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第五十二章

その後雑貨屋に入って小物を見て、CDショップに入って夕陽の好みのアーティストを視聴したりした。

小腹が空いて今度はドーナツ屋に入り、滅多に甘い物は食べないけど、夕陽がオススメのものを教えてくれて味わった。

終始向かいの席で食べる俺を見つめては、デレデレしながら眺めているので、たしなめるように注意すると、デートの時くらいいいだろうと、真顔で言い返してきた。

やがて外の噴水前に座ってしばらく話して、夕方になってショッピングモールを後にした。

そして予定していた近くの焼き肉屋へと足を進めた。


「てか、食べ放題行くのにドーナツさっき食べちまったなぁ。」


「いいんだよ、肉は別腹だよ。」


「・・・・逆じゃね?」


焼肉が嬉しくてウキウキ歩く俺を、夕陽もまた頬を緩めて嬉しそうにした。


「薫さ~ホント可愛いよな~~。」


大事に絡めた指にまた力を込めて、沈んでいく太陽を受けながら夕陽は言った。


「何がぁ?どこが?」


ぶっきらぼうに返すと、彼はくしゃっと髪の毛をかきながらまた照れくさそうにする。


「え~・・・全部だよ・・。仕草も声も、表情も・・・焼肉食べ放題ではしゃいでるとこも?」


にっと笑みを向ける彼に、思わず俺も苦笑いを返した。


「・・・あのさ、夕陽・・・」


「ん~?」


俺に歩幅を合わせて歩く彼に、手を繋いで嬉しそうにする彼に、今日全て伝えると決めた。


「焼肉食べ終わったら何時くらいになるかな。」


「え、ん~とまぁだいたい20時くらい?・・・なに?予定あんの?」


「ないよ。もし夕陽がその後まだ時間あったら・・・いや違うな・・・話す時間がほしいんだけど。」


彼は真顔で俺をじっと見て、どういうことか少し考えているようだった。


「えっと・・・焼肉屋も個室ではあるから、話すことは出来ると思うけど・・・。まぁ俺は別に遅くなっても大丈夫だし、まだ一緒に居てくれって言うなら全然いいよ。」


「そっか、ありがとう。」


食事の前に動揺させたくはなかったので、それ以上は言わず、二人して繁華街の明かりへ溶け込んでいった。

それでも彼は色々と考え込んでしまっていたのか、焼き肉屋の個室に着くや否や、落ち着かない様子を見せて言った。


「・・・んで・・・?なに~?話したい事・・・」


気だるいいつもの態度の中で、探るような視線を送る夕陽は、一抹の不安を覚えてるようにも見える。


「・・・食事しながら話すことではないんだよ。」


「・・・・ええ・・・・ふ・・・こえぇよ、何・・・」


「とりあえずせっかく来たし、時間制限あるんだからたくさん食べよ。」


「・・・おん・・・」


食べた後に伺うべきだったな・・・と若干後悔しながらも、夕陽は肉を網に乗せながらテンションを取り戻して、世話を焼きながら俺に肉を差し出す。

色んな種類のお肉を食べながら、途中で違うメニューを頼んでみたり、お互い飲める年になったら飲みに行こうだの、そしたらお洒落なバーにも行きたいだの、夕陽は相変わらず一緒に行きたい所を色々語り始めた。


「もし飲みに行けたら、夕陽酔った勢いで色々話してくれそうだよね。」


「え~?何だよそれ、俺の何を聞きたいの。」


「ん~・・・ホントに女の子をお持ち帰りしたことないのか、とか?」


「は~?ねぇよ、薫にそんな下らない嘘つかねぇって。」


「そう?じゃあ・・・どういう嘘だったら俺につくの?」


俺が何気なくそう問うと、彼は少ししゅんとして視線を落として、また一口肉を頬張った。


「・・・・周りの女子が・・・・薫のこと可愛いって言ってたとか・・・なんかそういう・・・・性的な目で見るようなことを言ってるの聞いた時は、絶対薫に言わねぇ・・・って思った。」


