第五十章
その日はリサの要望に応えて、中庭で昼食を摂ることになった。
「リサ、お待たせ。」
「あ!お疲れさま薫くん!えへへ・・・」
嬉しそうにベンチに腰掛ける彼女は、可愛いお弁当の包みを開いて俺に見せてくれた。
「わ・・・今日も美味しそうだね。」
「でしょ~?週一で作りたいとか言ってあんまり一緒に食べれてなかったからさ~今日は気合入れちゃった。」
色鮮やかでバランス抜群におかずたちは、見た目も楽しませてくれる上に、工夫を施した女の子らしいお弁当に仕上がっていた。
「こないだ・・・ピクニック誘ってくれたのにごめんね?」
「いいのいいの!そういえば、今度買い物行こっかって話してたけど、同時にピクニックもしちゃう?」
「・・・そうだね・・・どうせなら。」
リサはパッと笑顔を輝かせてお箸を俺に手渡した。
「決まりね!薫くんってお弁当いっつも綺麗に完食してくれるけど、実はもっと食べられる人だったりする?」
そう言われて、膝元に置いた彼女のお弁当を眺めた。
「ん~~・・・・どうかなぁ・・・。いつも適量しか食べてないから、食べ過ぎることってあんまりないし・・・やけ食いすることもないし・・・・。あ、でも食べ放題とかになると結構色んな種類を食べてる気がするから、量的にはもっと食べられるのかもしれないね。」
「そっか~!食べ放題かぁ・・・いつかバイキングとかも一緒に行きたいな・・・。」
「・・・そういえば・・・あれ、リサに話したかな・・・義理の妹が出来たこと。」
「・・・?え?聞いてないよ。」
リサはポカンと呆気にとられた可愛い顔をして、口に入れようとしたミニトマトを持ったまま俺の顔を見つめた。
「まぁ・・・父さんがアメリカで再婚してたのは知ってたんだけど、奥さんの連れ子である娘さんが16歳?とかで・・・。エリザって言うんだけど、こないだメッセージを送って来てさ、食べ放題のお店のことをバイキングって言うのホント?って・・・」
「ふふ、そりゃ変だよねぇ。全然違う意味だし・・・」
「そうなんだよ・・・それが衝撃の事実だったらしくて、返信したらすぐさま電話かけてきてさ、どういうことなのって興味津々で・・・。」
「へぇ~そうなんだ。・・・そっかぁ薫くん突然妹さんが出来ちゃったんだぁ。」
「そうだね・・・。そういえばリサって兄弟いるの?」
「いないよ~私一人っ子。」
「そっか、じゃあ本来は俺と一緒だ。」
リサはまたニッコリ微笑んでおかずを口に入れた。
他愛ないやり取りをしているけど、今度のデートで告白の返事をしようと思っていること、気付かれたりするだろうか。
自分の気持ちが決まっていても、相手に伝わるようにどう言葉を選ぶべきなのか、まだあまりわかっていない。
「そういえば、お互い忙しかったからだけど・・・学際前から全然会えなかったから・・・薫くん何してるかなぁって毎日考えてたの。でも・・・わざわざメッセージ送るのも迷惑かなぁって・・・」
リサは遠慮がちにそう言いながら、早く我儘を言い合える立場になりたいという気持ちを、もどかしく思っていることも伝わる。
「迷惑って程じゃないけど・・・集中して勉強してると返事をするの後回しになっちゃうから、結局あんまりやり取り出来ないと思うんだよね・・・申し訳ないけど・・・」
「ううん!全然いいの!薫くんの邪魔したいわけじゃないし・・・。司法試験の勉強なんて、並大抵の勉強量じゃないと思うし・・・。だからこれからはいっぱいお弁当作って来ていい?一緒に食べる時間ほしいし・・・」
「それはありがたいけど・・・リサの食費にかかる金額が増えちゃうわけだから・・・時々でいいよ。お互いバイトも大学の課題とかもあるわけだし、優先したいことをリサも優先してほしいな。」
リサは俺の言い分をしっかり飲み込むように頷いて、またニッコリ笑った。
「わかった。・・・私もね、薫くんみたいに・・・将来なりたい自分を探してる最中だから、大学生のうちに色んな事チャレンジして、私こういうこと好きだし、こういう職業に就けたらいいなぁを決めたいから・・・恋愛ばっかりにかまけてちゃダメだよね~。」
リサは弁当の包みを指先でもじもじさせながら、ご飯をもぐもぐ頬張った。
