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走竜国の第三王女~きまじめ王女は隣国の中尉に翻弄される~【書籍化】  作者: 守雨


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27 軍人と勝負

 飼育舎に入ってきたナタリーが、笑顔の頬をピカリと光らせて走竜を眺めている。

 ナタリーの服装はゆったりしたズボンとシャツで、化粧をしていない。「化粧品の匂いを走竜が嫌がるかと思ったので」という配慮にルシィが感心した。


「そうなの。走竜は嗅覚が敏感だから、化粧品の匂いを嫌がるわ。私は髪に香油を使ったら、走竜に会う前には洗い落とすようにしているの」

「やっぱり。そんな気がしていました」

 

 ナタリーの目に恐怖が潜んでいないことを確認して、ルシィはナタリーと一緒にシエラに近づいた。どちらかといえばシエラはウーより温厚だ。


「なんて美しいのでしょう。青空に白い星が散っているようですね。触ってもよろしいでしょうか」

「どうぞ。まずはシエラにどうぞ」


 ナタリーはためらうことなくシエラに近寄った。シエラがスッと顔を近づけたからフィリップはヒヤリとしたが、ナタリーは悲鳴を上げることもなくシエラの顔を撫でている。


「はじめまして、シエラ。なんて美しくて賢そうなのかしら。私はナタリーよ。どうぞよろしくね」

「カカカッ」


 シエラが甘え鳴きをすると、「自分も」と言うように隣にいるウーがナタリーに向かってニュッと顔を突き出した。ナタリーはウーにも怯えない。


「こんにちは、ウー。あなたも綺麗。よしよし、いい子ね」

「あなたは全然走竜を怖がらないのね」

「病で寝込んでいる時、私の親友は部屋に現れるヤモリでした。その頃からヤモリやトカゲが大好きなのです」

「ヤモリは私も好きだけど、ヤモリと走竜では大きさが桁違いでしょうに。ねえナタリー、ウーに乗ってみる?」

「よろしいのですか?」


 ナタリーの顔がパッと喜びに輝いた。


「あなたは怖がらないから大丈夫」

「ぜひ! ぜひお願いします!」


 フィリップはなにも言わずにウーに二人乗り用の鞍を取り付け、「では外に出ましょうか」と言ってシエラに乗って外に向かう。ルシィとナタリーもウーに乗って後に続いた。二頭の走竜は海まで歩き、走り、散々遊んで戻ってきた。

 ナタリーは最後まで走竜に乗ることを楽しんでいた。ルシィがコソリとフィリップに尋ねてみる。


「中尉、どう思いましたか」

「合格ですね。あれだけ走竜を怖がらないなら資格は十分です。しかし走竜乗りになるのなら軍に入ることになりますが、彼女の覚悟はそこまでじゃないような」

「彼女に聞いてみましょう」


 二人が小声で会話していると、ナタリーがウーを撫でながら声をかけてきた。


「私、これからもこちらに通ってもよろしいでしょうか」


 聞かれたルシィがどうなの? とフィリップを見ると「上官の許可を得てきますが、触れ合う程度なら問題ないと思いますよ。走竜は恐ろしい存在ではないという宣伝にもなりますし」

 

 実は尖塔地区でルシィの飛び降りを見た軍人たちの間で、「走竜はとんでもなく高い崖から乗り手を乗せて飛び降りる」「そのくらいのことが平気でできないと務まらない」という話が広まっていた。

 今はもうフィリップが「走竜乗りにならないか」と声をかけても全員が固辞する有様だった。


 一方、ルシィとフィリップの縁組の話も知れ渡った。

「そうだと思ってたよ」「フィリップがレーイン王国に行くのか?」「王女が平民になるわけがないから、そうなんだろうなあ」などと話題になっている。

 

 その件で公爵からは「私が持っている子爵をフィリップに与えよう」という提案があり、そこまでは皆も多少は想像がついていた。

 しかし軍人を含めた城の全員が驚いたのは、ルシィが大尉に「王国軍に私を入れてください」と頼んだことだ。最初にその申し入れを聞いた大尉は「はっ?」と普段なら絶対に出さないような気の抜けた声を出した。


「ルシィ姫、それは無理でございます。姫は二年間という期限付きの遊学の身。我が国の軍人にはなれません」

「この国の国籍を手に入れた上で、軍人になりたいと思っております。遊学を終えても帰国しないつもりです」


 ルシィの覚悟が本物らしいと気がついた大尉は、「しかし」と断る理由を考えた。それを察したルシィが「レーイン王国の許可を取り付けます。それなら問題ありませんね? 今朝、母に手紙を出しました。それと、体格に関する規定はないと尖塔地区に同行した軍人に確認済みです」と言いつのった。

