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「……ご、ゴーストぉ……さん?」
「はぁ、はい。なぁに?」
お、おぉう。話しかけてみたが、まさかの受け答えができるぞ。魔法による思念の残滓だと思っていたから、こんな事になるとは露ほども思わなかった。
ていうか、本当にゴーストか?あまりにも普通の人に近いというか……あ、物珍しくて凝視したせいかちょっと不機嫌そうな顔をしていらっしゃる。
「本当にゴースト?」
「……まぁ、今は似たようなものね」
率直に尋ねてみたところ、どうやら、ゴースト……に、カテゴライズされるけれど、何か違うものらしい。
まぁ、見るからに体は透けて半透明だし、生身の人間ではないという事は確かなようだ。
「空き家を勝手に占拠したのは悪かったわ、事情があってね。で、あなた達は……あら、レインズ伯様の……」
「……私達をご存知で?」
「ええ、何度か見かけているわ。入ってきたこの子は見ない子ね……?」
ラブラドール種の女性は俺に鼻先を近づけて、じっと見つめて小さく「あら、女の子かしら?」と呟いている。とりあえず、名乗ってしまっても良いだろうか……?
俺はもういらないであろうから、窮屈だったキャスケットを外して、軽くぺこりと首を下げた。
「俺、シャルロット」
「あら可愛い。シャルロット……ああ、もしかして、町で幻のお姫様って呼ばれているワイズマン伯の末の子かしら?」
「ま、まぼろし……」
どうやらあまり町に出かけられないからか、ほとんど姿を現さない俺の事を、町人の皆々様は「幻」だと思っているらしい。
……なんてこった、ゴーストとそんなに立場が変わらんぞ……。
「と、私も名乗らないとね。私はレフィーエ・クロノ・クーリッジ」
「レフィーエさん」
「そう。言いにくいならレフィでいいわ」
ミドルネームに、東方で信仰されている神の1柱の名前が入っている……という事は、恐らくは東の外国の人らしい。
正直、あまり外国の事は詳しくない。向こうは議会制の国家があったり、宗教国家だったりする戒律が厳格な国だったり、都市国家のような小さな国があったりするらしいが……。
着ている服が修道服のような黒地の服だから、恐らくは宗教国家の人、なのだろうか。
「レフィさんは何故この空き家を?」
「……事情があってね。この状態になった原因とも言うかしら」
姉上がレフィさんに尋ねた所、何やら深い事情があるようだ。で、ここを占拠するために、ゴーストのフリをして、人を追い払っていたと。しかし、こんな家を占拠した所で特に何か明確なメリットがあるとは思えない。
「……事情を聞いてもよろしいのかしら?」
俺が腕の中で「むぅ」と唸りながら考え事をしていると、姉上がレフィさんに鋭い目つきをしながら質問をした。
うーん、ゴーストすらも射殺せそうな眼光である。戦闘モードの姉上って怖いんだっ……あ、ちょ、手で目隠しされたんですが!?
「そうね……そろそろ時効かしら。私はウルカテルカの魔導士」
ウルカテルカ……んー、なんじゃそら。目隠しされているから視界は真っ暗なのだが、神妙な声なのは分かる。冗談で適当な肩書を言っているわけではないのだろう。
俺がそんな事を考えていると、後ろから「えっ!?」と、驚く声が聞こえてきた。この声はリアだろう。いつの間にか茂みの中からこちらへ来ていたらしいが、どうやら何かを知っているらしい。
「ウルカテルカって、隣国で禁忌を犯して全員処刑されたっていう一派の……」
「……そうやって伝わったのね」
うーわ、随分物騒なワードが飛び出した。どうやら、何かアブナイ一派の方らしい。
しかし、そんなアブナイ一派ならもっと知られていてもよさそうなものだが、姉上も特に反応してないようだから、知っているのはリアだけのようだ。恐らくは何かしらの本にそういった記述があったのだろう。
「まぁ、その粛清から逃れてきたの」
「ということは、貴方は……108年前の……」
「……数えるとそれくらいになるのかしら。はぁぁぁ……100年も手をこまねいているというわけね」
レフィさんは大きなため息をついて眉間に指を添えた。20代後半どころか100歳以上だったらしい。で、この辺りに逃げてきてー……どうなったんだ?
「……で、この家ね。私が地下に作った隠れ家の上に建ってんのよ」
「あー……」
「ようやく傷が癒えたから、久しぶりに起きたらびっくり。地下から抜け出せなくて、仕方なくこんな姿で現れてるんだけど、この精神体になる魔法って自分の元の場所からほとんど動けないのよ。ってことで、私の本体は今も地下室で眠っているわけ」
どうやら、色々と面倒な事になっていたらしい。なんだか気の毒な境遇の人だったようだ。
それにしても精神体になる魔法……ウルカテルカの魔導士というのは、俺の知らない魔法をいっぱい知っているようだ。そして、その中の『何か』が隣国の禁忌に触れてしまった、というわけか……。
…………あれ?でも……。
「それなら魔法でこの家、壊しちゃえばよかったんじゃ……」
「……さっきの魔法みたでしょ。体の保存にほとんどの魔力を使っちゃってるから、あれくらいしかできないのよ。あと『鍵』が無いとそもそも強い魔法は使えないし……」
なるほど、手加減をしていたのかと思ったが、あの雪玉と風は精一杯の抵抗だったようだ。だから、ゴーストの物まねまでして人を追っ払っていたらしい。
で、鍵?とやらが無いと、家の基部を吹っ飛ばすような強い魔法は使えない、と。八方ふさがりだったようだ。
「でも、もう私の隠した『鍵』もこの世のいずこかに行ってしまっているんだろうなぁ……はぁ、でも、こんなんじゃ死んでも死にきれないし……」
それに続いて、レフィさんはブツブツと何かつぶやいている。
……なんにせよ、この家を退ける……乱暴な言い方をすると、ぶっ壊さないと、どのみちゴースト問題は解決しないようだ。
……むう……仕方がない、か……。
「ねえ、セリーンお姉ちゃん」
「なぁに?」
「この家…………壊してもいい?」
「まあ……管理上誰も使わないからレインズ名義になっているだけだから構わないと思うけれど、解体には時間とお金が掛かるわ。それに、秘密基地が欲しかったんじゃないの?」
「レフィさんをこのままにしておけないもの。ちょっと派手になっていいなら、解体は俺がやる」
「……シャーリーが?」
セリーン姉上は少し考えてから俺をすっとその場に下してから、その場にしゃがみこんだ。そして、俺の両肩を掴んで目線を合わせて俺の顔を見つめている。
「……危ない事は?」
「……壊すから、瓦礫が飛んだりするかも」
「瓦礫……はー……それくらいなら守り切れるかしら……分かったわ」
姉上は恐らくは分かったと言いつつ、納得はしていなさそうな気がするが、人命……ゴースト救助?も兼ねているからか、どうやら俺の自由にさせてくれるらしい。
そうしたら、善は急げだ。早速レフィさんには一旦下がってもらって、俺が魔法で破壊しよう。
……と、瓦礫に埋まってレフィさんの言う地下の隠れ家が崩れてしまったら元も子もないから、まずはそちらも教えてもらおう。




