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14 怪我

 指示を与えなくても二頭の走竜は猛烈な勢いで川岸を走り出した。

 ルシィもフィリップも振り落とされないよう、立ちあがって乗っている。

 

 砂州で木に向かってぐるりと並んでいるワニたちが一斉にこちらを見た。大きな走竜に用心しているのか、どのワニも川へと逃げる構えをしている。フィリップが村人たちに向かって大きな声をかけた。


「怪我人はいるか?」

「全員無事です! ああ、よかった! 助かりました!」

「安心するのはまだだ。ワニを追い払うまで、そこから落ちるなよ!」

「はいっ!」


 フィリップはルシィに「ウーから降りて岩の上に登ってください」と指示を出し、フィリップ自身はシエラから降りて二頭の走竜と共に砂州に近づいていく。普通の大きさのワニたちは一斉に川へと逃げ込んだが、砂州から離れようとしない。大ワニにいたっては砂州から動かず、大きく口を開けて威嚇している。


 走竜たちが交互に大ワニに飛び掛かった。前後から、左右から。連携した動きで毎回違う場所から挟み撃ちをしながら噛みつこうとするが、大ワニは素早く逃げ回っている。右に左に素早く身をかわしつつ、大きく口を開けて走竜たちの脚や尻尾に噛みつこうとしていた。

 ウーを威嚇していた大ワニが、振り向きざまにシエラの尻尾の付け根に噛みついた。

 

「ガアアアッ!」


 悲鳴を上げるシエラ。すかさずウーが大ワニの首に噛みついた。

 他のワニたちが水の中から走竜と大ワニの戦いをジッと見ているのが不気味で、ルシィは鳥肌が立ってしまう。

 水中にいるうちの数頭が川の中を静かに移動して、フィリップの背後に回り込んだ。フィリップは走竜たちの邪魔にならないよう下がっていて、ワニは背後から彼を襲うつもりらしい。

 

 それに気づいたルシィは岩から飛び降りた。

 「後ろ!」と叫び、近くの石を拾って次々と全力で投げた。

 石はフィリップの背後から襲おうとしているワニたちに命中して、ワニは一瞬だけ水に沈む。だがワニは何度でもジリジリと近づこうとする。

 フィリップが振り向きざま、最も近くまで近づいていたワニに剣を突き刺した。

 ワニはゴオッという声を出して川へと逃げていく。

 

 走竜と大ワニの戦いが続いていたが、先に音を上げたのは大ワニだ。

 シエラの尻尾に噛みついていた口を開けて川へ逃げようとした。だが戦闘状態のウーは、ワニの首に噛みついたまま離れない。尻尾から血を流しているシエラがそれに加わり、逃げようとする大ワニの背中に噛みついた。

 やがて……身をよじりながら激しく暴れていた大ワニの動きが弱くなってきた。


 フィリップは走竜と大ワニの戦いに巻き込まれないよう、ルシィの近くに来た。

 動きが弱まった大ワニの体を、シエラがひっくり返そうとしている。比較的柔らかい腹側を狙っている。

 首に噛みついているウーを振り払おうとして、大ワニは体を回転させた。

 回転した大ワニが腹を見せた瞬間、すかさずシエラが大ワニの喉に噛みついてとどめを刺した。

 

 ワニが動かなくなるのを待ってルシィは浅瀬を渡り、シエラに駆け寄った。


「シエラ! ああ、こんなに血を流して」

「キュウウウン」


 甘えた声を出すシエラは血だらけだ。尾の付け根の皮膚が破れ、裂けた傷が深い。

 八人の村人たちが次々と木から降りてきた。

 村人たちは、血を流しているシエラと顔を血だらけにしているウーを避けながら、フィリップのところに集まった。


「ありがとうございました。軍人様のおかげさまで助かりました!」

「いや、走竜たちのおかげだよ。君たちも見ていただろう?」

「走竜はたまに遠くから見かけたことがありましたが、いやぁ、強いんですねえ」

「陛下が欲しがったお気持ちがよくわかりました」

 

 フィリップは「無事でよかった。さあ、君たちは川岸へ」と誘導した。

 砂州から川岸へと渡った村人たちが目を向けると、尻尾の付け根から血を流すシエラ、シエラに寄り添って声をかけているルシィがいる。ルシィの白い服は走竜の血で真っ赤だ。

 ウーは興奮が冷めやらない様子で、動かなくなった大ワニを咥えては地面に叩きつけている。


「軍人様、あの女性は?」

「レーイン王国から走竜を連れてきてくださった王女様だ。俺よりよほど上手に走竜を乗りこなせるお方だよ」

「王女様!? なんとまあ、勇ましい王女様だ」


 視線に気づいたルシィが村人に声をかけた。


「すみませんが、この辺りで青甘菜は育てていませんか」

「うちの村に行けばいくらでもあります!」

「この子たちを村に連れて行っていいかしら。走竜の傷には新鮮な青甘菜のすり潰しが効くの。お願いします。青甘菜を分けてください」

「もちろんです! さあ、村に行きましょう。お好きなだけ青甘菜を使ってください。その走竜たちは俺らのために傷を負った命の恩人です。おいロビン、先に走って村に行ってこい。青甘菜をできるだけ多く集めておけ」

