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1. 降誕





森をただよう下級精霊が騒がしくなったのはもう日暮れ間近といった時だった。精霊たちの気配を探ってみると森の端ガレンシアへと繋がる街道の方が特に騒がしい。


「何か迷い込んだか」


それにしては、精霊たちの様子は敵意はないようだ。

近くまで転移するとわらわら大小さまざまな光の玉のような精霊たちが早くどうにかしろと自分へ近寄って来る。

急かされるまま下級精霊たちについていくと精霊たちが寄り集まって、周りよりずいぶん明るい空間がある。一際明るいところを覗くと茂みの隅になにか小さな包みがあった。


精霊たちがくっついている包みを解くと中にはへその緒すらまだ取れておらず、布で包まれただけの産まれたばかりの人の子がいた。今にも命の灯火が消えかかっているのを精霊たちが命を賭してエネルギーを注いでいる。ひとつ、またひとつと、精霊たちの光が溶けてゆく。


「仕方がない子らだね」


人差し指を赤子の腹にあてるとゆっくり生命力を流していく。真っ青だった顔に徐々に正気が戻っていき、頬に赤みが出てきた。


子をそっと抱き上げ森の奥に歩き出す。左腕で子を抱え、右手をすっと草木にかざすと空で糸をより、布を織り、服を形どって行く。出来た服を赤子に着せる間も光の玉のような精霊たちが赤子の周りにくっついている。


エネルギーを与える事はできても人の子として生きるならば、栄養が必要である。


「ケィヨス、森が、」


「ガカリ、丁度良いところに来た。昨日今日、子を産んだ者はおるか。いなければ乳をあげてる者なら良い」


同じく森の異変に気付いたらしい頭が灰色の狼の人型の男が、精霊が大量にくっついた赤子を抱き長い薄黄緑の髪を精霊に遊ばれた性別の判別がつきづらい美丈夫をケィヨスと呼ぶ。


「それならナディアが出産に入っている。まだ何頭か産まれそうだ。そんな時に森が騒がしいから気になってな」


「ほう。巡り合わせよな。連れて行け」


「それはいいが、それはなんなんだ」


ケィヨスが歩き始めると、それに案内するようについて行きながら、先程から疑問に思っていたことを聞く。


「我の子よ」


「そういうことか。だめだ。ナディアは私の子の世話で忙しくなるのだぞ!」


「それはナディアに聞くでな」


ケィヨスはガカリの忠告も無視して悠然と赤子を見ている。自分の行いをこうと決めたら止まる事がないのは知っているガカリは、ナディアがケィヨスの頼みを断るとも思えないのでため息をつき諦める。


そうこう話しているとナディアの群れの巣についた。崖に開いた洞窟にいるようだ。周りにいる群れの者たちに挨拶をして出産の経過を聞こうとしたところで、濃い灰色の狼が近づいてくる。


「お父さま。ケィヨスさまもいらっしゃいましたか。既に5頭全て産まれました。ただ最後に産まれた子は森へ還るようです。挨拶は済んでいます」


「そうか。ナディアたちには会えるか」


「ええ。労いを」


「ああ」


群れの面々の間を通り、洞窟の最奥へ行くと闇に紛れ込む毛並みの黒い、そして一際大きな体躯をした狼が横になり今し方産まれたばかりの子狼に乳をやっている。来ることがわかっていたように金色の瞳がきらりとこちらを見ている。


「ケィヨス様! こんなところへ、ようこそおいでくださいました」


自分の夫より先にケィヨスに声を掛ける。


「よいのだ。お疲れ。忙しいところすまないな。しかし用があってきたのだ」


「勿体なきお言葉にございます。わたくしめにできる事なら、なんなりと」


「この子に乳を分けてやっておくれ。産まれて間もないのだ」


言われるやいなやナディアがこちらにと、腹に目をやり膝をついたケィヨスが子狼の端に赤子を置き、乳首を咥えさせてやると勢いよく飲み出した。

それを見て心なしかほっと一息つくと、ケィヨスはナディアの胸元に転がる黒っぽい毛並みの子狼の亡骸を手のひらに乗せる。


「待て! 俺はまだ顔も見てないんだ。別れを。頼む」


それまで黙ってケィヨスとナディアたちを見ていたガカリは堪らず声をかける。するとケィヨスはガカリの方に子狼を乗せた手のひらを差し出す。

受け取って鼻を寄せ、カプっと軽く甘噛みする。そして、ありがとうとケィヨスに目をやる。


するとケィヨスは、ガカリの手のひらの上の子狼に人差し指を近づけ、子狼の頭に当てた。その瞬間、子狼は光の粒になって霧散した。


次の瞬間、光の粒が集まり光の玉になると赤子の元へ行き、吸収されていった。


「今のは…なんだ。森に還らないのか」


それをじっと見ていたガカリは驚いてケィヨスに聞く。ナディアは吸収されていった赤子に愛おしそうな眼差しを向け鼻を寄せる。


「神の使いにした。子が大きくなればそやつも顕現するだろう」


「感謝します」


本来森に還り森にエネルギーを与えながら、長い輪廻の順番待ちをするはずだった子狼の魂を、神の御使いとして現世に留めてくださったのだ。

赤子を可愛がるように仕向けたことだとわかったが、純粋なケィヨスの礼でもあるとナディアは全てを受け止め、礼だけを言い頭を下げた。


それを見たガカリも何も言わず頭を下げた。




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