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11 夜会で再会

 ルシィはそれまでフィリップを異性としてさほど意識していなかったが、勲章と金モールで飾られた軍服姿のフィリップは、とても見栄えがして新鮮だった。

 (今夜は華やかね)と思ったが、貴族女性たちの評価はそんなものではないことにすぐ気づいた。


 令嬢たちが自分たち二人を目で追っている。自分に対してはっきりと険しい視線を向けてくる女性もいる。母国では決して向けられない種類の視線だ。

 視線を向けてくる女性たち全員がルシィを値踏みしている。その手の視線の多さと強さに、ルシィはフィリップの人気と自分が他国にいることを実感した。


(クラリスお姉さまもヘレンお姉さまも、嫁ぎ先でこんな視線を向けられたのだろうか。十八歳になったばかりの一人も知り合いがいない状況で、どうやって乗り越えたのだろう)

 

 不安で震えそうになる。数年前までは優秀で華やかな姉二人の陰に隠れていれば済んだ。

 

(お姉さまたちがこの視線に立ち向かったのなら、私だって)

 

 ルシィのことをずっと睨みつけている令嬢がいる。海岸にいた娘だ。

 ルシィは彼女の顔を覚えているが、彼女は走竜に気を取られていたからルシィの顔を覚えているかどうか。


(他国でのあのように不躾な視線を向けられた場合、王女としてはどう対応すべきだろう)


 出発間際に母から言われた「もしヒックス王国で傷つくことがあっても、引き下がってはなりません。我がレーイン王国の王族として誇り高く行動するように」という母の言葉が耳に甦る。

 ルシィは、ツンと顎を上げてその令嬢を見つめ返した。


「二年後にはこの国を出て行くわけだし、毅然とした対応を取るわ」

「あのご令嬢はルシィ様が美しいから気に入らないのでしょう。美人は苦労しますね」

「なにを言っているの。あの令嬢の視線はおそらく、中尉が原因だわ」


 自分には刺すような視線なのに、フィリップを見るときだけは彼女の視線が甘くなるではないか。

 フィリップはそれには答えない。


 会場が静かになり、ほどなくして国王が王妃を従えて入ってきた。

 国王は波打つ茶色の髪をきっちり後ろに撫でつけ、王妃は銀色の髪を複雑かつ優雅に結い上げている。王妃の瞳は薄い水色で、冴え冴えとした美女である。王妃が少女時代に「銀の天使」と呼ばれていたことは有名だ。


 従者がルシィを呼びに来て国王夫妻の前に進むと、国王はルシィを自分の前に立たせて会場の全員に向けて声を張った。

 

「レーイン王国の第三王女、ルシィ・レーイン姫を紹介しよう。公爵家に滞在している。善き交流を皆に期待する」

 

 その後は周囲の貴族たちが皆、ルシィのところへと挨拶をしに集まってきた。ルシィは挨拶を返しながら、顔と名前を必死に覚えた。

 貴族たちに挨拶をし終わったところでフィリップが話しかけてきた。


「お疲れさまでした」

「陛下のご紹介が簡単で安堵しました」

「私が走竜乗りになったのも、『お前なら走竜を手懐てなずけられそうだ』というザックリしたご意見で決まりましたよ。そういうお方です」

「それなら陛下は見る目がおありだわ。フィリップ中尉は走竜の扱いが上手ですもの」

「おや。一度も褒めてくださらないから、私は評価されていないのだと思っていました。ちゃんと言葉で伝えていただかないと困ります、先生」


(これは絶対にからかっている)


 ルシィが半分ふざけてキッとフィリップをにらんだ。するとフィリップは大きな口を開けて笑う。

 するとまたきつい視線を感じた。見回すと、先ほどの令嬢が他の参加者の間からこちらを見ている。

 鮮やかに赤い髪、赤みを帯びた茶色の瞳の令嬢は、髪と同じ真っ赤なドレスだ。全身からメラメラと嫉妬の炎を上げているかのようだ。

 ルシィは一度ゆっくり深呼吸をした。


「さて、怒れるご令嬢のところへ行きます。あの令嬢の父親は?」

「宰相のエルンスト・ガウアー侯爵です。そしてあの子はマルグリット・ガウアー。十七歳。あの子は話が通じない種類の人間です。ルシィ様、近寄るのはやめませんか。不快な思いをするだけです」

