15 理由
「ちょ、ちょっと待って、ローズマリーさん」
我に返ったルイがローズマリーに立ち止まるように声をかけますが、足を止める様子はありません。
腕を引っ張られていますが、女の子の力なのでルイが力を入れれば振りほどく事は簡単でしょう。しかし、人間の女の子相手に、どれくらい力を出せば良いのか加減が分からないので、ルイは引っ張られるままローズマリーについて行きます。
長い廊下を抜けて、中庭に出たところで、やっとローズマリーは足を止め、引っ張っていたルイの腕を離してくれました。
「ごめんなさい、ルイさん。勝手に連れ出してしまって……」
ローズマリーは、丁寧に頭を下げます。さっきまでヒューリックに対して怒っていた顔は、今は落ち着いたように穏やかになっていました。
「いえ、確かにびっくりしましたけど……そんなに舞踏会に参加したかったのですか?」
ローズマリーが溺れたというのは事実なのです。確かにヒューリックの言い方はトゲがあって、ローズマリーを拒絶しているように聞こえました。でも、ローズマリーが部屋に入って来る前のヒューリックの様子を見る限り、彼女のことを心配しているのは分かりました。
「だって、約束だったんですもの……」
小さな声でローズマリーが呟きます。
「約束ですか?」
「ええ。ずーと昔にヒューリックさまとした約束です。でも、あの様子じゃ、ヒューリックさまは、忘れてしまっているみたいですわね」
悲しそうにローズマリーは項垂れます。
ローズマリーの様子を見て、ルイは少し考えてから口を開きます。
「……良かったら、話を聞かせてもらっても良いですか?」
部外者のルイが関わることではないと思っていましたが、すでに巻き込まれてしまいました。このまま訳も分からずにローズマリーと舞踏会に参加するのは良くないと思ったのです。
「話を聞いてくださるの?」
中庭のベンチに並んで座ると、ローズマリーはポツポツと話し始めました。
「わたしとヒューリックさまが初めて会ったのは、婚約が決まったときでしたの。わたし、一目でヒューリックさまの事を好きになって、婚約者になれたことがとても嬉しかったですわ」
二人の婚約は親同士の決めた、政略的な婚約だということでしたが、ローズマリーにとっては、好きになった男の子との婚約です。とても嬉しかったに違いありません。
「ヒューリックさまは、とても優しくてかっこよくて、優秀な王子さまですわ。でもお茶目なところもあって、小さな頃は一緒にお忍びで町に遊びに行ったり、海や森を散策したりしていましたのよ」
今は顔を合わせれば難しい顔で、怒ってばかりですけど、とローズマリーは寂しそうに呟いています。
「小さな頃に、町人に変装してお祭りに遊びに行ったことがありますの。その時に、『ローズが成人して初めての舞踏会では、私にエスコートさせてね。もちろんダンスも』と約束してくださったのですわ」
この国では、女の子は成人するまでは、婚約者がいても親や兄弟がエスコートをするそうです。そして、今夜が、ローズマリーが成人して初めての舞踏会でした。ローズマリーは、ヒューリックにエスコートしてもらう日をとても楽しみにしていたのです。
「でも、あの様子では、小さな頃の約束なんてヒューリックさまは覚えていないみたいでしたわね……きっと私のことは、親の決めた婚約者としてしか見ていないのですわ。それで腹が立って、つい近くにいたルイさんにエスコートして貰うって言ってしまいましたの」
ローズマリーの目には涙が溜まっています。
ルイは考えます。
(僕にはヒューリックさまはローズマリーさんのことを気にかけているように見えたんだけどな。確かにローズマリーさんに対する言葉とか態度はツンツンしてたけど、なんか言いながら後悔してるようにも見えたし……そういえば、何で海に近づいたのか気にしていたな)
ルイの目には、ヒューリックがローズマリーに冷たい態度を取りながら、その事を後悔しているように見えたのです。
そして、ローズマリーが部屋に来る前にヒューリックに尋ねられたことを思い出しました。
「そういえば、どうしてローズマリーさんは海で溺れたのですか?」
「ちょっと落とし物をしてしまって……それを探しているうちに波に拐われてしまったのですわ」
ルイはローズマリーの言葉に「そうでしたか」と考えるように頷きます。
「話を聞いてくださって、ありがとう。ちょっとスッキリしましたわ」
ローズマリーの表情は、話をしたことで心のモヤモヤが少し取れたみたいで、さっきよりも明るくなっていました。
ローズマリーは、怖い海に近づいてでも探したい落とし物があったということです。それはヒューリックと関わるなにかではないかと、ルイは思いました。




