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午後……。これが、一番の憂鬱時間、メリディア夫人によるお茶会の時間である。
「ぐぇぇぇ!ギブ!無理!拷問だぁ!!」
「拷問ではありません。身だしなみです」
俺は自室の中、アイダに後ろから抑えられていた。俺が逃げようとしている中、淡々とアイダが俺の腰から出ているコルセットの紐をぎゅっと縛り上げ、腰が悲鳴を上げる。なんでこんな文化あるんだ、そもそも今世の俺はこんなもんせずとも十分細いから、これ以上絞ったら棒人間になるってば!
「やだ!もうムリ!俺今日休む!!!」
「はい、我儘を言わない」
アイダは俺がイヤイヤと拒否しているのを意にも介せず、コルセットを縛り上げ、ようやく絞る所まで絞ったと思ったら、今度はささっと髪をセットし、絶対に着たくないリボンがあしらわれた可愛らしい薄青のドレスをばばっと俺に着せた。
羞恥に拷問、立派な虐待である。ひどい、アイダの鬼め!
「……フーッ……」
ようやく解放された俺は涙目になりながらアイダを睨みつけた。
「よく頑張りましたね」
しかし、アイダはふっと優しげな笑顔を見せると、俺に頭を下げた。
……む、むう。まぁ、今日の所は許そう……。ほら、アイダも好きでやっているわけじゃないだろうしな。俺は心の中で振り上げていた拳をすっと下して、ふぅと一旦ため息をついてから、椅子に腰かけた。
「……チョロい……」
「ん?アイダ、なんか言った?」
「いえ、何も」
……まぁ、これは序章である。この後、本番であるお茶会だ。今日は母上とメリディア夫人、あとティアナ姉上と、レインズ伯の娘のセリーン姉上の四人。今日のお茶会は特に招待状もない、小規模の物だ。
中庭のサロンにコルセットを締め上げられた這這の体でたどり着くと、すでにメリディア夫人がメイドにお茶を用意させて座っていた。
メリディア夫人は、レインズ伯に組み込まれているメリディア男爵領の御夫人だ。褐色肌のドーベルマン種の女性で、体格が優れているが、鋭い眼光と淑女たる雰囲気を身にまとった、俺的には正直少し怖い御夫人である。
「おいでませ。シャルロット」
「……ハイ、メリディアフジン。キョーモヨイヒヨリデゴザーマス」
「……はぁ。この子は……」
俺がひきつった顔で不格好なカーテシーを行ったのに対し、メリディア夫人は小さくため息をついた。父上と母上から俺の淑女教育もお願いされているのか、最近は特に俺のマナーに対して人一倍熱心に指導してくれている……が。
前世では全く縁のなかったお金持ち的文化である、苦手なんだよこういうのー……。
「まぁまぁ、シャーリーはまだ小さいですから……」
そう言って現れたのは、スコティッシュフォールドの丸い耳にカフェオレのようなミルキーな色の髪をした女性。セリーン・レインズ、レインズ伯の長女だ。齢は16。もう婚約者も決まっていて、結婚を間近に控えている。おっとりした人だが……。
「セリーン姉上、お久しぶりデス」
「……おねえちゃん」
「姉上?」
「おねえちゃん」
「せ、セリーンお姉ちゃん」
「はい、よくできました。シャーリーは今日も可愛いわね」
セリーン姉上は、満足そうに俺の頭を撫でた。と……なぜか俺にお姉ちゃん呼びを強制してくる人である。
レインズ伯には子が4人いるが、姉上一人だけ女性だからだろうか。会うたびにこんな調子だ。優しい人ではあるんだけれど……。
「ごきげんよう。メリディア夫人。セリーンも」
「あ、セリーンお姉ちゃん!」
「まぁ、ティア。会いたかったわ」
そこに、母上とティアナ姉上もやってきた。ティアナ姉上はこちらに来るなり、セリーン姉上に抱き着くと、頭を撫でられながら「えへへ」と可愛らしくはにかんでいる。
