3 光の勇者とトムの覚醒
3 光の勇者とトムの覚醒
朝起きたトムはアーロンの家を飛び出した。寝坊だ。
今日は幼馴染の少女ライラが勇者としての旅立ちの日だ。
村の出入り口に行くとライラがホーリーナイト神聖国の聖女お抱えの聖騎士団に囲われていた。
「ライラ!」
「トム!」
トムとライラは最後に別れの挨拶をした。
今度出会うときは魔眼を開眼していると信じたい。
しかし、その別れの挨拶を妨げるものがいた。悍ましき気配。
その邪悪な気配に気付いたのか、聖騎士達も臨戦態勢に入る。
ライラも光のオーラを身に纏い、剣を抜く。
空から現れたのは純白の衣に身を包んだ紅き双眸の細身の少女。
禍々しきオーラを発しながら地上へと降り立つ。
「貴様は何者だ!? 勇者様には指一本触れさせんぞ!」
聖騎士団長が剣を振りかぶり、聖なる一閃を放つが、聖騎士団長の剣を片手で掴み出鱈目な握力で粉砕した。
「聖騎士団長程度ではこの程度でしょうね。お返しです。アイスバレット!」
無数の氷の弾丸が聖騎士団長の体を貫通した。
息絶える聖騎士団長。
「申し遅れましたね。私は氷神。大魔王コールドの分身です。
ですが、本気で戦うつもりはありません。単なる暇つぶしです」
氷神……大魔王コールドの分身だと名乗った少女はプレッシャーを放ち、場を威圧している。
勝てる訳がない。
だが、トムは冷静に状況を分析する。
父アレク、大賢者アーロン、オスカーさんを呼んで聖騎士達も加えて目の前の氷神を袋叩きにするか。
だが、そんな余裕がないことは明白だ。
――魔眼さえ開眼できれば……!
トムは何もできない自分に苛立ちを覚えていた。
ライラを守る力が欲しい。
そう願った時、奇跡が起きる。
「トム! その目は!?」
一早くトムの状態に気付いたライラが狼狽する。
トムの視界には氷神の動きがスローモーションに見えた。
そして動きの先読み。
間違いなく魔眼を開眼したと納得できる。
これでライラと共に戦える。
「その紅き瞳は上位魔族!? 我らと同族……!? ならば少しだけ本気を出して差し上げましょう。
『コールドレイン』! 氷の雨を食らいなさい!」
トムに氷の雨が槍のように降り注いだが、トムは全て躱し切り、手を翳す。
「邪悪なる不死鳥!」
不死鳥の形を模した黒炎がトムの右手から放たれ、氷神を襲う。
氷神は怯えを見せていた。
あれだけのプレッシャーを放っていた氷神が、只の少女に見える。
「熱い! 熱い! 熱い! 私の不滅の肉体が溶ける!」
氷神は絶叫を挙げる。
彼女の肉体はドロドロに溶けて崩れ始める。
「フッ! 無様だな! これが魔眼の力! 正しく究極の力を僕は手に入れたのだ。
この目を手に入れた僕に敵う者はこの世に存在しない! 氷神様ともあろうお方が無様だな」
トムは最強の力を手にして己に酔う。
それを隣で見ていたライラが、トムを諫める。
「トム! 油断するな! 慢心するな! このまま氷神を倒し切るんだ!
奴はまだ何か真の力を隠しているかもしれない」
ライラは横で氷神を早く倒せと息巻く。
トムは完全に慢心して最強の力を手にした自分に酔いつぶれていた。
「ライラ、何を言っているのかな? 魔眼を開眼した僕に敵など存在しない!」
そう言っている間に氷神の肉体は光に包まれ、元の美しい姿に舞い戻る。
一目瞭然、その膨大な魔力で再生を果たしたのだ。
トムが止めを刺し切らなかったからだ。
それでもトムは腕を組み、慢心しきっていた。
「魔眼を開眼したぐらいで調子に乗って、究極体になれば貴方など倒すことなど造作もないのに」
氷神は大きく息を吐いて言った。
「何だ? 究極体とやらになれば僕に勝てると? ならば成るがいい……どうせ僕には勝てん」
「後悔するがいい……ならばお見せしましょう! 私のマックスバトルフォームを!」
そういうと氷神は召還魔法で一人の長身女性を召還した。
漆黒の髪色に赤みがかった双眸……直感でトムは古の魔王だと看破した。
だが、彼女は無表情で佇んで少々不気味だ。
「古の魔王か……?」
「その通りです。これは魔王のクローン体。私は常に最強とは何かを考え続けていました。
大魔王コールドは最強の力を持っていましたが、戦闘時以外では制御するのが難しく体を二つに分離した。
その結果、力が大幅に減少しました。そこで目を付けたのが魔王のクローン体。
この身体と融合すれば大魔王コールド本来の力に近いレベルにまで達することが出来ると。
前置きはそこまでにして、今こそ見せて差し上げましょう我が究極の姿を!」
辺りが眩い光に包まれる。
氷神と魔王のクローン体が合わさり、長身女性となった氷神が佇んでいた。
途端にトムは心の奥底からガクガクと全身が震え、氷神から放たれるプレッシャーに恐怖を感じていた。
――思っていたより、氷神はパワーアップしてしまった。
こんな化け物に生意気な口を聞いていたのかと。
目の前にいる彼女は紛れもなく大魔王……大魔王コールドに限りなく近い存在だと無意識の内に察してしまった。
「素晴らしいパワーです!
