第八章
ショッピングモールには大きな店舗の靴屋が2店あった。
休憩を終えていざ店内へ入って物色し始めたものの、たくさんあるシューズの中で迷うポイントが増えていくし、そのうち自分のほしいものがどんなものかハッキリしてこなくなったり、朝野くんが勧めてくれるものにも気を引かれて、悩むことに疲れ出していた。
やがてそんな俺に気が付いたのか、朝野くんはボーっとする俺に声をかけた。
「悪い・・・俺が色々盛り上がって勧めるからわかんなくなるよな。薫は自分の直感で好きなもの買っていいんだぞ。」
彼のその言葉を聞いて思わず苦笑いを返した。
何とも妹さんがいたっぽいお兄さんな発言だ。
「そうだねぇ・・・こういうのは直感だよねぇ・・・。でも常用するものだとどうしても機能性が一番大事だったりするからなぁ。長く履けるっていうポイントを重視しようと思う。」
「ふ・・・長くねぇ・・・。そんなこと言って今のサイズに合わせて買って、また身長が伸びたら買い直すハメになるぞきっと。」
「・・・直感でって言ったのは朝野くんじゃん・・・。」
俺が不貞腐れた表情を返すと、彼はまた快活に笑った。
「ごめんごめん、好きなもの選べよ。俺は勝手にお勧めを教えてくる鬱陶しい店員みたいなもんだと思ってくれたらいいから。」
「店員さんに失礼だよ、その言い方は・・・。」
「はは、確かにそうだな。」
朝野くんはそう言って気が散らないようにか、俺から少し離れた。
軽快な店内の音楽とマッチするような、若者らしいデザインの靴を前に、いくつかサイズが合う物を抜き取り、履き心地を確かめながら品定めする。
そこまで明るい服を着るわけではないので、合わせやすい無難な色を選び、歩きやすくて予算に収まるものを何とか見繕うことが出来た。
清算を終えて出口付近で待つ朝野くんの元に戻ると、彼は洋服店が並ぶエリアを指さして言った。
「ちょっと見たいんだけどいい?」
「うん、いいよ。」
洋服に限らず彼の買い物にも付き合う気でいたので、朝野くんが楽しそうに選ぶ姿に、年相応の可愛らしさを感じながら店を回った。
彼がよく遊んでいたと言っていた場所は、全てショッピングモール内にあるので、買い物以外にも遊びに行くのかなと思っていたけど、朝野くんは服を一着だけ購入して買い物を切り上げた。
「んじゃ行くか~。」
エスカレーターに向かう彼の背中を追って横に付くと、目の前に流れて来た女子高生の集団を避けるように、朝野くんは俺の肩を掴んでさっと誘導してくれた。
「・・・買い物もういいの?」
背の高い彼の顔を見上げると、頷いてエスカレーターに足を乗せた。
「あんま長くウロウロしても疲れるしな~。またバイト代入った時に来たいから、ゆっくり来れるタイミングあったら行こうよ。」
「そっか・・・わかった。」
何となくだけど、自分本位なその理由は、気遣いを隠した理由にも聞こえた。
時刻は日も落ちる頃合いで、曇り空だったけど外へ出ると、雲間から太陽の光が差し込んで降りていく最中だった。
「夕日が・・・」
俺が思わず口をこぼすと、朝野くんがパッと振り返った。
「なに?」
「え?あ、晴れて来たなぁって」
日が差す方へ指さすと、朝野くんは何か納得したように苦笑いする。
「ああ・・・。そだな。」
「・・・ん?なに?何かガッカリした?」
俺が反射的にそう尋ねると、彼はのぞき込む俺を今度は意地悪そうな笑みで見返した。
「別に~?俺、下の名前が夕陽だから・・・呼ばれたかと思っただけ。」
「ああ!そういうことか・・・そうだね。意識してなかったや。ごめんね。」
「別に謝んなくてもいいだろ~。俺が呼ばれたわけじゃなくて傷ついたみたいじゃん。」
冗談交じりにそう言う彼に俺も苦笑いを返した。
「名前、そのまま夕日っていう漢字?」
「ひ、は・・・太陽のようの字。」
「ああ、なるほど・・・。いい名前だね・・・。」
「そ?まぁあんま名前被んないから覚えられやすくはあるかも。産まれた時、夕日が綺麗だったからって単純な理由だけどな。」
朝野くんは俺に歩幅を合わせて歩きながら、また自分のことを教えてくれた。
「そうなんだ。・・・俺、夕日は特別好きだよ。」
「・・・そうなん?」
「うん。理由は言わないけどね。」
そう言いながらそっぽを向くと、朝野くんは少し「ふふっ」と笑うだけで、詮索はしなかった。
「朝野くんってさ・・・良い人だよね。」
窮屈な靴を我慢して踏みしめて歩きながらそう言うと、彼は目じりを垂らして笑いをこらえるようにした。
「何だよそれ・・・。でもまぁよく言われるわ。自慢じゃなくてな?・・・その・・・いい人止まりになりそうって。実際なるけど・・・。」
「ふふ・・・それは、意中の女性に対してってこと?」
「まぁ・・・。朝野くんはさ~いい人だもんね~って。損するタイプでしょ~とか?女子は結局肉食系が好きだからなぁ。」
彼は何だか残念そうにそうこぼした。特別イケメンというわけではないけど、朝野くんは背も高いし優しいし、女性から好感を持たれやすいように思う。