「・・・・へぇ・・・そうなんだ。言わなくていいことを隠してるってことだね。」


「そうだよ・・・。後はまぁ・・・個人的なこと?別に話さなくていっかなってことは、適当に嘘ついてる時はあるかもな。」


「ふぅん・・・。」


「でも薫が全部知りたいって言うんだったら、俺は何でも話すよ。」


肉が美味しそうに焼ける音と、周りから聞こえる食器の音が、以前焼肉に来た時どんな気持ちだったっけと思い出そうとしても、何も考えていなかった気がする。

けどあの時は、夕陽が家まで送ってくれて、それから俺に・・・

何となく思い出しながら、数か月前のことなのに、遠い昔のことのような気がした。


俺は付き合うことになった場合、すれ違わないように、嫌われるのを恐れず自分の意見を言えるだろうか・・・。

わりとリサには今までずけずけ言ってた気がするけど・・・

でも夕陽にもわりと言ってたかな・・・

でもそれって、相手が自分のことを好きだからっていう驕りがあったからかなぁ・・・


考え込んでいる俺を夕陽はじーっと見つめながら、時折これが美味しい、こっちもいいなどと言いながら、次々注文しては肉を平らげていった。


「ふい~~結構食べたな~~。」


後ろ手をついて、夕陽は満足そうにお腹をさすった。


「そうだねぇ・・・。どれも美味しかったね。」


「だなぁ、ここ正解だなぁ初めてきたけど、覚えとこ。また来ような。」


「うん。」


会計を終えてレジで飴玉をもらい、店を後にした。

夕陽はもらったそれをひょいと口に入れて転がしながら言った。


「んで、どっか行きたいの?」


「・・・うちに来てくれない?」


単刀直入にそう言うと、夕陽は固まって目を白黒させた。


「え・・・え~?なんで?」


「外で話してても冷えるし、たぶん送ってくれるつもりだったよね?」


「・・・まぁそりゃ・・・えぇ?いいの?」


「いいよ?」


俺が構わず駅の方向へ歩き出すと、夕陽はまたさっと俺の手を取ってぐいっと引っ張った。


「あのさ・・・マジでいいと思って誘ってる?」


温かい夕陽の手を握って、彼の顔を見上げると何故か少し悲しそうな、気まずそうな表情をしていた。


「大事な話をしたいんだよ。出来れば外で話したくないんだ。周りを気にせずに聞いてほしいから。」


待ち合わせをしていた時、緊張は最高潮に達していたけど、今はもう落ち着いていた。

夕陽は視線を落として、今度は少し手を震わせながら静かに「わかった」と呟いた。


夕陽は誰とでも仲良くやれる人で、気遣い屋で、お兄ちゃん気質で面倒見もよくて、周りをよく見ている。

俺の一挙手一投足をどういう気持ちでいるのか、判断するため参考にしていることくらいわかる。

俺の態度と「大事な話」というワードで、彼はもう何を話されるか察してしまったようだった。

変わらず手を取って歩いて、駅に着いてホームに降り、電車を待って乗り込んで、車内のドアに寄り掛かるように立っている最中、彼は一言も話すことはなく、握っていた夕陽の手はどんどん冷たくなっていく。

