第四十七章
夕陽がそろそろ帰ろうかという時、沈黙を決め込んでいたスマホから着信音が鳴り響いた。
「夕陽ちょっとごめん・・・もしもし？」
「Hello？薫！怪我したってお父さんから聞いてたけど大丈夫なの？」
「・・・大丈夫だよ、ちょっと転んだだけだからね。念のために入院させられちゃったんだ。ところで・・・そっちは今夜中なんじゃないの？」
「そうよ～夜中の３時にこっそり薫に電話してる、うふふ・・・」
俺が呆れた顔をすると、夕陽は隣で「帰るな・・」と小声で言った。
俺も小声で返答すると、電話口のエリザがすかさず反応した。
「誰か一緒にいるの～？」
「うん、友達がお見舞いに来てくれてたんだよ。」
「oh！そうなのねぇ、どんな友達？」
夕陽は自分のことを話されているためか、俺を見下ろして様子を伺っていた。
「どんなって・・・・男の子だよ、俺と同じ学部で同級生の。」
「そうなのね～！代わってよ、挨拶したいわ！」
「えぇ・・・？」
俺が困った視線を向けると、夕陽は小首を傾げて口元を持ち上げる。
「ごめんあの・・・夕陽に挨拶したいって・・・」
「挨拶・・・？おお・・・」
夕陽が俺のスマホを受け取ると、夜中３時の声量ではないと感じていたエリザの声も聞こえなくなって、二人がどんな会話をするのかわからず不安になった。
「ども、お電話代わりました、朝野です。・・・・ああ、どうも・・・薫から聞いてました。ええ・・・そうなんすか。はは・・・まぁそうですかねぇ。」
いつもと変わらない調子で受け答えしている夕陽が、実は無理していないか心配だった。
「はい・・・はい・・・わかりました。いいえ～全然・・・。つーか日本語上手いっすね。・・・へぇ・・・はい、じゃあ・・・。はい、薫・・・」
差し出されたスマホを受け取って再び耳に当てる。
「エリザ、夜中なんだからあんまり話してちゃ家族に怒られるよ？」
「ふふ、そうね！薫の様子も確認できたし、そろそろ切るわね。そういえば、お父さんこないだ薫からメール来たら、すっごいソワソワしながら私たちに説明してね～、昨日朝すぐにお金を振り込みに行ってたよ。薫ったら色んな人に愛されてるね！もちろん私も愛してるわ。」
「・・・そう・・・ありがとう。」
「それにしても薫のお友達！とっても声がセクシーだったわ♡素敵な人ね！」
なかなか電話を切らないエリザをあしらって、スマホの画面をタップし、改めて夕陽を振り返った。
「ごめんね、なんか巻き込んじゃって。」
「ふふ、いや？別にいいよ。」
「・・・何話してたの？」
「別に大したことじゃねぇよ、ほぼ内容ないこと。」
夕陽は鞄を肩にかけなおして、俺の頭を撫でた。
「そういえばエリザが夕陽のこと、声がセクシーだって。」
「はぁ？マジで？普通だろ・・・。」
「そう？俺もそう思ってたよ？」
「・・・へぇ？・・・ったく・・・不意打ちのそういう顔やめろって・・・こっちは我慢してんのに・・・」
夕陽はぐちぐち言いながら、腰を折って俺のおでこにキスを落とした。
そのまま病室を後にする彼が、最後にドアの前でひらひら手を振って何だか可愛かった。
夕陽は勉強していないと落ち着かないことをわかっていたのか、いつも俺が図書室で読んでいた法律関連の本を持ってきてくれていた。
それを読みながら復習するように頭に入れていると、スマホから通知音が鳴った。
リサからのメッセージで電話をかけてもいいかと来ていた。
「・・・どうしたんだろ・・・」
まだ夕食の時間には早いし、看護師さんが訪れる時間帯でもないので俺は了承した。
するとすぐに着信があった。
「もしもし？」
「あ、薫くんごめんね急に」
「大丈夫だよ、どうかした？」
「・・・・ん～・・・私はどうもしないんだけどぉ・・・」
「・・・？」
「・・・薫くん何かあったの？」
「・・・・へ？」
リサには普段通りの返信をしていただけで、特に不信感を抱かれるようなことを言っていない。
「えっと・・・何で？」
「ん～女の勘！」
「ふふ・・・そうなんだ」
「それでぇ？ちょっと元気なさそうだけどどうしたの～？」
どうしたもんかな・・・
「まぁ少し元気が無くなることはあったんだけど、でも大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。」
「・・・そうなんだ・・・。あのね、明後日もし空いてたら遊ばない？」
「明後日・・・土曜日？」
「うん・・・。いつも散歩してる近所の大きい公園でね、一緒にお弁当食べてピクニックしたいなぁって。」
「ピクニック・・・」
買い物でなければそれ程歩き回るというわけでもないだろう。
行けなくはないけど・・・松葉杖ついてるからすごく気遣われそうだな・・・
「・・・都合悪い？」
「えっと・・・ごめん、最近はちょっと忙し目で・・・。出来れば再来週以降がいいかな。リサも学際もうすぐだから準備が大詰めだと思うし・・・」
「そっかぁ、わかった。無理させたくないし、私も準備から当日も忙しいし、学際終わってからにしよっか！じゃあまた落ち着いたら誘うね。薫くん、大好き。」
その時いつものリサの大好きに、わずかに胸が痛んだ。
「うん・・・じゃあまた。」
「うん！じゃあね～。」
何だろう・・・
さっきまで夕陽と一緒にいたから罪悪感を覚えてるだけかな・・・。
それってどっちに対して・・・？
自分の中でずっと二人は同じくらい好きな人だと思っていた。
けど本当は、心の中で決まってるのかな・・・。
とうとうわからなくなって、目の前の閉じた本を開きなおすことも出来なかった。
「頭から煙出そう・・・」
その時ふと浮かんだのは、先輩の顔だった。
先輩は今度こそ自分が相談に乗る側になってやると言っていた。
頼ってもいいんだろうか・・・。
先輩はそなへんにいる偏見の塊のような馬鹿な大学生じゃない。
俺が両者を好きになってしまって、どういう関係性を築いているか説明しても、軽蔑なんてするはずはない。
それに何より、恋愛初心者の俺にとって先輩の方が圧倒的に頼れる気がした。
まぁ・・・・小夜香さんのことに悩んでた時の先輩は年相応に困ってて可愛かったけど・・・
相談する価値はある・・・と思う。
というか俺の場合、他にプライベートな悩みを相談出来る相手がいない。
当事者である夕陽に相談はおかしいし・・・
俺は決意を固めて、先輩に連絡を入れた。
