関わらせません! ですのでどうか、どうかお許しを!」


 女王と王配は互いに顔を見合わせ、同時にうなずいた。女王の威厳ある声が室内に響いた。

 

「お前が頭を下げるべきは私ではなくルシィだ。だが、あの子はそれを望むまい。自分の気持ちが変わったと言い張るルシィの思いやりを無碍むげにしたくない。だが、この先メルヴィンとサシャは公式の場に出ることを禁ずる。私が二人の顔を見たくない」


 それは名実共に二人の貴族人生の終わりを意味するが、家族と家の将来はどうにか救われる。

 

「陛下のご厚情に感謝いたします!」

「もうよい。下がれ」

「はっ」


 アウグストがうなだれて退室し、人払いされた部屋は女王アデラ、王配ジョフロウ、長女クラリスの三人になった。


「お母様、ルシィの行き先は決まっているのでしょうか」

「ヒックス王国に行かせることにしたわ」

「ヒックスに? では、ルシィは我が家で預かります」

「そうしておくれ。ヒックス王国でそれなりの相手を見つけられるといいのだが。あの子には傷ついた分、幸せになってほしいのよ。この件は……あまりに早く婚約を決めてしまった私たちにも責任があるかもしれないわ」


 ここまで黙っていたジョフロウが力なくつぶやいた。


「ルシィには政治とは関係なく、思い思われる相手と結婚させたいと思っていた。国外に出さず、私たちの近くで幸せに過ごしてほしいと思っていた……」

「お父様、私は政治的な配慮でヒックス王国に嫁ぎましたが、思い思われる幸せな人生を送っておりますわよ?」

「そうだなあ。国のために嫁がせたお前とヘレンは、夫と相思相愛になれた。そうなってほしいと願ったルシィは相手と心が通わない。人の心は思い通りにならんものだよ。クラリス、ルシィは泣いていたのか?」


 クラリスは悲し気に首を振る。


「ルシィはこんな時でも微笑んでいて……私、痛々しくて見ていられませんでした」

「そうか……」

「私があちらで責任を持ってルシィを見守ります。ご安心ください」

 


 晩餐会のあとでルシィがアデラに呼び出された。

 

「遊学先は、ヒックス王国に決まりました。滞在先はクラリスの家です」

「承知いたしました」

「ルシィ、情け深いお前のことです。本当はメルヴィンと何かあったのでしょう?」


 少しの間視線を下に向けていたルシィが顔を上げ、笑顔で「いいえ」と否定した。アデラは娘がメルヴィンをかばおうとしていることに胸が痛んだ。


「お母様、私はどうしてもメルヴィンを弟のように思えてしまうのです。婚約解消は私のわがままです。申し訳ありません」

「そう……。お前の口から本当のことを聞きたかったわね。クラリスから事情を聞いたのよ。メルヴィンは廃嫡され平民に落とされても文句は言えないことをしたわ」

「おやめください! クラリスお姉さまったら! そんなことをされたくないから言わなかったのに!」

「クラリスは貴族たちの前で公表しなかった。あれでも我慢していたのよ。あなたの優しさに免じて、メルヴィンの身分は剝奪しないから安心しなさい。それと……」


 そこでチラリと隣のジョフロウを見る。


「ヒックス王国を提案してくれたのはステグナン中尉です。彼はヒックス王国で唯一の走竜乗りなの。ヒックス王国に行って、走竜の扱いを教えてやるといいわ」

「あの方がシエラの乗り手でしたか。わかりました。お母様、私が抜けても公務の手は足りますか?」

「こんな状況でお前が公務の心配しなくてもいいのよ。モーリスも第一王子として公務を任せられる年齢だもの、何とかなります」


 ジョフロウが父親の顔になって話を引き継いだ。


「ヒックス王国でなにかあっても、泣き言を言わずに頑張るのだよ」

「はい、お父様」

「怪我や病気に気を付けなさい」

「ありがとうございます。気をつけます」

「お前の優しさがお前自身を傷つけないことを願っています。ルシィ、もしヒックス王国で傷つくことがあっても、引き下がってはなりません。我がレーイン王国の王女として誇り高く行動しなさい」

「はい、お母様」

 

 翌日、ルシィは走竜ウーに乗って国を出た。

 クラリスは馬車での移動だが、ルシィは自らウーに乗って移動することを希望した。

 出発前、ルシィは護衛を務めるヒックスの軍人たちに「手間をかけますね」と笑顔で声をかけ、軍人たちを恐縮させた。責任者のフィリップにも「よろしくお願いします」と笑顔で挨拶をした。


 フィリップはそんなルシィを複雑な思いで見ていた。

 

(婚約者に裏切られた上に侍女も同行しない出国。俺達にまで気を遣うことはないのに。どこまでもいい子で……生きづらそうな人だ)


 

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