第一章 2【こけて、転んで、つまずいて。】
「痛ッてェ!」
痛くも何ともないはずが、足が痺れたような感覚が走り俺は思わず叫んでしまう。俺の落ちた音に気が付いたのか、イノシシが俺目掛け突進してくる。
「イノシシなんぞがこのビギナーの最初の敵かァ?」
威勢良いことを叫び俺は木を背に振り返る。突進してくるイノシシの頭に『イノゴ』と表示され、野生動物ではなく立派なモンスターであることが発覚する。暗がりでよく見えないが所詮見た目はイノシシ。突進以外の攻撃はないだろう。
ぶつかる直前に横に避け、イノゴが木にぶつかったことを確認すると俺は叫ぶ。
「食らいやがれッ!引きこもり放浪者キック!!!」
左足を軸に俺の右足がイノゴを襲う。俺の右足とイノゴの横っ腹がぶつかった瞬間、俺は0.5秒で理解する。
「あ、これダメ通ってna」
俺は二体目のイノゴに吹っ飛ばされた。
≪HP変化 3→1≫
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「─やばい、死ぬ。これは死ねる。」
周りの状況を確認せず、一体だけだと慢心したのは確実に俺の落ち度だが、暗かったし仕方ないよね。一体に対し全力を注いでしまったのはこれまでのゲーマー人生の障壁だろう。俺の普段やっていたゲームは基本的に能力は同じで+にプレイヤーの技術が介入してくる。だからこそ『ある程度の能力の高さ』は保証されていた。新しいゲームなんだ。新しい考え方でプレイしなくてはな。
「んなこと考えている場合じゃねェェェ!」
死にかけていることを分かっているのか、イノゴは俺を入念に追いかけてくる。
「こ、これ…お、追いつ…追いつかれる…」
切れかけてきた息にゲームと現実の近さを感じ、如何にこのゲームがよくできているかを痛感させられる。現実の俺は今汗だらっだらなんだろうな…
イノゴと俺の距離がもう目視で測れるほどに迫ったとき、手前にあった草が何か光ったような気がした。
「これはゲーム…あくまでもゲーム…一か八か賭けなきゃここで死ぬ!何も収穫ないまま死んでたまるか!!」
目の前の草を毟り取り口の中の突っ込む。
「にっ!苦っげェ…!」
『薬草を獲得』
≪HP変化 1→6≫
「しゃオラッ!クソイノシシがァァァ!!!」
俺はイノゴに啖呵を切り、吹っ飛ばされた。
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HPは残り2。あの後また吹っ飛ばされ町まで…町まで残り2㎞くらいだろうか。HPが減った俺は満身創痍の中死にかけで走る気力も無く、気づけばイノゴはデスポーンしたのか俺の後ろにはもういなかった。
「薬草…取れるエリア限られてんのかよ…」
一瞬だけ持ち物欄に加わった『薬草』にもう少しでもポッケに突っ込んでいればと意味のないたらればを繰り返す。今は考えずに歩いたほうが楽だな…俺の視界は真っ暗になった。
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「…朝か。」
流石にぶっ通しでやり続けるほど体力はないみたいだ。いくら軽いとは言え目に何か乗っていた状態で寝るのは経験がない。体がだるく、まるで何時間も歩き続けたみたいに足が痛い。
「足が…痛い?俺昨日BNTしかしてねぇよな…脳に影響がどうたらこうたらって…マジ?」
気軽に始めたことに一抹の不安を抱く。俺大丈夫かな…
「ま、まぁ思い込みだよな…所詮ゲーム深く考えないようにしよう。こういう時は飯だな飯。」
一人暮らし生活のお陰か家事スキルはある方だと自負している。簡単な朝食を済ませ時計を確認すると時計は9時回っており、飲まず食わずで17時間近くログインしていたことに恐怖を覚える。
「散歩にでも洒落込むか!」
家の近くには小さめの公園があり、一人でゆっくりするにはちょうどいい風が吹く。毎日家から持参したコーヒー片手に休憩時間決め込み人生を達観する。
散歩(5分間歩いて30分ボケっとする)は良いもんだなぁ心が洗われる気がする。その時。
「恋窪?」
見知った顔が俺に向かって歩いてくる。
「恋窪じゃん!久しぶり!!」
「あー…チッスチッス…」
嫌いじゃない。嫌いじゃないが苦手な部類の友達だ。