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第七章

「あ~降ってきたな・・・。」


テレビ画面の砂嵐のように、次第にそれは強くなって視界を悪くしていった。

俺がそれを何となく眺めていると、朝野くんは今度は不思議そうに言った。


「・・・柊、雨好きなのか?」


「へ・・・?どうして?」


「いや、ちょっと微笑んでたから・・・。」


そう言われて、またチラリと雨を見やった。


「そうかもね・・・。ちょっと安心するというか。あまりにも豪雨だったらさすがに困るけど・・・。」


説明しにくい何かを抱えて、それを吐き出せないことがもどかしかった。

けれどきっと説明出来る言葉があったとしても、朝野くんに言うようなことではないんだ。


「あ・・・靴屋に行こうと思ってたのにな・・・。」


少し窮屈になった足元を動かして俯くと、朝野くんは隣に腰かけた。


「そなの?」


「うん・・・。なんか急にきつくなってね。もしかしたら今更身長伸びたのかなって・・・。」


「あ~なるほど。まぁ女の子ならまだしも、男はわりと20代前半まで身長伸びる人もいるからな。」


その時初めて自覚した。俺は小柄な背丈の自分さえも好きだったんだ。女性のように華奢な方が、先輩は振り向いてくれるかもしれないと思えたから。

そんな希望のない要素として、自分を慰めていたんだ。


「けど・・・先輩も身長伸びてたから・・・身長差は結局変わんないし・・・。」


ボソっと言ったその言葉は、人気のない図書室では十分ハッキリ聞こえてしまうものだった。

ゴミみたいなその呟きを聞いた朝野くんは、少し黙ってやがて優しい口調で語りかけた。


「先輩って・・・昼一緒に食べてた人?」


まさかの的を射た指摘に、朝野くんの顔を見つめ返した。


「やっぱそっか。めちゃくちゃイケメンと一緒にいるなぁと思って、声かけなかったんだけどさ。・・・前言ってた柊の好きな人・・・?」


「・・・うん。」


「悪い・・・話したくなかった?」


「ううん、そんなことないよ。」


その後やっと目の前のパソコンを付け直して、ゆっくりと手を動かして課題を再開した。

けれどやっぱり頭の中で考えも文章もまとまらなくて、また手は止まった。

その間朝野くんは頬杖をついて窓の外をずっと眺めていた。

そしてまた彼は思いついたように言った。


「あ~・・・わかったかも。柊が何となく雨好きって言った理由。」


「・・・そうなの?」


「うん、なんていうかシンパシー?みたいなやつかもな。」


朝野くんはそう言いながら口元を緩めていた。

彼もまた感じた何かを確かな言葉で表現できない様子だけど、少し嬉しそうだった。

不思議な雰囲気と不思議なその会話をしていても、彼はなんら居心地の悪さを感じさせない人だ。


「な、講義全部終わって、雨止んでたら一緒に買い物行こ?俺も一緒に靴選ぶからさ。」


「・・・・いいけど・・・どうして?わざわざ・・・。」


友達すらいない俺には、向けられる好意の理由がいちいちわからなかった。


「ん~?何となく?」


「そっか・・・わかった。」


俺がまたパソコンに向かって作業を進めると、彼は大きな体を背もたれに預けて伸びをした。


その後二人して同じ講義を受けている間、チラチラと外を確認していたけど、なかなか雨が止む様子がない。

今日は出かけられないかなぁと思いながらいた4限目が終わって窓の外を見るとたった今止んだのか、まだ曇り空ではあるけど外は静かだった。

俺たちは同時に立ち上がって、荷物を持ち講義室を後にする。朝野くんと雨上がりのキャンパスを歩いて、雑談しながら校門を抜けた。

そんな感覚すら初めてだった。友人と下校して、放課後に出かける感じ。

一駅先のショッピングモールに向かうため、二人で駅を目指して歩いた。


「柊ってさ、一人暮らし?」


「うん、大学の近くのマンションに。」


「そっかそっか。俺実家でさ、一人暮らししてみたいなぁとは思ってるんだけど・・・いかんせん自炊出来る自信なくてさぁ・・・」


「そうなんだ。・・・俺はわりと家事炊事得意だなぁ。」


「マジか・・・柊マメな感じすんもんなぁ。」


朝野くんは感心したように言うと、駅の切符売り場の前で淡々と二人分の切符を買った。


「・・・?切符払うよ?」


「いいって、俺が誘ったんだし。隣駅なんだからさしてかかんないから。」


朝野くんは気だるそうに言いながらそれを手渡す。

向かう目的は俺の買い物なのに・・・。

それ以上問答するのも無粋かなと思い、お礼を言って受け取った。

いざ目的地に着くと、買い物自体が久しぶりなのもあって、人の多さに気後れした。


「平日でも案外人いるな~。」


「そうだね・・・。とりあえず目的を果たそうかな・・・。靴屋どこだろ・・・。」


入り口付近の案内板を眺めて地図を把握する。

顔を上げると、朝野くんはじっと少し先の方向を凝視していた。


「朝野くん、どうかした?」


「えっ!?ああ・・・いや、気になってるけど一人では並べないんだよなぁあれ・・・。」


彼が指さす方向を見やると、シュークリームやアイス屋が並ぶ中に、タピオカミルクティーのお店があった。


「ああ・・・買う?」


「え、いいの?」


「別にいいよ?・・・確かにまぁ・・・女性が多いから並びづらい気持ちはわかるかも。」


「だろぉ?」


俺たちはそんなことをぐちぐち言いながら、そっと列の最後尾に並んだ。

どうやらかなり人気の店らしく、テレビの取材まで訪れたと看板に書かれていた。


