2. 離れる時
シキと名付けられた赤子は、狼の乳でも問題なく4頭の兄弟らと同様にすくすく育ったが、人の子と狼の子とでは成長の速度が全く違う。
狼の子は生まれてからひと月ほどで乳以外のものを食べ始め、群れのものたちに面倒を見てもらい、大人や兄弟とじゃれつき遊びを通し狩りや社会性を身につけていく。
それに比べて人の子は、早くても約半年ほどから歯が生え始め、柔らかいものを食べ始めるが、狼の子らはとっくに群れに合流している頃である。
ナディアは他の兄弟たちが離乳した後もシキに乳をやり続けた。
本来より長く乳を与えているナディアはどんどん弱っていたが、出なくなるまでやると言って聞かなかった。
それが我が子が宿っているとはいえ、シキを丸ごとすべて群れに受け入れたナディアの愛情だった。
乳汁というのは原料は血液なので、血を作るために体中の栄養が持っていかれるのだ。
食べたものもどんどん乳に変えていくので、ナディアは痩せ細り美しかった闇夜の毛並みも失われていった。
ナディアに頼んだケィヨスも見かねて、生後5ヶ月ほど経つと早いが離乳食を始めようと、シキを引き取った。
シキに乳をあげなくなってから少し体調は戻ったが、弱った体力はなかなか元には戻らなかった。
ガカリは懸命にナディアに狩った肉を持って行った。
体調は一進一退だった。
そうしてシキ達が2歳になって少し、乳兄弟であったガガル、ダレル、ナガン、ダリオンが群れを離れる時が来た。
番となる伴侶を探し出す年齢になっていた。
ガガルだけが森に残り、ガカリが務めていた森の生き物達を見守る仕事を任される。代替わりだ。
前年にはガガル達より前の代の子どもは群れを出ていたので、最後の子ども達が群れを離れる日、ナディアはガカリと森に還る。
それがナディアの限界であった。