ガタンゴトンと時々揺られる中、至近距離にいるのに、夕陽は俺と目を合わせることすらしなかった。

その顔色が徐々に悪くなっていくのを見て、流石に少し心配になってくる。

けれど無遠慮に「大丈夫?」などと俺が声をかけようものなら、彼は気を遣って無理に笑顔を作るだろう。

そんな追い詰め方はしたくなかったので、俺も特に話すことなく、最寄り駅に着いて降り、足取り重く階段を降りる彼の手を離した。


「・・・俺、ここで転んだんだよ。」


手すりを持って今度は気をつけて降りつつ、夕陽を振り返ると、彼はハッとしたようにやっと目を合わせた。


「・・・あ・・・ああ、そうなのか・・・。気を付けないとな。」


「うん・・・。」


駅を出ていつもの風景を二人で歩きながら、家に着くまでの約10分間ほど、あまりに夕陽が静かなので俺まで気まずくなってきてしまう。

これじゃあまるで、俺が夕陽をいじめてるみたいだ・・・。

やがてマンションにつく頃、時間を確認すると21時前だった。


「夕陽、遅くなるって親御さんに連絡しなくて大丈夫?」


エントランスに入って彼を振り返ると、苦笑いを返された。


「中高生じゃねぇんだから大丈夫。さすがにこれくらいの時間じゃ気にされないよ。」


「そう?それならいいけど・・・。」


夕陽はエレベーターに乗り込みながらため息をついた。

普段そこまで耳につくことない機械音や、上に登っていく感覚などが、酷く体に響く。

夕陽が今どんな気持ちなのか、俺にはわからない。

ただわかっているのは、彼の動揺の全ては、俺が与えてしまっているものだということ。


家のドアにカギを差し込んでいる時、ここに来るまで随分長い道のりのように感じて、何も話さない夕陽がやはり気になった。


「薫・・・」


「へ?」


ドアを開けるより前に急に声をかけられて、俺は情けない声で振り返った。


「・・・ホントに入っていい?」


暗闇に落ちる声が、いつもより低い彼の声が、俺の心臓をぐっと掴んだ。

夕陽の瞳もどこか暗く淀んでいる気がして、いつの間にか彼の動揺した気持ちが、ついにどこかに消えてしまったのだと気づいて、逆にその一言で動けなくなった。

俺は一つゴクリと生唾を飲んで、改めてドアノブを掴んだ。


「もちろんいいよ。」


俺の肯定の言葉に対しても、夕陽は安心した笑みを浮かべることなく、何も言わずに視線を落とした。

ガチャリと開くドアの音と、バタンと閉じる音が、これほど重く感じた瞬間はなかった。

上着を脱いで手を洗って、夕陽が同じく手洗いしている間に、紅茶を準備した。

自分のうちなのにどこか落ち着かない。

けどもう話すと決めたことなんだし、後には引けない。

大きく深呼吸して、綺麗に澄んだ紅茶をカップに注ぎ、戻って来てソファに座った彼の前にそれを置いた。


「・・・ありがと。」


二人してゆっくり紅茶に口をつけて、一息つく。

チラっと夕陽の表情を伺うも、特に変わる様子もなく、まるで処刑されるのを待つ罪人のように見えた。


「・・・今日はありがと・・・楽しかったよ。」


無難な言葉から切り出すと、夕陽はふぅとため息を落として、やっといつもの優しい顔で俺を見た。


「うん・・・。楽しんでくれてたなら良かったわ。」


一切熱を帯びていないような夕陽の真っ白な手が、さっきまで繋いでいたのに、もう気軽に握ることが出来ない気がした。


「あの・・・あのね・・・リサと夕陽と仲良く友人関係を築いている中で、好きな気持ちに差はないと思ってたんだ。けど・・・ホントはさ・・・自分自身気付いてないだけだったんだ。」


ゆっくり呼吸しながら、心臓の鼓動が口から出そうになるのを堪えながら、どうにか言葉を紡いでいた。


「・・・告白されてからだいぶ時間が経ってるし、二人とも気になってるから待ってなんて・・・そんな我儘を聞いてもらったこと・・・申し訳なく思ってるし、自分の身の回りのことで精一杯なのも事実で、ちゃんと気持ちに答えが出せるのかすごく不安だった・・・。だから出来るだけ二人と距離を保ってたつもりなんだ。」


俺がそこまで言うと、夕陽はそっと隣にあった俺の左手を取った。


「・・・わかってるよ・・・薫がいつでも一生懸命に考えてくれてたことは・・・。もう・・・いいからさ・・・一思いに振ってよ。」


「・・・夕陽・・・」


「これでもさ・・・薫が二人とも気になってるんだっていう話をしてくれて、佐伯さんの存在を目の当たりにしたとき、あ~・・・俺振られるかもなぁって思ってたよ。だからちゃんと覚悟はしてたっつーか・・・。てか前も言ったけど・・・振られても諦めるつもりねぇし・・・諦められねぇし・・・。大丈夫だから。薫が告白の返事一つするのに、そんなに怖がる必要ねぇし・・・。けどお願いがあるとしたら・・・せめて友達でいさせてほしい。」


夕陽に握られた大きな手に視線を落とすと、あの日・・・彼が勇気を出して告白してくれたことを思い出した。

友達ではなく、好きな人として意識が変わったと、真っすぐに伝えてくれたことを。

懇願するような目を向けられて、苦しそうなその表情で胸が痛んだ。


「・・・夕陽の気持ちはわかったけど・・・俺はまだ話してた途中だから・・・ちゃんと聞いてほしい。」


彼は握った手を強めて、ふいっと顔をそむけた。


「距離を保ってたはずなのに・・・いつの間にかふと考えちゃうようになったんだよ。」


短く息をついて、その一言のために深く息を吸い込んだ。


「夕陽・・・好きだよ。・・・俺と・・・付き合ってください・・・。」


「・・・・・・・・・・え?」


「・・・・・ふ・・・そういう顔すると思ってた・・・。」


「・・・・・だって・・・・お前・・・・佐伯さんとは・・・?」


「・・・・リサにもこないだデートの約束があったから会って、きちんと返事はしたよ。夕陽が好きだから、気持ちには応えられない、ごめんなさいって・・・。」


夕陽は涙目で俺をじっと見つめた。

抱きしめようかなと俺も見つめ返していると、彼は徐に立ち上がった。


「・・・どうしたの?」


「ちょっと・・・コンビニ行ってきていい?」


「・・・・え・・・・あ・・・・どうぞ・・・」


「すぐ戻るから。」


夕陽はそう言って足早に部屋を出て行った。


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