 

(きっと許可は出ないだろうが、返事が来る間に断る材料を集めておくか。万が一他国の王女が部下になったら扱いにくすぎる)


「私が他国の王女だから使いにくいとお考えでしょうが、中尉と結婚してこの国の国民になる予定です。それに、私はナイフの腕もそれなりにあります。母国では軍の走竜隊に参加して一緒に訓練してきました。剣を手にした軍人にも、そう簡単には負けません」

「いやいや、さすがにそれは……ないのでは?」

「お疑いなら、大尉と勝負します。若手の軍人でも結構ですよ?」

「本気……ですか?」

「ええ」

 

(よし、これだ。走竜に乗れても戦闘技術がからっきしなら、それを理由に断ろう)


 大尉は「では早速お手並み拝見といたしますか」と言って、控えている事務官を見た。事務官は「手配してまいります」と言って素早く部屋を出た。


 ルシィと軍人の勝負が行われると聞いて、軍の訓練場に見物人が大勢集まった。見物人の中にはフィリップとナタリーもいる。

 朝、軍に入りたいと申し出た時、フィリップは「ルシィ様の心が望むままに」と快諾してくれた。


 ルシィは訓練場の中央に進んだ。対戦相手は既に待っている。二十代後半の体格のいい軍人だ。

 黒髪を刈り上げた相手は胸板が分厚く腕も太い。身長はルシィより頭ひとつ高いだろうか。

 大尉が近づいて来て、「本当によろしいのですか? やめるなら今ですよ」と楽しげにささやいた。


「やめません。そんなふわふわした決意ではありませんわ。私が使うナイフはどちらに? 本物を使っては、怪我をさせないよう気を遣うことになりますが」

「これでよろしいでしょうか? 対戦相手のジェレミーの剣は刃を潰してありますが、重さは本物の剣と同じです。まともに当たれば骨が砕けますので、どうぞお気をつけて」


 大尉の脇から事務官がナイフを差し出した。こちらも刃を潰してある。ナイフを手に取ったルシィが三度、四度、ナイフを振り動かした。


「よさそうです。お借りしますね」


 ルシィの相手をする若い軍人はジェレミーという名で、ジェレミーはその場で軽く数回ジャンプしてから「お手柔らかに」と不敵に笑った。ルシィも「よろしくね」と答えてジェレミーの正面に立った。

 一瞬の間合いののち、ルシィはジェレミーの左側に向かって飛び込んだ。


 ジェレミーはルシィの速さに一瞬出遅れ、加減せずに剣をぎ払ってしまった。まともに剣が当たっていれば大怪我をする勢いである。

 しかし剣を振り抜いた場所にルシィの姿はない。ルシィはジェレミーの腰を横に強く切り裂く動きをして、彼の右後ろに立っていた。

 一瞬遅れて事態を理解した見物人たちから、声にならないどよめきが生まれた。


「大尉、おわかりいただけましたか?」

「もう一度! もう一度お願いします!」


 大尉が返事をする前に、ジェレミーの声が響き渡り、ルシィが笑顔でうなずいた。


「ではもう一度」


 しかし五回まで戦った結果、四対一でルシィが勝った。ジェレミーは全力で戦ったものの、毎回ルシィのナイフに先手を取られてしまう。

 慌てた大尉が「そこまで!」と止めに入り、勝負は終わりになった。

 ルシィがフィリップのところへ行くと、フィリップはルシィの耳元で「最後は手加減しましたね?」とささやいた。ルシィもつま先立ちをしてフィリップにささやき返した。


「五回全部勝ってしまったら、ジェレミーに恨まれます」

「それはジェレミーには言わないでやってくださいよ」

「もちろんです」


 こうしてルシィの入隊はアデラ女王の返信待ちとなり、後日アデラから「ルシィの入隊及びヒックス王国の国籍取得を許可する」という返事が来た。

 ヒックスの国王は「女王の許可が出たのなら大歓迎する。軍に入るのも歓迎だ。走竜乗りになってくれるのだろう?」と承認し、ルシィはヒックス王国軍の軍人になることが決まった。


 これで「ウーの乗り手が見つからない」と言うフィリップの悩みは解決した。だが……。

 フィリップがその日の夜、シエラとウーを濡らした布で体を拭いていた。


「俺の妻になる人が隣国の王女様ってだけでも一年前の俺が腰抜かす話だが、今度は走竜乗りの軍人になったぞ。そしてナイフ使いの上級者だった。あそこまでとは俺も知らなかった。なあお前たち、もし夫婦喧嘩になったら、お前たちは俺の味方をしてくれるか?」


 フィリップの言葉を聞いていたウーとシエラは、チラリとフィリップを見ただけで返事をしなかった。

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