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走竜国の第三王女~きまじめ王女は隣国の中尉に翻弄される~【書籍化】  作者: 守雨


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22 縁談がきた

 お茶会からしばらくして、クラリスがマルグリットのその後について話題にした。


「マルグリットは辺鄙な場所にある修道院に入ったわ。陛下がお怒りだそうよ。宰相はここまで失態がなかったけれど、まさか我が子に足を引っ張られるとは思わなかったでしょうね」


 ルシィは(修道院……あの子が我慢できるのだろうか)と思う。


「人の心配をしている場合じゃないわよ。ルシィに縁談がきたわ」

「私? 遊学中なのにですか?」

「ええ。お母様から手紙が届いたの。最終的にはお母様とお父様のご判断に従うことになるけれど、今は私があなたの親代わりだから。まずはあなたの意見を聞かせてほしい」


(縁談……。ここで中尉のことを持ち出すのはまずい。よく考えて動かなくては。中尉に言わないのはまずいわよね? でも将来のことは何も言われていないのに私から縁談の話をすれば、結婚を急かすことになるでしょうね。いやいや、それは避けたい)

 

「お相手はどなたでしょうか」

「レーイン王国のカール・キンバリー侯爵よ。四十二歳で、夫人が下の子のお産の際に亡くなられて、今回は再婚になる。娘と息子がいて、娘はもう嫁いでる。息子は今十八歳。侯爵の顔は知っているでしょう? あなたのことを気に入っていたものの、メルヴィンがいたから諦めていたのですって」

「ではお母様の意向ではなくて、キンバリー侯爵からの申し入れってことですか?」

「そうなるわね」


 ルシィはカール・キンバリーがどんな人だったか、記憶を手繰たぐった。

 キンバリー侯爵家は領地運営も順調で、国をまたいだ商取引もしている。侯爵は黒髪を短く刈り上げていて、ハキハキして、声が大きな……。

 

「令息がメルヴィンと同じ年齢……。断ればメルヴィンと失敗した身で贅沢を言っていると陰口を叩かれるのでしょうね」

「だからあの時、メルヴィンが何をしたか貴族たちに広めるべきだったのよ」

「それをしたらメルヴィンの人生はもう、修復できなくなってしまいます。馬鹿だと言われるのは覚悟の上ですが、私はメルヴィンを憎んではいないのです」

「そう言う気がしていたわ。そこがあなたの歯がゆいところだし、いいところなのよね。そういうところなのかしら、いつだったかお母様がルシィは統治者の資質があると言っていたわ」


 ルシィが苦笑した。欠点だらけの自分に統治者の資質があるとはとても思えなかった。

 

「本当よ。『歴史には名を残さないだろうけれど、多くの民に善き指導者として慕われる存在になれる』とおっしゃっていたわ。で、キンバリー侯爵の件はどうするの?」

「すぐに返事をしなければなりませんか?」

「考える時間はたっぷりあるわ。ヒックス王国に来ていてよかったわね。メルヴィンのことがあったから、国にいたら断りにくい話よ。さて、ここまではあなたの母親代わりとしての意見。そしてここから先は姉としての意見です」


 クラリスがルシィを見ながら微笑んだ。

 

「キンバリー侯爵と結婚すれば、暮らしは裕福で文句ないものになるでしょう。あなたのことも気に入っているそうだし、歳の離れたあなたを可愛がってくれると思う。でも、メルヴィンと同じ年齢の息子がいるほどの年上だわ。あなたはそういうことに不器用だから、『これはこれ、それはそれ』と割り切って結婚できる?」


 王女としては受けるべき縁談だと思う。

 だが今はフィリップに心が動いたばかり。メルヴィンとの心通わぬ関係を終わらせた今は、いっそう割り切れそうもない。ルシィは「しばらく考えさせてください」とだけ言って部屋に戻り、うつむいて顔を覆った。

 