うんうん、俺なんかに構わず、お二人で仲良くしていてください。いやはや、美少女同士のスキンシップは絵になるなぁ……眼福眼福。
「わぁ!シャル、ドレス可愛い!」
あ、ちょ。だから俺には構わないでくださっ……んあー、持ち上げられ……。
「あ、ずるいわ。私にもシャーリーを抱っこさせて」
「えへへ、シャルぅ~」
後方腕組みスタイルをしようと気配を殺していたが、すぐさま気が付いたティアナ姉上に捕まり、それに便乗したセリーン姉上も俺に標的をシフトしてしまった。
ティアナ姉上は何故か俺の気配に敏感である。いくら気配を殺そうとも、高感度なセンサーでもついているのかってレベルで俺をロックオンしてきて、この通りだ。
うひっ!?み、耳はこそばゆいから触らないで。
「コホン。二人とも、シャルを構うのはそこまでに。メリディア夫人が困ってしまうわ」
「あ、ごめんなさい」
「あ、あら。申し訳ありませんでした」
俺が揉まれている中、母上がピシャリと鶴の一声を放つと、二人とも俺をすっと下してお茶会をするために用意されたテーブルへとすすっと足を運んだ。
……ここで、小走りにならずに忍者のような足取りで優雅に移動できるあたり、二人とも淑女教育が行き届いているなぁと感じる。
「……ふぎゃん!?」
……まぁ、俺は走りだそうとした結果、ドレスの裾を踏んずけて、この通りなわけで……いたたぁ……やっぱりドレスは嫌いだ……。
俺が地面に倒れこんでいる所、近くに控えていた慌ててメイドさんが俺の体を起こしてくれた。お手数おかけします。
思いっきりぶつけた胸をさすっている間、メイドさんがぱっぱと大急ぎで土を落としてくれたが……少しだけドレスに土と芝の汁がついてしまった。このままでは、このドレスを着せてくれたアイダや、洗ってくれているメイドさん達にも面目がつかない。アレを使うか……。
「……クリーン」
俺は手のひらを前に出して、そう口にすると、差し出した手のひらから、薄青色の光が零れ落ち、ドレスについた土や芝の汁がサァと風の吹くような音と共に消え去っていく。
これは、ようやく何個か編み出せた魔法の一つ、手を洗ったりするのが面倒な人必見、汚れを落とす魔法である。ちなみに、自分が触れているものか自分の身に着けている物までしか効果が及ばない、まだ不完全な魔法だ。まぁ、こういう時には便利なので、よく使っている。
「まぁ、シャーリーは随分不思議な魔法を使うのね」
「シャルは錬金術や魔法がスゴイんですよ!」
「……これで、もう少し女の子らしく出来たら良いのだけれど……あと、シャル?あまり無闇に魔法を使っちゃダメよ」
「……はぁい」
何度か魔法の実験中に爆発事故を起こしているせいか母上には結構目をつけられてしまっているのだが……ドレスの土を落とす程度なら許してくれるようだ。
そこから、転ばないように少しだけドレスの裾を持ち上げて、席に着くと、ここからは俺にとってはメリディア夫人から注意を受け、コルセットの痛みに耐えながら苦しみ抜くお茶会の開始である……。
こんなもんで腰を縛り上げられて、なんでみんな平然とした顔してお茶を嗜む事ができるのか、理解に苦しむ……はぁ、早く終わってほしい……。
……―――そこから、出された紅茶は……正直味が分かりませんでした。
お腹を締め付けられている中、無理に飲もうとしたものだから、今はとても気持ち悪い……。
「あら、シャル。顔色が悪いわね……」
俺の限界ですという顔を察したのか、母上が俺の肩に手を置いて「そろそろシャルはお休みしましょうか」とつぶやいた。
ふぇー……た、たすかった。俺はすぐさまコクコクと首を縦に振ると、椅子からよろよろと下りて、メイドさんの手を借りながら自室へと歩を進めた。
「やっぱり、シャルは淑女教育は苦手なのね……」
「……誰にでも得手不得手はあります。少しずつ慣れて貰えれば良いのですが……」