「はいっ!」


 ロビンと呼ばれた者が走って村へと走り去った。

 ルシィたちは怪我の痛みで動きが鈍いシエラに合わせて歩いた。その間にフィリップが村人たちから状況を聞いている。

 

 最初に帰ってこなかった川漁師が言うには、初日に予想外の大漁で網を引き揚げるのに苦労していたところ、あの大ワニがスーッと近寄ってきたと言う。


「あいつの姿を見た時、最初は流木かと思ったんです。あまりに大きくてワニの背中とは思わなかった。だけど、流れに逆らって仕掛けた網の周囲を回っているからワニだと気づいたんです。俺はもう、魚も網も諦めて舟を岸に戻そうとしました。そしたらあのワニが舟に向かって来たんですよ。舟ですか? あのワニに噛みつかれて川に沈みました」


 漁師は砂州まで必死に泳ぎ、さきほどの木に登ったそうだ。すると大ワニは木の下から離れなくなったという。

 漁師の網にかかった魚を食べるために他のワニたちが集まり、魚を食べ尽くした後で他のワニたちも砂州に上がって木の下で動かなくなった。

 そこへ村の捜索隊が来た。

 ワニたちは捜索隊の声を聞くと、いったんは水の中に姿を消した。

 漁師もワニたちは水中へ逃げたのだと思った。

「ワニがいっぱい集まっているから気をつけろ! 川に近づくな!」と叫んだときには、数頭のワニが葦の茂る中を回り込むようにして捜索隊の背後に現れた。

 驚き慌てた全員が木に登ったところで大ワニが顔を出し、続いて他のワニも再び川から姿を現した。葦の茂みから現れたワニも同じく。

 それからは全員でワニたちとの根競べになったという。


「あの大ワニは恐ろしく頭が回るヤツだった」

「他のワニは大ワニを見習っているかのようでした」


 ルシィたちが携帯してきた三個の水筒の水を回し飲みして、村人たちが「生き返る」とため息をつくように言う。

 フィリップは(水を飲まずにいれば、太陽に照らされながらあと一日木の上にいられたかどうか)と、今更ながらにゾッとした。脱水状態になって木から落ちれば、そこで終わりだったろう。


「我々の食事を食べるといい」とフィリップが勧めたが、全員恐縮して「村に帰ってから食べますので。大丈夫でございます」と遠慮して食べようとしない。村人たちはルシィが王女と聞いて、その昼食に手を付けるのは気が引けた様子。

 

 村が見えてきた。たくさんの村人が外に出て手を振っている。こちらに向かって泣きながら走ってくるのは家族だろうか。駆け寄って抱き合い、無事を喜んでいる人々の後ろから、年配の男性が現れた。男性は二頭の走竜に若干怯えながらも頭を何度も下げる。

 

「村長でございます。軍人様、村の者を助けて下さってありがとうございました。どうぞ村でお休みください」

「残念だがゆっくりはできないんだ。この村に青甘菜があれば、分けて貰いたいのだが」

「ございます。ロビンに聞いてあるだけ集めました。これをどうすれば?」

「すみません、この子たちに使いたいのです。洗って水けを拭きとってから、生のまますり潰してもらえませんか? それをこの子の傷に塗りますので」

「村長、こちらのお方はレーイン王国の王女、ルシィ様だ」


 フィリップの言葉を聞いた村長は慌てて地面に膝をつけ、頭を下げた。


「そのような気遣いはいりません。青甘菜をわけてもらうのですから、さあ、立ってください」

「村長、あの八人に水と食事をとらせてくれ。相当疲れているはずだ」

「はい、そのようにいたします。おおい!青甘菜は洗って拭いてからすり潰すそうだ! できるだけ早くしてくれ!」

 

 村長が命じて、皆が一斉に動き出した。その間も村の子供たちは血まみれの走竜を遠くから見ている。

 青甘菜のすり潰しが出来上がり、ルシィは礼を言ってそれを受け取った。

 

「クウゥゥゥン」


 シエラの深い傷口にすり潰しを塗ると、シエラが甘えた声を出した。ウーはシエラを守るかのようにそばから離れない。村人たちは滅多に見られない光景に目を奪われた。

 手当てを終えたルシィが「すぐに飼育舎に戻りたい」と言って、二人は見送られながら村を出た。

 

 シエラの歩みは遅く、フィリップは(陽のあるうちに帰れそうもないな)と思う。

 村を出るときに『村人八名全員を救出。走竜が怪我をしたので帰りが遅くなる』という城への連絡を頼んできた。村には農耕馬しかいなかったが、それでも自分たちよりは早く城に着く。

 シエラは歩いては休み、また歩き、また休むのを繰り返している。

 やがて日が暮れた。


「ルシィ様、申し訳ないのですが、今夜はテントも無しで野営になります。城から迎えが来ると思うのですが、それまでは夜道を歩くのは避けたほうが安全です」

「そうね。シエラがつらそうだから、適当な場所で休みましょう」


 こうしてルシィとフィリップは、テントもないまま夜を過ごすことになった。

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