第五十一章
告白の返事を、聞かせる時がやってきた・・・。
史上最高と言えるほど緊張している自分がいた。
駅前に早めについて、ソワソワしながら何度もスマホを眺めてはしまって、辺りをキョロキョロしながら、また大きくため息をつく。
買い物に行って・・・それからご飯・・・その後二人っきりでゆっくり出来る場を作って、きちんと話す。
もしかしたら途中で返事を聞かされるんだと感づかれる心配はあるけど、それはそれで仕方ない。
このままの関係でいたいとは思っていないだろうし。
11月半ばともなれば、少しずつだけど空気は涼しくなってきていた。
来月になれば本格的に寒くなってくるだろう。
今のうちに着れるトレンチコートを羽織って、肩掛けの鞄の紐を持って一人ソワソワしている俺は、ちょっと不審者かもしれない。
待ち合わせをしている男女が多い中、人通りの多い駅前は若い人たちが特に目に付く。
皆俺たちが目的としてるショッピングモールに行くんだろうか・・・。
それとも何かイベントでもやってるのかな・・・
そんなことを思いふけって壁を背にもたれて、足元の自分の靴を見ていると、不意に頭上から声がかかった。
「ねぇねぇ」
「・・・はい」
そこには見知らぬ男性二人がいた。
「え、可愛くね?」
「え、いくつ~?」
20代半ばくらいに見える派手な男性が、何故か興味津々に声をかけてくる。
「・・・・あの・・・俺男です・・・」
戸惑いながらそう言うと、二人は目を丸くしていった。
「え!!マジで!?やっば、騙されてた。普通に可愛いわ。」
「え~?ガチ?」
舐めまわすようにじろじろ見る二人を、俺は呆れて見返すしかなかった。
「いや男にしてはちょっと背小さいし・・・え~でも可愛いな、そなへんの女子より」
「ウケるw確かにこないだナンパした子より可愛くね?」
うっざぁ・・・
心の中でそう思わざるを得なかった。
「え~でも俺男でも別にいいよ、可愛けりゃ。遊ぼうよ」
「まぁそなへんの化粧詐欺よりかはいい気はするよな。」
何でそっちが選ぶ側なんだよ・・・
視線を逸らしてため息を漏らすと、男の一人があろうことか俺の手を取って引いた。
「行こ、もちろん奢るし。」
思わず身の毛がよだつ感覚がして振り払おうとすると、勢いよく男の手が誰かに掴まれて動きが止まった。
「・・・あのさぁ・・・やめてくんない?気安く触んの・・・」
頭上から聞いたことない夕陽の殺意に満ちた声がした。
「え・・・あ~・・・」
男二人は背の高い彼に睨まれてたじろぎ、手をすっと放して大人しく去って行った。
「ふふ・・・」
思わず笑みが漏れてしまって、夕陽は安心したような顔で俺に向き直った。
「ま~~ったく・・・ナンパされてその余裕っぷりはなんだよ・・・。可愛い顔してんだから気をつけろっつの。」
「・・・顔は元からだよ。さっきの人達より俺が悪いって言うの?」
冷めた言葉を返すと、夕陽は少しばつが悪そうに眉を下げた。
「んなわけ・・・。焦ったんだよ・・・でもよかったわ。」
「ふ・・・うん、ありがとう、助けてくれて。」
「ど~いたしまして~~」
夕陽は機嫌を直したようで、俺の手を大事にとって歩き出した。
「手ぇ繋いでなきゃナンパされちゃうってわかったわぁ。久しぶりのデートだし、結構張り切ってプラン考えた俺に付き合ってくれよな。」
「そうなんだ・・・いいよ、どこでも付き合うよ。」
ぎゅっと手を握り返すと、横目で見下ろす夕陽は、口をへの字にして視線を逸らせた。
「んな可愛いこと言うと、ラブホに連れ込むぞ?」
「へぇ?夕陽は張り切って考えたデートプランに、ラブホテルを組み込んでるんだ?」
「ちっげぇわ・・・。んでもいい感じになりゃ、そりゃ予定変更だってするんだよ男は・・・。薫も佐伯さんといい感じのデートになりゃ・・・まぁ付き合ってたとしたらだけど、ホテルいこっかなとかは思うだろ?」
「・・・思わないよ。」
それからぶつぶつ言い訳を漏らしたり、惚気たりする夕陽をあしらいながら、何度か訪れたことがあるショッピングモールに向かった。
入り口前から足を踏み入れた店内まで、クリスマスを先取りしたオーナメントでいっぱいだった。
赤や緑の装飾品が、若干俺たちを気後れさせる。
「もうクリスマス仕様じゃん・・・。ってことはもう年末かぁってなるやつ・・・。」
「ふふ・・そうだね。まぁ後ひと月くらいでクリスマスだし・・・期間限定のスイーツとか売ってるとこ多いね。今日は何をメインに見て回る?」
俺が案内板を見ながら尋ねると、夕陽はぐいっと俺の手を引いた。
「最初は服見る。んで、靴とか小物も見る。その後はカフェできゅ~け~。」
「ああ、そうなんだ。任せていいの?」
「そ。今日は俺がリードすんの。デートだからな。ゲーセンとかボーリングとかもありだけど・・・自由気ままに薫に付き合う時間も俺のプランに入れてるから。」
