3 魔法の薬
「じゃあ、気を付けていってくるんだよ」
海の底の魔女に見送られながら、ティナリアとルイは地上に向かって泳いでいきます。
今日は、地上のお祭りです。
ティナリアは、お祭りに行くのが楽しみで仕方がないみたいで、昨日からルイに「絶対、一緒に行ってね」と何度も念押ししていました。
「地上のお祭りって、どんな感じなのかな? 色々なお店があるよね? 楽しみだね」
「はぁ……そうだね」
ウキウキと楽しそうに話すティナリアとは対称的に、ルイの表情はすでに疲れていました。
「楽しみなのは分かるけど、はぐれないようにしてよ」
ルイは、ティナリアに念押しします。
「わかってるわ」
笑顔でルイの言葉にうなずくティナリアですが、ルイは「きっと忘れて好きに見てまわるだろうから、見失わないように、気をつけよう」と心の中で思いました。
浅瀬にたどり着いた二人は、海の底の魔女からもらった薬を取り出しました。
透明な瓶に入った、きれいなアクアブルーの薬です。
瓶の蓋を開けると、少し甘い匂いがしました。
「これを飲んだら、尾っぽが消えて、人間の足になるんだよね」
ティナリアは、瓶を太陽にかざして、わくわくした表情で薬を眺めています。
太陽の光を浴びた薬が、キラキラと輝いて見えます。
人魚を人間にする魔法の薬。
海の底の魔女だけが作れる、不思議な薬です。
「せーのっで飲もうよ」
「はいはい」
ティナリアの提案に、ルイはやれやれといった感じで頷きました。そして、ティナリアの「せーの」という掛け声で、二人は魔法の薬が入った瓶に口を付け、一気に中身を飲みほしました。
少し体の中が熱くなった気がしたあと、尾っぽの鱗が、ぽうっと輝き始めました。その輝きは少しずつ強くなり、眩しさに二人は目を閉じました。
ティナリアは、眩しさが消えた気配に、まぶたをそぅっと開けて見ました。
「わぁっ、本当に人間になってる!」
見下ろした下半身には、尾っぽではなく人間の足がありました。
足の裏に砂や石の感触がして、とても不思議な感じです。ティナリアは足踏みをして、感触を楽しみます。
「変な感じ。面白いねぇ」
ルイも足の指を動かして、砂や石の感触を確かめていましたが、はっと思いだしティナリアの手を取りました。
「ほら、早く海から出て服を着なきゃ」
そう、二人は裸でした。
地上に行くなら、人間の世界の常識を知っておかなければと、二人は海の底の魔女に色々と教えて貰っていました。
人魚は、女の人は胸を隠していますが、ほぼ裸に近い格好です。
でも、人間は裸で外に出ません。
裸で浅瀬ではしゃいでいる姿を人間に見られたら、変な人だと思われてしまうかもしれません。
「あっ、そうだね」
ティナリアも思い出しました。
二人は海から上がり、ちょうど近くに大きな岩があったので、影に隠れて用意していた服をカバンから取り出しました。
海の中には、人間が使っていたものが流れ着くことがあります。
いつか地上に行きたいと思っていたティナリアは、流れ着いた服や布を集めていました。その布で、ティナリアのお母さんに二人の服を作って貰っていたのです。
「ねぇ、そういえばさ、人魚になる薬を飲んだら、声が出なくなるんじゃなかったの?」
服に袖を通しながら、ティナリアは疑問に思ったことをルイに尋ねました。
そうです。人間になったのに、二人は声を失うことなく、今まで通り声が出せているのです。
「おばあちゃんの話、聞いてなかった? 色々と改良して、声も出せるようにできたって」
ルイのお婆さん、海の底の魔女はとてもすごい人魚なのです。
「そうなんだ! おばあちゃん、ありがとう! でも、声が出せるなら人間の文字を覚えなくても良かったのかな」
「……まあ、そうだね」
そもそも人間の文字を覚えなければ、お祭りの事が書かれた紙を見ても、そこに何が書かれているか分からなかったでしょう。ルイとしては、面倒に巻き込まれる回数が減っていたはずですが、そこは黙っていることにしました。




