第五十三章 【完】
部屋を飛び出すようにコンビニに向かった夕陽は、10分ほどで戻ってきた。
「おかえり・・・。」
「ただいま・・・。洗面所借りていい?」
「いいけど・・・。なに?」
俺が後を追うように一緒に洗面所に入ると、夕陽はコンビニ袋から歯磨きセットを取り出して、歯を磨き始めた。
俺が鏡越しに尚もよくわからないという顔をしていると、夕陽はしゃかしゃか磨きながら言った。
「焼肉食べたろ?」
「・・・うん・・・。」
「んでも・・・薫に好きだとか言われたら嬉しすぎて、そのまま襲いそうになったけど・・・さすがに焼肉食べた口でキスすんのはなぁって思って・・・。ブレスケアも買ってきたし・・・」
もごもご口元を泡立たせながらそんなことを言うので、思わず笑みが漏れた。
「ふ・・・そっか・・・。そうだね、じゃあ俺も歯磨きしようかな・・・。」
その後二人して歯磨きして、口臭ケアのタブレットを飲み込んだ。
スッキリしてリビングに戻ると、夕陽は袋をテーブルに置いて言った。
「・・・今日泊ってい?」
「・・・えっと・・・」
冷めた紅茶をチラリと見て、側に置かれた袋を見やると、水のペットボトルと・・・コンドームの箱が見えた。
自分で部屋に誘っておいて恥ずかしくなって、何だか夕陽の顔をろくに見れず、ささっとソファに座りなおした。
「何で逃げんの」
迫るように隣に腰かける夕陽が、目を合わせない俺をそっと抱きしめた。
「俺は薫に聞きたいこといっぱいあんだけど・・・そりゃもう細かいことがいっぱい・・・。けど勇気出して伝えてくれたことがただただ嬉しいから・・・余計なこと考えんの今はなしにする。」
夕陽はそう言って強引にキスをした。
そのまま押し倒されて、押さえつけられた手が重なると、外に出たせいでまた冷たくなっていることに気付く。
時計の針の音だけが聞こえる部屋で、漏れる吐息と甘い音が耳を犯していく。
そのうち何度も夕陽が俺の名前を呼ぶ声と、「好き」が体に刻み込まれていった。
それからいつの間にかベッドに運ばれて、夢中になって愛し合っているうちに、気が付いたら日が変わる前に時間は飛んでいた。
「夕陽・・・泊るなら流石に家族に連絡した方がいいんじゃない?」
「・・・コンビニ行ってる時にもうした。」
「そっか・・・」
布団の中でまた夕陽がぎゅーっと抱きしめてきて、大きな背中に片腕を回した。
夕陽の体温が愛おしい・・・。
また目が合うと深いキスが繰り返されて、夕陽の頭を撫でると、ふわふわの髪の毛の手触りが気持ちよかった。
「なんか寝るのか惜しい・・・。ずっとこのままがいい・・・」
顔をうずめてそんなことを言うので、髪やおでこにキスを落とした。
「夕陽・・・愛してるよ。」
そうしてまた抱きしめると、夕陽の鼻をすする音が聞こえてくる。
「俺もずっとこのままがいいからさ・・・これから一緒に居られる先の話をいっぱいしようよ。夕陽が思い描く『幸せな未来』に・・・そこに俺がいるなら、一緒に居られる努力をするから・・・。」
「・・・うん。」
「・・・ふふ・・・ていうか・・・付き合ってくださいって俺言ったのに・・・夕陽返事してないの気付いてる?」
「えぇ・・・?んなもん・・・」
体を離して照れくさそうにする夕陽は、俺につけた首元のキスマークを指で撫でながら言った。
「・・・今度は俺からプロポーズするわ。それが俺の返事な。んで・・・その返事を薫も考えといて。」
気の早い話をする彼に思わず声を出して笑った。
もちろん夕陽が冗談を言ってるわけじゃないことくらいわかっていた。
夕陽が望んでくれるなら、一生を捧げるつもりでいる。
長く苦々しい青春時代を送っていた。
ずっとずっと繰り返す雨の中にいるようだった。
報われないことが当たり前だと、思うようになった。
家族に捨てられても、自分だけは自分を捨てられなかった。
一人で生きているつもりでいたし、一人で生きて行くんだと思っていた。
けどリサと夕陽が俺を見つけてくれたから、人として生きる景色は変わっていった。
どちらも心から尊敬していて、心から好きだ。
でもいつからか、夕陽が悲しく笑う顔を見ていると、「またな」と手を振ると、行かないでほしい・・・と思うようになっていた。
夕陽みたいな心優しい人が、俺を好きになってくれることは奇跡で、いつしか彼の一番であり続けたいと思っていた。
リサにはそこまでの我儘を想うことは出来なかった。
彼女の弱さを受け止めても、自分の弱さを代わりに差し出すことは気が引けた。
俺は結局、子供っぽい甘えたなんだ。
親に言えなかった我儘を、夕陽に受け止めてほしかった。
そんな我儘な自分を、きっとしばらくは変えることが出来ない。
だから彼と一緒に大人になりたい。
受け止め合って、受け入れて一緒に居たい。
そしていつしか、夕陽のことしか考えられなくなっていた。
「ねぇ夕陽・・・」
「ん?」
「いつだったか・・・雨が好きだって話、俺したでしょ?」
「・・・ああ、図書室でな。」
「あれはさ・・・一人っきりになって、どうしても寂しくて苦しくて泣きたくなった時、外で止まないような雨が降ってくれてると、何だか安心したからなんだ。・・・自分の代わりにどうしようもない気持ちを、ぐちゃぐちゃに流してくれてる気がして・・・。不安でたまらなくてリストカットするのと同じことでさ・・・。」
「なるほどな・・・。何となくわかんねぇでもないわ・・・。けどこれからは寂しかったらさ、俺にがぶーって噛みついていいよ。」
「ええ?噛みつくの?」
「うん・・・。」
「噛みつかないよ・・・。夕陽が痛いじゃんか・・・」
「俺は薫に傷つけられたい。好きだって思いながら。」
「・・・だったら・・・もっと・・・」
「・・・なに?」
「もっとめちゃくちゃにしてよ、俺を・・・。めちゃくちゃするみたいに、抱いてくれたらいいんだよ。」
繰り返す雨は止んだ。
寂しさをぐちゃぐちゃな幸せで塗り替えて。
ああ・・・もう・・・思考が働かない。
気持ちよくて壊れそう。
そうだ・・・いつか夕陽に向けての長編大作を執筆しよう・・・
好きで好きで堪らない気持ちを書こう。
生々しい抱かれてるシーンも、好きなように表現して書くんだ。
それでいつかそれを読んでもらって、また興奮して抱いてもらおう。
ああ・・・好き・・・。
きっと俺はもう、夕暮れを見る度に興奮してしまうだろう。




