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走竜国の第三王女~きまじめ王女は隣国の中尉に翻弄される~【書籍化】  作者: 守雨


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20/30

20 マルグリットのお茶会

 公爵家に戻り、ルシィは姉から渡された招待状を前に険しい顔をしている。


「これ、出たほうがいいのでしょうか」

「遊学中の王女ならばね。茶会に出てこの国の貴族たちとつながりを作る。有益な情報があればお母様に伝える。そのくらいは王女の務めね。できれば結婚相手にふさわしい男性を見つけてほしいところだけれど、この茶会は女性だけみたい」


 ルシィが迷っているのは、招待状の差出人が、あのマルグリットだからだ。

 宰相の娘にして侯爵令嬢。フィリップに片思いしていてルシィを嫌っている令嬢。


(嫌がらせをするつもりかしら)


 公爵やクラリスの怒りを買わない程度のことはしてくるだろうと思う。

 母国にいれば嫌がらせをされることなどなかった。だが今は従者もいないまま他国にいる。


「ここで引き下がっては相手の思う壺です。参加します」

「そうしなさい。私が招待状無しで同行してもいいけれど、どうする? 女性だけの集まりと書いてあるから、中尉は参加できないわよ?」

「一人で大丈夫です」

「報告を待っているわ。あなたを侮辱することは、母国と私と公爵様を侮辱することでもある。それを忘れないで」

「はい」


(何をされても冷静に対処する)


 そう覚悟して臨んだお茶会には、見るからに高位貴族という感じの令嬢たちが十数名参加していた。フィリップは隣の部屋で待機だ。

 マルグリットは貼り付けたような笑顔で出迎えて、「ルシィ王女様、参加していただけて光栄ですわ」と言う。

 ルシィも「招待をありがとう」と笑顔で応じた。

 

 お茶会が始まり、ルシィが両隣の令嬢たちと会話をしていると、周囲の令嬢が皆こちらを見て話を聞いている。高位貴族の令嬢が他国に出ることなどないから、ルシィの話が新鮮らしい。冷たい視線もあるが、あれこれ質問も向けられる。


「レーイン王国には女性の軍人がいると聞きました。本当ですか?」

「ええ、今のところは走竜乗りだけですが、二十五人います」

「そんなに! 姫様も走竜に乗られるのでしょう? 怖くないのですか?」

「我が国の走竜は全て、孵化した時から人間が走竜の母親と一緒に世話をしているのです。だからよく懐いていて可愛いわ」

「まあ、可愛い?」


 目を丸くして驚いている令嬢に「甘えん坊で可愛いのよ」と答えた。

 ここまでは平和で楽しい茶会だった。フィリップのことも聞かれない。

 マルグリットが時折鋭い目つきで自分を見ているが、ルシィは気づかない振りを続けている。マルグリットが使用人に何かを命じているなと思った少し後、ルシィは驚いて立ち上がった。

 