(王女としてならさっさと嫁ぐべき。でも、私は中尉を……)


 断れなかったらどうしようと、怯えてしまう。クラリスとヘレンは断ることなど許されない状況で結婚した。

 自分はどうなるだろうか。

 愛していない人に愛されて、幸せになれるのだろうか。その人を愛せるのだろうか。


 そのまま無言で考え込んだ。フィリップが悪者にならず、自分の心に正直に生きられる道を考え続けた。

 しばらくしてルシィは立ち上がり、玄関へと向かった。すぐに執事が近づいてくる。


「お出かけでございますか?」

「ええ、走竜の様子を見に行くわ」


(中尉に隠し事はしたくない。もう間違えたくない。今度こそ歩み寄って、二人で話し合って、二人で並んで歩きたい)


 好意を打ち明けられたばかりのフィリップに縁談の話をするのは、さすがにためらいがあるし、重荷になることは想像がつく。「もう結婚の話ですか?」と驚かれる気もする。

 フィリップは以前、「誰かと人生を共に生きる覚悟ができなかった」と言っていた。

 

(今も結婚する気がなかったら? ううん、それでも一人で決めて一人で動くのはやめよう。今は何も答えられないと言われるかもしれないけど、それでもいい。その時は私の判断で動こう。二年間はこの国で暮らしたい。『そういうお話がありました』ってお知らせするだけ。それだけなら大丈夫な……はず)


 城に着いて飼育舎に向かうとフィリップはおらずデニスがいた。走竜たちは眠っていて、デニスは椅子に座って走竜を眺めている。悩んでいるような、悲しそうな顔だ。最近は走竜たちもデニスを受け入れつつあり、こうしてデニスがいても眠るようになった。


「殿下、お疲れですか?」

「ルシィ姫。んー、疲れていると言うより、がっかりしているところ。走竜に乗るのはほどほどにっておばあ様に言われちゃって。やっぱり怪我が心配なんだろうね。ほら、王家は僕以外、王女だけでしょう? 僕に何かあったらと心配なんだろうね」


 ヒックスの王家はデニスが長子で二番目三番目は王女だ。

 

「陛下と王妃様はなんとおっしゃっているのですか?」

「父上も母上も、僕が走竜に乗りたいなら乗っていいっておっしゃっているけど、この先おばあさまが大反対したら父上と母上はなんて言うのかな。いや、何か言えるのかな。おばあさまは強い方だからなあ」


 ヒックスの王太后は寝込んでいることが多く、遊学の身であるルシィはまだ会ったことがない。ただ、大変に苛烈な性格とは聞いている。王妃だった時代には政治にも頻繁に口を出し、気に入らない言動をした者を片っ端から排除した、という話はレーインにも伝わっている。


「そうでしたか……。お許しいただけるといいですね」

「うん。やっとウーとシエラが僕を睨まなくなったところなのにね。走竜に乗るの、諦めたくないなぁ」


 そこでフィリップが飼育舎に入ってきた。覚悟を決めて、ルシィが声をかけた。


「中尉、私のことでお話があります」


 ルシィの表情から何かを察したらしいフィリップは、「こちらへ」と飼育員室へと誘った。ルシィはデニスに「失礼します」と声をかけてからその場を離れた。デニスは「うん」と言ったきり走竜を眺めている。

 飼育舎の奥にある部屋のドアには小さな窓があるものの、閉めてしまえばデニスに話は聞こえない。


「どうしました? 何かあったのですね?」

「母国から私に縁談がきました」


 フィリップは無言だ。ゆっくりルシィから視線を逸らして、質素なテーブルの表面を見ていて何も言わない。

 フィリップが口を開くのを待つ間、ルシィはスゥッと冷静になった。


(やはり困らせた)


「ごめんなさい。今の話は自分で決めることでした。この件は自分の判断で動きます」

「待って!」


 フィリップがルシィの手首を握って立ち上がらせない。


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