「いいえ。行きます」

「では私から行きます。ルシィ様は挨拶するだけにしてください」


 そう言ってフィリップがツカツカとマルグリットに近寄った。


「マルグリット嬢、今朝ぶりですね」

「フィリップ様! 今朝は訓練のお邪魔をしてしまってごめんなさい」


 上目遣いの愛らしい口調でそこまで言って、マルグリットがルシィを見た。マルグリットは一応の礼儀としてルシィに淑女のお辞儀をしたものの、視線が明らかに挑戦的だ。


 フィリップがルシィを紹介した。

(侯爵家のご令嬢にしてはマナーがなっていないのね)と思いながらルシィが声をかけた。


「ルシィ・レーインです。今朝は走竜たちが失礼しました」

「まあ、ではあの時走竜に乗っていらしたのは……」

「私です」

「王女殿下は、あんな野蛮なものに乗っていらっしゃるのですね。恐ろしくないのですか?」


 幼い感じにきょとんとした顔で言っているが、言葉に明確な悪意が潜んでいる。

 ルシィのことを睨むだけでも相当に失礼な態度だが、レーイン王国の宝である走竜のことを馬鹿にした言い方に毒があり過ぎた。ルシィは胸を張り顎を上げ、わざと低い声を出した。


「今、『あんな野蛮なもの』と言った?」

 

 豹変したルシィの様子に、マルグリットがわずかに身を引いた。


「獰猛な動物、という意味です」

「答えなさい、マルグリット侯爵令嬢。我が国で育てた大切な走竜を『あんな野蛮なもの』と馬鹿にしたのかと聞いているのです。国王陛下は走竜を評価して買い入れてくださったのだと思っていましたが?」


 一瞬で周囲のざわめきが消えた。「おや、どうした?」と気づいた夜会の参加者たちがおしゃべりをやめて聞き耳を立てている。静寂の輪は、水面に広がる波紋のように広がっていく。


(この子はこんなふうに人前で怖い声を出されたことなどないのでしょうね。誰も注意しないのなら、私が憎まれ役を引き受ける。走竜を馬鹿にするのは許さない)


「馬鹿にしたわけではありませんわ。誤解なさっては困ります」

「あら、あなたは他国の宝を馬鹿にしていないのに、『あんな野蛮なもの』という言葉を選ぶのね。言葉の勉強が足りないのではなくて? それに……あなたは先ほどから私を睨んでいたわ。重ね重ねマナーを知らない人がいると驚いているところです」


 殊勝に視線を下げてはいるが、マルグリットの両手は強く握られている。周囲の貴族たち、特に若い女性たちが面白そうにこちらを見ている。

 (反省してはいないようだけど、このくらいにしておくべきかしらね)と引き下がろうとしたところで、姉のクラリスがやってきた。


「まあまあ、ルシィ。マルグリット嬢は社交界に参加したばかりのお嬢ちゃまだから、許してあげなさい。大好きな中尉を取られそうだから、あなたに嫉妬しているのよ」

「くっ」


 マルグリットが思わず呻き、周囲の人々がくすくすと笑った。一気にマルグリットの顔が赤くなっていく。マルグリットがフィリップを大好きなことは知られているらしい。

 ルシィは全力で目に力を入れ、(お姉さま、もう十分です。お姉さままで参戦するのはやめてください)と心で訴えた。


 それは伝わったようで、クラリスは「ルシィ、あちらにあなたの好きな果物があるわ。行きましょう。中尉、ルシィを連れて行くわよ」と言って歩き出した。

 

 チラリと振り返ると、マルグリットは懲りずにルシィを睨んでいる。

 周囲の客たちは公爵夫人の参戦を面白がっていたが、小競り合いが唐突に終わってしまい、早くも興味を失っておしゃべりを再開している。


 クラリスは果物が美しくカットされて並べられているテーブルの前に立ち、ルシィに向かって「四十五点」と言う。



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