けど本人がそう言うのならば、いい人だな、と終わるケースが多いということかな。
「肉食系かぁ・・・。」
俺はそう落としながら考えた。
確かにモテる先輩を例に考えると、イケメンな上に性格もよくて、おまけに肉食系ではある。
けど先輩が肉食系なのは、自分が持っているステータスや見た目を自負しているからこそ、女性に対して多少の強引さを見せても大丈夫と思っているからだ。
先輩は驕り高ぶる人ではないけど、自分が女性から好感を持たれやすいことくらい自覚しているし、それを武器にすることも上手い。
けれど本当のところは、好きな人に奥手になりがちな、一途で不器用な普通の男性だ。
「薫はどう考えても肉食系ではないよな。」
ドストレートな返答が来て、俺は思わず朝野くんの顔を見つめ返した。
「・・・なに・・・?違うの?」
急にソワソワするような動揺を見せる彼が、何か可笑しかった。
「どうだろうね・・・。わかんないや・・・。誰かと付き合ったことってないし。」
「・・・ええ~?マジでぇ?」
朝野くんは、それは信じないぞ、という意見が見える表情をした。
「マジだよ?・・・変?」
「いやぁ・・・変じゃないけど・・・。薫普通に女の子に好かれやすそうだし・・・押しに弱そうだから、付き合ってって言われたからじゃあ・・・みたいなんありそう。」
「ふふ・・・それは生まれてこの方起こったことないなぁ。付き合うならその人のこといいなぁって思ってる自分がいないと付き合わないよ。」
「そうかぁあぁ・・・。」
「でも・・・押しに弱いのは合ってる。」
そう付け加えると、朝野くんはニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。
「え~そうなんかぁ・・・。デートとかもしねぇの?あの例の先輩誘わねぇの?」
「先輩は・・・彼女がいるし、今すごく幸せそうだから。それはそれでよかったなぁって思ってるんだ。・・・あ・・・思い出した・・・。」
デートと言われて、俺は今の今まで忘れていた大事なことを思い出した。
俺が困った顔をして黙ったので朝野くんも少し心配そうに聞いた。
「どした・・・?」
「あの・・・大学でサークルの勧誘に合ってさ、そこの先輩と少し話したんだけど、連絡先を交換して・・・その後、週末デートに行こうって誘われたんだよ・・・。」
歩き進めるまだ湿った空気の中、改めてそう考えると何だか少し焦ってくる自分がいる。
「へぇ・・・それは・・・良かった?んじゃねぇの?」
朝野くんは何気なくそう言って特に何とも思っていない様子だった。
「・・・デートに誘われることって、良いことなの?」
変なことを聞いてる自覚はあった。
けれども朝野くんのことにしろ、佐伯さんのことにしろ、自分にとって初めての出来事が立て続けに起きている。
相手の好意の中にある何かを見逃しているのかもしれない。
人間関係が希薄であるがゆえに、何もわかっていない何かがきっとある。
朝野くんは不安そうに聞く俺に、苛立つでも馬鹿にするでもなく、真剣な表情で少し考えて、また優しく言葉を続けた。
「わからん。でももし、その先輩が薫のこといいなぁって思って素直に誘ってるなら、それはかなり勇気を出して誘ったのかもな。そうじゃなくて、行きたいところがあって、たまたま誰も捕まらないからデートっていうていで、誘ってみるかぁって気軽さの人もいるとは思う。けど相手があえてデートだねぇって言うなら、少なくともそういう対象として見てるっていう意思表示にも思えるな。良いことなのか悪いことなのか、っていうのは・・・完全に薫の受け取り方によるんじゃないか?」
「確かにそうだね・・・。」
その後少し黙って歩き続けて、やがて駅に到着した。
二人して戻りの切符を買っている間、朝野くんは続きとばかりに尋ねて来た。
「なぁ、そのデートの誘いを困ってるってことは、行きたくないってこと?先輩だから断れないしなぁみたいなこと?」
「いや・・・単にデートって言われると初めてで気負いしてるのと、知り合ったばっかりの・・・しかも女性だし、気を遣うなぁって今更心配になってきちゃった感じかな。」
俺が苦笑いしながらそう告げると、朝野くんはうんうんと頷きながら納得した様子だ。
「な~るほどなぁ・・・。でもまぁ・・・デートっつったって目的があるならそこで楽しめればいいわけだし、お付き合い前提で仲良くなりましょう!って話じゃないんだからさ、失礼のない無難な格好していって、レディーファーストしてりゃ問題ないと思うぞ。」
「そっか・・・わかった。朝野くんがそういうならそうしてみるよ。」
言われたことを覚えるように意思を固めると、俺のが移ったかのように今度は朝野くんが不安そうな顔つきになった。
「いや・・・俺の言ったこと鵜呑みにします、みたいな顔されると急に不安・・・。」
それを聞いて思わず声を出して笑った。