普段から気だるげな印象を受ける彼から、楽しませようと計画的に色んなことを考えて来てくれたことがわかって、何とも可愛らしいなぁと思いながら笑みを押し殺した。
人並みの中手を引かれて歩いていると、デートしてるなぁという気持ちが確かになってくる。
服屋に立ち寄って、すっかり真冬のファッションが並んでいる店内を二人で物色した。
コートやらセーターやらを鏡の前で合わせてみたり、マフラーや手袋を手に取る夕陽はとてもウキウキしている。
「薫これ似合いそうだな・・・」
青と白の毛糸で出来たマフラーを手に取って、夕陽は俺の首にさっとかけた。
「・・・俺マフラー使わないんだけど・・・」
「え!そなの!?なんで・・・」
「ん~・・・首に何か巻かれてると落ち着かないというか・・・動きづらく感じるというか・・・苦手なんだよね。」
「へぇ・・・まぁわかんねぇでもねぇけど・・・。んじゃ手袋は?」
「手袋もしないねぇ・・・。」
「・・・真冬大丈夫か?」
平然とする俺に心配そうに言う彼は、諦めたように息をついて言った。
「じゃあ・・・俺に選んでよ、マフラー。」
「・・・俺が選んだもの夕陽つけるの?」
「つけるよ?」
まだ選んでいないのに嬉しそうにされて断ることも出来ず、いくつかまとまって下げられているマフラーを見比べる。
似合いそうな色選ぶのって難しいけど・・・
自分の美的センスは定かじゃないし、ファッションに詳しいわけでもないので、いいなと思ったものを選ぶしかない。
「ちなみに・・・夕陽マフラー毎年使ってるものはあるの?」
「あるよ~。エンジ色のやつ。」
夕陽の顔をじーっと見て、どういう色がイメージに合うか思案する。
「・・・ふ・・・かわい・・・」
ニヤリと口元を上げて呟く夕陽の惚気は無視して、俺はカーキ色とグレーが混ざったマフラーを手に取った。
「これがいいかなぁ・・・俺的には。夕陽、ちょっと頭下げて。」
言われた通り大人しく首を垂れる彼に近づいて、簡単な巻き方で首に付けた。
するとくせっ毛のボリュームとマフラーのボリュームが相まって、一気に可愛さが増してしまった。
「んふ・・・」
「んだよ・・・変?」
照れたようにポリポリ頬をかく夕陽は、側にあった鏡をのぞいて確認した。
「あ~いいじゃん。俺は好きだよ。膨張色よりやっぱこういう色の方が落ち着くか・・・」
「うん、可愛いからそれで。」
「え・・・可愛いと思われてんの?俺・・・」
「そうだよ。俺だって可愛いって言われてそういう気持ちだよいつも。」
夕陽はちょっと拗ねたように口をとがらせながらも、嬉しさを隠しきれないのかニヤニヤしながらレジへ向かった。
その後何件か服屋を回って、計画通りカフェで一息ついた。
ソファ席に向かい合って座ってココアを飲み、コーヒーに口をつける夕陽をチラリと見る。
「そういえば・・・夕陽とカフェに来るって無かったかもね。」
「ん?・・・そ~~だっけか・・・まぁそうかも?次はどこ行きたい~?」
どうやらある程度店を回って、俺に自由にさせるという計画に入ったらしい。
「ん~・・・そうだね、本屋に寄りたいかな。」
「お、店員としての視察?」
「違うよ。単純に色んな本屋に行くのが好きなだけ。」
「そっか、わかった。」
週末ということも会って、カフェは随分混みあってきたので、俺たちは手元の飲み物をさっと飲んで店を後にした。
ショッピングモールの奥、突き当りにある本屋を目指して歩きながら、時々二人であちこち眺めて色んな話をした。
また映画館に行きたいとか、今度夕陽の友達も含めてボーリングに行こうとか、楽しみを増やそうと先の話をたくさんする夕陽に、何だか少し違和感を覚えた。
いい意味で吹っ切れたような表情にも見えるけど、彼がそう変わったきっかけは知り得ない。
いざ本屋に着いて目的のジャンルを目指して歩いていると、ふと夕陽を置いてきてしまったことに気付いて振り返った。
彼は小説が並んでいるところでボーっと何か手に取って見つめていたので、俺は構わず自分の目的の本を探すことにした。
店の突き当りまで行って、司法試験関連の参考書を手に取る。
何種類か比べて、二つ手に取りどうしようか悩んでいると、すっと戻ってきた夕陽が隣にピッタリくっついた。
「どれか買うん~?」
「ん・・・ちょっと悩んでる。」
俺の頭にすりつくように甘えてくるので、持っていた片方を置いて、夕陽の腕を引き寄せるようにして手を繋いだ。
「・・・よし、こっちにする。夕陽はもういいの?」
「・・・・あ・・・ああ・・・」
「・・・自分から甘えてきたのに、俺が手を繋いだら照れるの?」
「う・・・」
夕陽は静かな店内で赤面しながら視線を逸らせた。
「他に・・・行きたいとこは?」
またぎゅっと握り返して歩き出した彼に、今日こそ伝えるんだと・・・思えば思う程、俺もソワソワし始めてしまっていた。