 部屋に入ってきたのはメルヴィンだった。あの森でサシャといるのを見て以来だ。

 ルシィが茫然とした表情でメルヴィンに近づき、メルヴィンもルシィを見つけて悲壮な顔で歩み寄ってくる。

 会場は静まり返り、全員がルシィとメルヴィンを好奇の眼差しで見ている。


「あなたがどうしてここにいるの?」

「ガウアー侯爵令嬢が『ルシィ様が僕に会いたがっている』と教えてくださいました。ルシィ様、僕は、なんとお詫びをすればいいのか。どうかお許し……」

「メルヴィン、それ、人前で話すことじゃないわ」


 ルシィは頭の中はシンと冷えているものの、マルグリットに対しては(ここまでやるのか)と怒りが湧き上がった。

 そして周囲の人間にも聞こえない程度の小声でメルヴィンにささやいた。


「あなたは騙されたの。彼女はあなたと私を道化にするために呼び寄せたのよ」

「道化……僕はルシィ様が僕に会いたがって寂しい思いをなさっていると聞かされたのに。馬車まで用意してくださって……」

「こんな大勢の目の前でこんなことをして……なんて愚かな人だろう」


 二人から少し離れた場所で、マルグリットがご馳走を前にした猫のように目を輝かせている。

 ルシィはとびきり穏やかな声でマルグリットに声をかけた。


「マルグリット侯爵令嬢、メルヴィンを連れてくるために馬車まで用意したの?」

「はい、ルシィ様。ルシィ様は国を出されて、さぞかしお寂しいことだろうと胸を痛めておりましたの。レーイン王国の知り合いに尋ねましたら、ルシィ様の『些細な過ち』で、お二人の婚約が解消されたと聞きました。私がもう一度お二人の仲を取り持って差し上げられたらと思ったのです」


 マルグリットは『些細な過ち』と言う時、妙にはっきり発音した。


「あなた、自分が何をしたかわかっている? レーイン王国の王女たる私を侮辱するだけでなく、メルヴィンまで引っ張り出すなんて。このことをレーイン王国の女王が知ったらどんな騒ぎになるか、考えなかったの?」

「騒ぎ、ですか? ルシィ様のことはただお茶会に招待しただけですわ」

「私に恥をかかせたくて、私と重鎮の令息を見世物にしたわ。あなたがしたことは、ヒックスの国王陛下が我が国に謝罪をするような事よ。国王陛下にそんなことをさせれば、あなたもあなたの家も無事ではすまないとは思わなかったの?」

「姫様のために善意でやったことですもの、そんな大げさなことにはなりませんわ」

 

 そこまで黙っていたメルヴィンがやっと事情を理解した。

 メルヴィンはルシィとマルグリットの間に立ってマルグリットを睨んだ。


「ルシィ様は過ちなど犯していません! 過ちを犯したのは僕です。ルシィ様は僕をかばって国を出られたんです。あなたはとんでもない思い違いをしています!」

「そんなの噓でしょ? 私は違う話を聞いたもの!」

「嘘じゃありません! 僕を迎えに来た者もあなたも急かすばかりで、一度も事情を聞こうとしなかった!」

「なんですって……もう……もう……この、役立たず!」


 それを聞いたルシィがゆらりと動き、マルグリットの前に立った。


「今、なんて? マルグリット・ガウアー、お前に謝罪を求めます」


 ルシィが低い声でそう言ったとき、従者用の部屋にいるはずのフィリップが割って入った。

 会場の雰囲気が変わったことに気づいてドアを開けて話を聞いていたものの、さすがに傍観していられなくなったのだ。


「何の騒ぎかと見に来れば……。なんということをやらかしたんですか、マルグリット嬢」

「中尉、ガウアー侯爵をここへ呼んできて」

「かしこまりました」

「待って! お父様は関係ないでしょう!? 勝手なことをしないで!」

「勝手? 勝手なことをしたのはお前よ、マルグリット・ガウアー」

 

 フィリップはマルグリットが引き留めようとした手を振り払って、素早く部屋を出て行く。

 ほどなくしてガウアー侯爵が駆け込んできた。ガウアー侯爵はマルグリットと同じ赤い髪で、顔も髪に負けないほど赤くなっている。

 

「マルグリット! お前は王女殿下になんて、なんて無礼を! 殿下、マルグリットには相応の罰を与えます。どうかお許しくださいますよう、お願いいたします!」

「何が起きたか知ってもらうために呼びましたが、頭を下げるべきなのは侯爵ではありません」


 そう言ってルシィがマルグリットを見た。


「もう一度言うわ。多くの貴族の前で私とメルヴィンを侮辱したこと、今、ここで、謝罪しなさい」


 無表情にそう語るルシィに対して、マルグリットは動揺している。

 

「私が聞いた話と違ったんですもの、私のせいじゃ……」

「マルグリット! さっさと謝らんか!」

「でもお父様、私は善意で……」

「まだ言うかっ!」

 


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