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今、俺が生きている世界は、非常に窮屈である。
錬金伯……それは、血と家名に裏付けされたこの世界で錬金を行う事の出来る家柄だ。
素材があれば、例外はあれどかなり色々な物を簡単に作れることから、国が爵位を授けて囲っているわけである。国に縛り付けておくという意味もあるだろうが、簡単に爆弾だの劇薬だの作れてしまう家だ。監視という名目もあるのだろう。
そして、俺の身分は、錬金伯家の末娘である。末の娘とはいえ、国が囲う家の令嬢であるわけだから、当然の如く監視の目が付いている。
今は丁度、朝食の時間。すでに軽食をたいらげた俺は紅茶のソーサーを指で撫でて、椅子から足をぶらぶらと揺らしながら機を伺っていた。部屋には俺のほかに、監視の目の一人が、メイド姿で俺の傍らに控えている。
「……ねぇ、アイダ」
「どうしましたか?お嬢様」
この、アイダという、垂れた耳が特徴のジャックテリア種の人物が、俺専属の護衛兼監視の人物である。
元々は王族の警護任務に就いていた女騎士だったらしいが、とある事がきっかけで、この錬金伯の監視任務に就いたのだそう。小柄ながら凛としているので、いわば素敵なお姉さん、というような風貌ではあるのだが……。
「俺、少しだけ出掛けたいんだけど」
「……。」
こ、これだよ……。どうも俺が乱暴な口調なのを気にしているようで、自分の事を『俺』なんて言おうものなら「やり直しです」と言わんばかりにこちらを無言でじとりと見つめてくる。
正直、護衛兼監視の任務に『教育』は契約に含まれていないと思うのだけれど、何故だか自主的に俺を矯正しようとしているらしい。
「……わ、わたくし、少々出掛けたく存じます……」
「お嬢様は本日午前より、錬金学の基礎講習があります。午後からはメリディア夫人のお茶会ですので、本日は自由行動はできません」
……やり直し損である。それから逃げたいから出掛けたいって言ってんだよこんちくしょう。くそー、うまく出掛けた拍子に、そのままリアムの所に逃げ込むつもりだったのに……。
しかし、敏腕のアイダの事である、アイダが非番でもない限り、逃げきれないであろう事は明白だ。ぐぬ……仕方がないから、大人しく錬金術の授業を受けに行く事にするか……。
今、俺たちの住んでいるお屋敷はシンメトリーに2棟に分かれている。家族の暮らす東館と、住み込みの家政婦さんや守衛の方の休憩室と作業場、そして、錬金のアトリエのある西館だ。
俺は観念して授業を受ける為に西館のアトリエを訪れると、そこにはすでに二人、仲良く並んで座る人影があった。
「……あれ?兄上?姉上?」
「来たな、シャル。今日は兄様たちと一緒に勉強しよう!」
見知った茶色と黒の髪に、大きな耳。今世の俺の兄上であるディアス兄上と、ティアナ姉上だ。双子である兄上と姉上は俺よりも6つ年上であり、俺が今年8歳だから、14歳である。
当然、俺のやるような錬金の授業はすでに履修し終わっているだろうし、そもそもこの二人は、絵にかいたような頭脳明晰成績優秀、学校ではツートップの成績をたたき出している、ハイスペック兄姉である。こんな勉強なんてする必要ないと思うんだけど……。
「な、なんで兄上と姉上が?」
「だぁってぇ!学校の授業が始まったら会えなくなっちゃうんだものぉ!シャルぅーー!」
「にょわぁ!?あ、姉上!いきなり抱き着かないで!?」
俺が来た瞬間からずっとそわそわと尻尾を揺らしていた、ティアナ姉上は、俺を両手で捕獲すると、ぎゅーっと強く抱きしめッ……た、体格差、体格差考えてください!つぶ、つぶれるぅ!?むぎゅぶぅ!!
「こ、こらティアナ。シャルが潰れちゃうぞ」
「きゃっ、ごめんなさい!あまりにちっちゃ可愛くて!」
し、しぬかとおもった……。
で、先程の学校という話だが、この兄上と姉上の通っている学校は王都の方にあるから、レインズ伯領から少し遠い。
だから、兄上姉上は今、王都にあるワイズマン家の屋敷で生活をしており、俺が3歳の頃から、こうして長期休暇に入る頃に実家に帰ってきているわけである。
折角学校が無いんだから、俺なんかに構っていないで遊んでくれば良いのに、どうやら、勉強に付き合ってくれるらしい。
……ま、まぁ、その、俺、前世では一人っ子だったから、こんな感じで構ってくれる兄弟がいるっていうのは、とても心地良いんだけど、ね。
「ぅ、うん。ありがと。兄上、姉上」
「「!!!!」」
俺がぷいと横を向きながら礼を言うと、二人は口をきゅっと閉ざしながらプルプルと小刻みに震えている。
「「しゃ、シャルーー!!」」
「ちょ、ちょっと!すと、ストップ!まっ、むぎゅうううう!!?」
ぎ、ぎぶ!ぎぶ!力が強めな犬系二人に抱きしめられたりしたら、な、中身でちゃう!中身でちゃうからぁーーー!!?
「はい、ストップ。二人とも、シャルロットが潰れてますよ」
「「はっ!?ご、ごめん!!」」
「た、助かった……おはよーございます、おじさん」
「はい、おはようシャルロット」
この、眼鏡を鼻にちょこんと乗っけている縞柄が特徴的な髪のノルジャン種のおじさんは、俺の親戚筋の人物にあたる、ランドルフ・ウィゼットおじさんだ。
多忙なロレイアス父上に代わって、錬金術の講師をしている。一見優しそうなおじさんなのだが、勉強に関してはかなりスパルタである。
ちなみに、親戚筋ではあるのだが、錬金術の力自体は、本家よりも数段以上劣り、物を作るような事はあまりできないらしい。
「では、本日は復習、錬金術の基礎講習と実践を始めていきますよ」
「……はぁい」
「「はーい」」