===幕間(11)===
護衛騎士、アイダさんの目線となっております。
「お嬢様、家をでました」
「ええ、追跡おねがい」
私はコマンド部隊の伝令に一言告げて、はぁと小さくため息をついた。こうしたやり取りも、もうすっかり慣れてしまった。
私の名前はアイダ・マーフィ。ワイズマン家の末娘、シャルロットお嬢様の護衛兼監視役の騎士だ。
元は王族警護の任についていたのだが、王弟であるダリグ公の、いわゆる「夜の誘い」を頑なに断った結果、王宮騎士を辞任された。
正直、あそこは腐っていた。自分自身、実力をつけていたつもりではあるが、私より強い者などザラにいた。それなのに、何故王宮騎士に抜擢されたのか分からなかったが、ダリグ公が私の体に目をつけ、お手付きとしたいがためにごり押しされた抜擢だった。
当然失望したし、もうあの騎士団に戻るつもりはない。国にも、もう居られないかと思い、傭兵になろうとしたところで、レインズ様から声がかかった。
そこで、まだ3歳と幼かったお嬢様と引き合わされ、護衛の任を与えてくださり、今に至るわけだ。
もう5年……ずっとお世話をしてきたお嬢様だが、如何せんお転婆すぎて困っている。
まず、お嬢様らしくない。どちらかというと少年と相対しているかのように錯覚することすらある。ドレスや宝石、ぬいぐるみには全く興味を示さず、魔法に興味津々であり、自分でこっそり魔法の実験改良を繰り返し、オリジナル魔法を編み出すなど、とても賢いが、ちょっとおかしな子だ。
そして、じっとしていられない性格なのか、はたまたレインズ様の嫡子であるリアム様を好いているのか、ちょくちょくこのように家をこっそり抜け出す。
本来であれば、護衛兼監視と言うように、私はお嬢様を監視し、このようにこっそり家を出ようものなら連れ戻さないといけないのだが、私自身もお嬢様を監視などと囚人のように扱う事はしたくない。
だから、こっそりとコマンド部隊……影の部隊達に護衛をさせているわけである。……当のレインズ様もそれでよいと言っている。
さて、積極的な監視はしないとはいえ、護衛として、仕事は仕事である。つかず離れずの位置で見守らないと。
今日にいたるまで、お嬢様に感づかれている様子はないが、私は極力気配を殺しながらメイド服の裾を摘まみ上げ、走り出した。そこからしばらく音を殺して走っていると、屋敷からほど近い位置で、お嬢様の後ろ姿が見えてきた。
尻尾をピンと立てながら、機嫌良さそうに歩いている……あぁ、まったく……とてもかわいい、じゃなくて、転んだりしないか心配だ。そして、今日のお嬢様も、いつもの脇道を辿っている。やはり目的地はレインズ伯のお屋敷らしい。
あ、ああっ。目の前に石がっ……!し、しかし、ここで出ていくと、お嬢様を尾行していることがばれてしまう……!
私がやきもきしていると、石に気が付いたお嬢様はその石を思い切り蹴って道の端に避けると、またてくてくと歩き始めた。本当はスカートを履いて石を蹴ったりしてはいけないと思いはするが……まずは転ばなくてよかった。
お嬢様……どうしてもお嬢様には立派になってほしくて、何度も口調を直そうとしたり、姿勢を正そうとしたりしているが、一向に直る気配がない。
それどころか、最近はちょっと色々と口出しをしすぎたのか、怖がられている気がする……。あくまで護衛なのだから、入れ込みすぎてはいけないのは自覚しているのだけれど……。
はっ、いけない。お嬢様を見失ってしまう。追跡を再開しなければ……。
……―――しばらく歩き続け、もうレインズ様のお屋敷は目の前に見えている。
お嬢様は、そそくさと身を潜めはじめ、正門……を、忍び足で横切り、たったと軽快な足取りで、横にある森の方角へと走り出した。
これは、最近お嬢様が見つけた抜け道らしく、塀が低くなっている所がある。ここなら非力なお嬢様でもよじ登る事ができるという事らしい。お嬢様が帰ってくると、よく手や靴が汚れていたのは、恐らくはここが原因だろう。
……ちなみに、実はレインズ伯の方々はここからお嬢様が入りこんでいる事は知っている。
本来は補修の予定だったが、お嬢様がここを利用しているのを知って、あえてそのままにしているようだ。
そして、防犯上はもちろんここも管轄内であり、巡回の兵は見て見ぬふりをしてくれているらしい。
また、お嬢様にバレないように足を掛けやすいような段差が追加されていたり、いざ転んでも大丈夫なように、下に芝が生えていたりする。
これが実に巧妙であり、自然に溶け込んでいる。レインズ伯家の庭師の方は相当な手練れだ。
と、レインズ様公認ではあるのだが、それとは別にお嬢様が来ている事は守衛の方々には知らせなくては。私は門の傍に控えていた中年の髭を生やしたテリア種の衛兵の方の前まで歩いていき、礼をした。この方はルバートさん。いつも門番をされている衛兵だ。
「ごきげんよう、ルバートさん」
「おや、アイダさん、こんにちは……ということは、お嬢様ですかな?」
「はい、またこちらにおりますので……」
「はっはっは、相変わらず元気なお嬢様ですな!わかりました、伝えておきましょう」
と、ほとんど顔パスである。もはやお馴染みの光景となってしまった。さて、ここからはレインズ伯家の守衛の方々に任せても大丈夫だろう。
私はあくまでワイズマン家の護衛騎士である、このレインズ伯家で誇りをもって守護に当たっている皆様の仕事を奪うわけにはいかない。
「では、お嬢様が帰りそうになったら伝えに来ます。それまでは、いかがしますかな?」
「……また詰所にご厄介になっても?」
「ええ、もちろん。リタやアディも喜びますよ」
「ありがとうございます」
リタとアディというのは、この家のメイドだ。私が行き場が無く、屋敷近くで待機をしようとしていた所、詰所に来ればよいと誘ってくださった人達だ。そこから何度となく詰所に私を案内してくれて……今や友と呼べる人達だ。
また今日もご厄介になる事になる、今は着のまま飛び出したから何も用意できなかったが、帰ったら、とびきりの差し入れを用意しなくては。コマンド部隊の方々には後で非番の時に渡すことにしよう。
……お嬢様。破天荒で突拍子も無くて、無自覚に人を振り回す、そんな子。でも、お嬢様が運んでくれた縁は、私の生きる道筋だ。