最早、貴方など路傍の石ころ……命は助けて差し上げましょう。
思っていたより遥かにパワーアップを果たしてしまいました」
震えて動けないトムに代わり、動いたのは幼馴染の少女であり、人類の希望の勇者ライラだった。
ライラは光で出来た刀を操り、究極体となった氷神に斬りかかるが、氷神は右手で刀を掴み粉砕する。
そして左手でライラに地面を砕くかのような重いパンチを食らわせる。
あんな細腕であそこまで速く重いパンチを繰り出せるとは夢にも思わなかった。
ライラは地面に崩れ落ちる。
完全に自分のせいだとトムは後悔と反省の色を滲ませる。
「己! 勇者様を!」
「一斉に斬りかかれ! 聖騎士の技を見せつけてやれ!」
「突撃!」
「聖なる一閃!」
聖騎士達が倒れた勇者を守るように前進し、聖なる一閃を究極体氷神に浴びせようとする。
しかし、氷神は神力を貯めて、一斉に周囲へと放出する。
「ショックウェーブ!」
氷神は衝撃波を放ち、聖騎士の大半を粉砕。
正に粉々に聖騎士達は砕け散り、残骸が辺りに散らばる。
それを氷神は踏みつぶした。
虫けらのように……。
「口ほどでもない……私を苛々させた罰だ。
こんな国要らない! この国ごと貴様らをゴミにしてやる」
氷神は神力を溢れ出させる。
大気が震える。
鳴動が辺りを鳴り響く。
「究極魔法ショックウェーブバースト!」
極大の衝撃を伴う威力のエネルギーが氷神の両手に高まる。
「そんなことはさせない! 人類の希望である私は困難には屈しない!
何故なら私は勇者だから! 『ミラーマッチ』!
このスキルは相手と同じスキルで相手が放つものよりも僅かに上の威力で反撃する勇者の奥義!」
ライラは立ち上がり、氷神と同じエネルギーが両手に高まる。
それは氷神よりも僅かに上のように見えた。
そしてエネルギー同士がぶつかりあった。
「己……! この私がーッ!」
このエネルギーのぶつかり合いに勝利したのはライラだった。
氷神は二人分のエネルギーを被弾し、砕け散った。
「勝ったのか?」
「いや、まだだ!」
氷神は驚異の再生能力で見事に元の美しい姿に復活を遂げた。
だが、肩で息をしている。
相当ダメージが蓄積しているようだ。
永久不滅の液体金属の肉体を持つと言っていたのを思い出した。
「この私がここまでのダメージを……流石は勇者か。
勇者、勇者、勇者……忌々しい! 勇者の奥義まで体得しているとは。
ここで消さなければならない。本気の本気で……。
出でよ! 『邪神アポカリプス』」
氷神は悍ましい屈強な魔神を召還した。
角が生え、かなりの強面だ。
召還魔法にも長けている氷神は素直に強いと見える。
「そして私はこのアポカリプスと融合し更にパワーアップする!
しかし一時的ですよ。私の美しさが損なわれますからね。勇者を葬ったら元の姿に戻ります」
トムは目の前が真っ暗になった。
そこからの意識は無かった。
気付いたら地に付していた。
ライラは無残にも八つ裂きにされ、村は消滅していた。
そうだ。自分は全てを失ったのだと気付いた。
幼馴染の少女も自分が生まれ育った村も自分の命以外全てを亡くしたのだ。