「ダメかどうかはわかんないけど・・・どういうことに重点を置いて大学生活送りたいのかは人それぞれだから、リサが充実してると思えたらそれでいいのかもしれないし、先のことに備えながら、やりたいことを精一杯やれたら一番いいのかもしれないね。」
「・・・そうだね!うふふ♡」
「・・・なあに?」
「え~?薫くんってホント私の王子様だなぁって思って・・・」
リサはお尻を動かしてピッタリくっつくと、恥ずかしそうにしながら俺の頬にキスをした。
まったく人通りがないというわけじゃないけど、一目を盗むような一瞬のキスが、照れるリサを一層に可愛く見せた。
「えへ・・・自分でしといて恥ずかしくなっちゃった・・・」
リサと一緒にお弁当を食べる時間は、とても心休まる時間で、彼女から癒しをもらえる時間でもある。
相手が自分と一緒に居て、楽しそうにしてくれてるというのは幸せなことで、それは夕陽も与えてくれた『友達と居る時間』だ。
何も特別な存在でない俺を、無条件で好きになってくれた二人は、色んなことを教えてくれて、色んなことを与えてくれた。
学生生活で誰もが経験してきたような、もしかしたら当たり前かもしれない時間を、知らずに過ごしていた俺にとって、何もかもが特別なことだった。
お昼ご飯を終えて、嬉しそうに手を繋ぐリサと廊下で別れ、校舎の階段を上がる途中、後ろから声をかけられた。
「お、薫」
「あ・・・先輩こんにちは。」
こないだ公園で会ったけど、何だか久しぶりに顔を合わせた気がする。
先輩は学食から戻ってきたのか、一緒に居た友達に先に行くよう促して、俺と並んで階段を上がった。
「足、もう大丈夫か?」
「はい、おかげさまで。ご心配おかけしました。」
先輩は相変わらず爽やかな笑顔を浮かべて、少し意地悪そう言った。
「なに、大学に居る時は敬語で話すの?」
「そりゃ・・・だって先輩ですし、周りから見て失礼ですから・・・。」
「ふぅん・・・?薫は周りの目を気にしすぎだよ。み~んな自分のことに精一杯だし、中高生みたいに噂ばっかして、誰かを貶めたりいじめたり、そんなことに一生懸命なやつここで見たことないよ。」
「そう・・・ですかね。」
一つ一つ階段を踏みしめて上がっていると、先輩と過ごしていたあの高校の校舎を思い出す。
「なんかのコミュニティに属してたら、人間関係に悩むことも起きるのかもしんないけど・・・、俺も薫もそんなことないだろ?それに・・・高校の時みたいに、もし悪質な嫌がらせするやつがいたら追っ払ってやるし。」
そう言われて、かつてバケツの水を階段上からかけるという、ベタな嫌がらせを俺にした人に対して、先輩が一睨み効かせただけで逃げて行ったことを思い出した。
そしてその後、びしょびしょになった制服を全部保健室で脱いで、しょうがなく先輩の体操着を借りた。
「あれは・・・俺にとって最悪からの最高なご褒美だったので・・・」
「は?ご褒美・・・?俺なんか薫にしたっけ・・・」
目的の場所で足を止めて、先輩はポケットに手を入れながら記憶を呼び覚まそうとしていた。
「先輩にとって何でもないことだったなら、他の人にもそういうことしてたんじゃないですかね。」
「何で急に嫌味言うんだよ・・・」
淡くて甘い記憶を消し去るように、視線を逸らして窓の外を眺めた。
「じゃあ俺行くな、おつかれ。」
「はい、また・・・」
あの日から、高校生だった自分から、大学生になっても自分は何も変わっていないと思ってた。
フワフワした気持ちを思い出しては、シャボン玉のようにそれが消えて、もう何も手が届くはずないと思いながら、一人家のソファに気持ちを鎮めるように体を預けていた。
繰り返し先輩のことを思い出しながら、感情的な自分を押し殺して、外では誰にも興味が無いかのように勉強ばかりして・・・。
けど今はやっと・・・二人に正直な自分の気持ちを打ち明けられる。
知らず知らずのうちに変化していた気持ちも、流されるままにじゃなくて、自分の意志で変えていかなきゃ。
いつか失くしてしまわないように、一緒にいたいと自分から手を取らなきゃ。
先輩から教えてもらった勇気を、存分に発揮する時だ。