「柊どれする?」


「ん~どれも美味しそうだなぁ・・・。一口にタピオカミルクティーって言っても色々カスタムして注文できるんだね・・。オススメって書いてあるやつにしようかな・・・。」


「あ、じゃあ俺もそれにしよ。」


二人してぎこちなくタピオカミルクティーを購入して、太めのストローを吸い込みながらエスカレーターに乗った。

初めて買ったわけではないけど、初体験にドキドキしながら飲んでいる朝野くんを見ていると笑みが漏れた。

飲みながら店内に入るのもあれなので、靴屋の前のベンチに腰かけて、ゆっくりタピオカのもちもち具合を堪能した。

朝野くんは普段買い物で選んでいる系統のものや、ジャンクフードの限定食が美味しかったとか、好きなブランドの服屋を教えてくれた。

ゲーセンやボーリング、カラオケなどでもよく遊んでいたらしく、聞けば彼はなかなか多趣味で好きなものをコレクションしたり、自室のインテリアにこだわったり、はたまたキャンプなどアウトドアも好きで、時期になると友達と行ったり、ソロキャンしたりするらしい。


「なぁなぁ全然話変わんだけどさ・・・。」


「ん?」


朝野くんは後頭部をかきながら、遠慮がちに尋ねた。


「柊って苗字・・・俺的にちょっと言いにくいんだけど・・・薫って呼んでも大丈夫?」


「・・・ああ・・・別にいいよ。」


「マジ?ありがとう。薫は趣味なんなの。」


「・・・趣味ってほど最近嗜めてないけど、文芸部だったし小説書いたり、小説読んだりかな。」


俺が何気なく言うと、朝野くんは予想以上に驚いた表情をしていた。


「マジで!?小説書けんの!?すっご!作家じゃん!え、ネットに上げてたりすんの?読みたいんだけど普通に。」


「・・・そんなに食いつかれると思わなかったな・・・。ネットに上げたり出来る程量を書いてないからね・・・。在学中に学生応募のコンテストに出したりはしてたけど・・・。」


朝野くんは面白い程百面相しながら、今度は険しい表情で眉間にしわを寄せた。


「マジか・・・。え、それは・・・どっかで読めねぇの?」


「・・・どうなんだろ・・・コンテストの公式サイトに公開してはいたみたいだけど・・・期間中だけだったのかなぁ。そもそもそんなに大衆に読ませるような内容じゃないよ?俺のパソコンにデータはあるけど・・・。」


彼は今度は落胆の表情を見せる。


「そっかぁ・・・。いいなぁ読んでみてぇなぁ。人の作品って人間性でるじゃん。俺さ、友達がバンドやってるっつったら絶対チケット買って見に行くし、部活の試合とか応援しに行くし、美術部で作品出すっていう奴がいた時も見に行ったんだよ。本気で取り組んでる奴もいれば、何となくやってる奴もいるけどさ、けど作品って他人にアピールしたくて作ってるものだと思うから、だったら友達だし俺はそれを体験する一人になりたいなぁって思うんだよ。」


「そうなんだ・・・。」


またストローをすする彼の横顔をチラリと見つつも、俺は少し悩んでいた。

朝野くんは今のところ感じている印象としては、気遣いある人当たりの良い普通の男子大学生。

色んなタイプの友達がいる人で、色んな価値観を共有しているのだろう。

自分から自分のことをたくさん話して打ち解けようとしてくれるけど、他人にはあまり踏み込み過ぎないように気を付けながらも、興味があるという意思はちゃんと示してくれる人だ。

だからこそ友達が多い人なんだろう。

何より・・・亡くなった妹さんの話が事実なら、それを吐露してくれた彼は、不思議と俺に心を開いてくれているように思える。

それが何故だかは測りかねるけど、彼が誠実さを見せてくれるなら、俺も正直にコミュニケーションを取るべきなのかもしれない。


誰かと一緒に飲む初めてのタピオカミルクティーを飲み干して、あのさ・・・と俺は口火を切った。


「俺がコンテストに出した小説は、ノンフィクションがテーマだったから、高校時代の先輩と自分のやり取りについて赤裸々に書いたものなんだ。だから知り合ったばかりの朝野くんに読ませるのは、本当にあまりにも印象が悪いものになるかもしれない。けどノンフィクションだから、ありのままの自分をさらけ出したものであるし、美化されてはいるものの、俺が感じた全てをぶつけた作品でもあって、実は今まで惰性で書いた作品より、一番自分自身気に入ってる作品でもあるんだ。だから・・・読んでほしいと思う反面、まだ見せたくないかもなぁって朝野くんを警戒してる自分もいるんだ。」


「そうなんだ。なるほどなぁ・・・。ま、そうだよな。何年か一緒に学校にいたその先輩と違って、俺はつい最近知り合った友達だもんな。」


「うん・・・。正直なことを言うと、俺は朝野くんのこといい人なんだろうなとは思ってるし、俺自身自分をどう思われてどういう態度を取られようとそこまで気にするわけではないんだけど・・・。一緒に話していて楽しいなって思ってるからこそ、ちょっと印象が変わるのが怖いっていうのもあるんだ。」


自分の気持ちを包み隠さず話せたように思う。

俺は立ち上がって脇にあったゴミ箱に、空の飲み物を捨てた。


「ノンフィクションっていうくらいなんだから、そのままの薫が詰め込まれてるんだもんな。確かに読ませるの躊躇するかもな。・・・いいよ、無理に読ませてほしいとは思わないし、薫が読んでほしいなっていう気持ち一択になったら見せてよ。」


「・・・わかった、ありがとう。」


座った彼の穏やかな表情を見返すと、朝野くんは一息ついて立ち上がり、同じくごみを捨てた。


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