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錬金術。
前世では金やエリクサーと呼ばれる神の薬、賢者の石なんかが有名だろうか。もちろんその全てが科学的に間違いである事は前世ほど進んだ世界ならば誰でも知っている事であり、金なんてものは、星同士の衝突のような別次元の力、核融合が起こらない限り生成されなし、エリクサーや、ましてや賢者の石なんて鼻で笑ってしまうレベルの眉唾物である。
しかし、この世界で言う錬金術はそんなファンタジーに溢れている。
「では、錬金皿に魔力を流し……シャルロット、ポーションの材料は?」
「水草に少量のラヴェンタル、リモの果実水に触媒ε……」
「はい、ちゃんと覚えられていますね」
「「シャルすごーい!」」
覚えたとおりに回答すると、俺を挟むように座っている兄上と姉上がベタ褒めに、文字通りの猫かわいがりをしてくる。恥ずかしいからやめてほしい。
それは置いておいて……錬金の基本は、錬金皿と呼ばれる真鍮のような金属で作られた大きな皿に、蒸留水を張って、材料を適量放り込んで一定量の魔力を操作しながら流すことで完成する。
どういう理屈か知らないが、最終的に、お皿の傍に物が虚空から現れるのである。ポーションは水球で出来上がるので、あとは瓶詰めする感じだ。
簡単そうに見えるが、これが簡単にできるのはこの国であればワイズマンの家に連なる者だけらしい。一般人からすれば錬金皿はただのデカい皿だし、今言った材料を入れたところで、その材料が混ざった何かになるだけである。
「では、次は軽い装飾の―――……」
授業は恙無く進んでいく。よく考えるとばりっばりに専門用語とか、計算式だとかが飛び交っているから、今更ながらに8歳児にやらせる内容ではねぇなと感じる。でも、兄上と姉上もこんな感じのスパルタ授業をこなしてきたのだろうし、ワイズマン家が特殊だという事なのだろう。
俺は言われた通りの装飾のある銀の盃を作り出し、横で作っていたポーションの上位互換であるハイポーションを注いで、出来上がったものをおじさんに差し出し、ふぅとため息をついた。
「それにしても、シャル。本当に凄いね。俺なんてシャルくらいの頃じゃポーション、作れもしなかったのに……」
「……はぇ?」
……おっと?いま実にタイムリーかつ重要な話題が愛すべき兄上から飛び出したぞ?兄上の方を見ると、その横にいる姉上もうんうんと首を縦に振っている。
あれれぇ?おっかしいぞぉ?確か俺ってばこの授業が始まってからずっと……。
「ディアスとティアナもこの頃に会得していますから、シャルロットも頑張りましょう」
って発破をかけられていた気がするんだけどなぁ??
「……おじさん?」
「……はっはっは、いつかはと思ってましたが、バレちゃいましたねぇ」
……おぉん?
「いや、シャルロットはとても優秀です。難しい計算も解いて、錬金術の技術も、もう5年先まで履修していますから」
「……はぁ!?おじっ、おじさん、騙したな!!?」
「騙しただなんて。優秀な子を特別プランで育成計画を立てていただけですよ」
な、なんちゅーこと……って事は、詰め込み教育されて、なんだったら本来自由に動ける時間を勝手に授業に割り当てられていたってことじゃねぇか!
「じゃあ俺あとはこの授業は多少カットしてもいいんですよね!?」
「ふむ。そうですか……。残念ですね。では、シャルロットはこれから遅れている分みっちりと淑女教育を受けてもらいましょう」
「……は?」
おじさんはわざとらしく眉をハの字にしてはぁと深いため息をついた。え?淑女……教育?は?なんで?
「もうそろそろシャルロットもお茶会だけでなく、パーティに出席することになります。実は、シャルロットは成績優秀だったので、本来、淑女教育に充てられる時間を、私が特別申請してこちらの授業に当ててもらっていたのですよ。ですが、どうしても授業を受けたくないのであればしかたありません。明日からラモーナ様にお願いし、淑女教育に入ってもらいましょう」
「……えっ。う、や……そ、そのぉ……」
「しかし、シャルロットは少々……いえ、かなりお転婆ですから……それも良いのでしょう」
「う、うぅー!鬼!悪魔!猫耳!!」
「はっはっは、猫耳はあなたもですよ。さて、こちらの授業を受けますか?それとも淑女教育を開始しますか?」
「……じゅぎょう、シマス」
俺はがっくりと肩を落として、机に乗り出した拍子にずれてしまった教書類をいそいそと元の見やすい位置に戻した。
(ねぇティアナ、作法の教育って……)
(多分、今のシャルの時間割そのままのハズ。私もみっちり受けた記憶はないわ)
(……つたえ……るのは、やめておいた方が良さそうだね……後が恐ろしすぎる)
(しゃ、シャル、頑張ってね……!)