プロローグ
代表作の方の小説が少々行き詰ってきたので、気分転換に書いていたら、結構書きあがってしまいました……。ので、罪滅ぼしを兼ねて投稿します。
「なぁ、リア!俺、あしながおじさんになるつもりなんだ!!」
頭の耳をピコピコさせて、鼻息を荒くしながら、シャルロットは僕に宣言をした。
…………い、意味が分からない。
僕の名前はリアム・レインズ。この国の伯爵家の三男であり、薄褐色の肌に、尖った耳のドーベルマン種。目の前で暴走しているシャルロットの幼馴染である。
そして、目をキラキラさせながら僕に迫っているこの小さい子はシャルロット・ワイズマン。代々優秀な錬金術師を輩出し、国の財政の一端を司る、錬金伯と呼ばれる家のシャム種の末娘だ。歳は今年で8歳になる、僕より2つ下の年齢の子である。
代々レインズ家とワイズマン家は大家と賃貸者のような関係であり、土地を持たないワイズマン家に土地を貸し出している。そして、ワイズマン家は錬金術でレインズ家を支えるという、持ちつ持たれつの関係だ。当然、親交も厚く、今日は家族ぐるみで領地の視察も兼ねた小旅行の真っ最中。子供たちは遊んでいらっしゃいと解放されたときに、近くのガゼボに引っ張りこまれて今まさに意味不明な事を言われているわけである。
で、この子、シャルロット……僕は『シャーリー』と呼んでいるが、シャーリーとは、幼い……いや、今も僕らは幼い年齢だとは思うのだけれど、もっと幼い頃からの付き合いなのだが……はっきり言って、奇人、変人である。
何故か昔から、自分の事を「俺」と言い、所謂少女が好みそうなドレスや宝石には、とんと興味がない。ただ、魔法には興味津々であり、なまじ魔力もあることから、都度、庭を黒焦げにしていたりする。突飛な行動が多く、じゃじゃ馬だとは思っていたが、今日は群を抜いている。
「おーい、聞いてる?」
「……ごめん、意識が飛びそうになっていたよ」
「もー!リアって、たまにどっか飛んでいくよなー」
……一体誰のせいだと思っているのだろうか。というか、シャーリーにだけは言われたくない。
僕は引っ張られたときに出来てしまった服のしわをパンパンとはたいて直しつつ、シャーリーを一旦落ち着かせるために、ガゼボのベンチに座らせた。
「で、聞きたくないんだけど、一応意味を聞いて良い?」
「よくぞ聞いてくれました!いいか?あしながおじさんとは!」
……そこから彼女のスピーチが始まった。
曰く、足長おじさんなる人物は、身寄りのない孤児に資金援助をして、その子の成長を見守っており、ちらと見えたその容姿から足の長いおじさん、あしながおじさんと呼ばれているらしい。そして、最終的には資金援助を行った子に正体を打ち明け、二人の恋は結ばれる。
と、まぁ、要約するとこんな感じだろう。一体どこからこんな物語を拾ってきたのだろうか。
「……で、俺はその子の成長を見守り、十分に推し活したい。そして、密かに『あしながおじさん』って呼ばれたいんだ!」
「…………うん、うん。そうかー」
…………さて、どこから突っ込んだものか。
まず、孤児に資金援助を行うのは……慈善事業の一環として、百歩譲って良しとしよう。大体世間には見返りを期待することなく、大枚はたく奇特な人物はいるものだ。
シャーリーは元々宝石、アクセサリーのような貴金属やドレスには興味がないし、(物損事故以外では)お金がかからない。浮いた資金も捻出できよう。だが、それ以外の所は突っ込みどころしかないわけで。
まず、足長であり、おじさんという時点で2つアウトである。
シャーリーはシャムという人種である。この種族は大体、華奢であり、線が細く、スリムな印象のある人種だが、どちらかというと小柄な部類である。まして、シャーリーはその中でも特に小柄で、今年8歳になる彼女だが、一般的なシャムの子より、頭一つは小さい。お世辞にも足……いや、なんでもない。僕のようなドーベルマン種であれば、少しは足長であったろうが……まぁ、絶望的だろう。
そして、さっきからシャーリーの事は『彼女』と言っているが、当然、シャーリーの性別は女性である。
透き通るような肌に、少々丸みを帯びた金の目。毛先のほうが茶色いが、白く綺麗な長髪。一般的には「可愛らしい、愛らしい」の部類に入る容姿をしている。中身はコレだが、どう考えてもおじさんなどと呼ぶ輩は現れないだろう。
で、推し?という事だが……特定の人物に対して寄付を行うというのは、普通は下心のある者がする行為である。
「で?シャーリーは支援したその男の子と懇ろになりたいって事?」
「は?男なんかにするわけないだろ」
「う、うん……?」
シャーリーの様子を見るに、「その寄付した少年と恋をしたい!」というようなニュアンスではないらしい。
ほんの少し、頭の片隅程度に、もしかしたらあのシャーリーにも夢見がちな女の子の特徴が表れたのかと期待したが、まぁ泡沫の如き思い違いであったらしい。
「俺は、直向きな女の子を支援したいの。で、気が付かれなくてもいいけど、あわよくばちょっとだけ存在を匂わせて『もしかしたらあの足の長いおじさんが……?』ってそういう感じの存在になりたいわけ」
「……はぁ」
シャルロットが「分かったか?」というような態度を取っている所に、僕は生返事を一つ返した。あえて言わせてもらえば、何を分かればいいのかさえ分からない。
……さて、実を言うと、僕はワイズマン伯……ロレイアス・ワイズマン氏、シャーリーのお父上から1つ重要なミッションを依頼されてる。
ワイズマン氏曰く―――
「どうか、どうか頼む。娘を、シャルロットを淑女にしてやってはくれまいか」
と。
歳が近いせいか随分と僕に懐いているシャーリーに、万策尽きた(のかは分からないけれど)お父上が、一縷の望みを託したというわけである。
……残念ながら、今はご覧の有様なのだが。ともかく、僕はミッションの事もあるし、座らせたシャーリーに対面し、ツッコミを始めることにした。
「えーと、シャーリー?」
「ん?なに?」
「まず、シャーリーは、女の子です。決しておじさんではありません」
「そこは、ほら。あれだよ、実はおじさん、みたいなスピリットで感じてもらう、とか」
「で、シャーリー?君は……うん、その、今のその背丈じゃ頑張っても『あしなが』とは……」
「は?成長するし。これからだし」
ま、まぁ、昔から言い出したら頑固な所のある彼女の事だ、絶対に素直に聞くはずがないとは思っていたが、案の定である。そしたら……うん、僕のすることは一つだ。
「シャーリー」
「ん?」
「小旅行とはいえ、長旅で疲れたよね……向こうでお母様達と休憩しよう」
問題の先延ばしである。