第四十六章
俺は二人と共に歩いていく未来を、おこがましくも想像したことがある。
リサの手を取れば、シャイで年相応に可愛い彼女が出来ることになる。
きっとバイト先とかに遊びに来てくれて、俺が勧めた本を嬉しそうに買ってくれたり、気合の入った可愛いお弁当を持って、また大学の中庭で仲睦まじく食べることが出来る。
彼女が作る編みぐるみなどの作品を部屋で見せてもらって、夕食を一緒に作って食べ、美味しいねと笑い合いながら頬張る。
そして改めて恋人になれたことを噛みしめるように、求めあうがままにキスをして、そのまま一夜を共にするだろう。
きっと女性とすることが初めてな俺をさり気なくリードしてくれて、互いの好きを受け止め合いながら、幸せを存分に味わうんだ。
楽しい充実した学生生活の中で、彼女と過ごすことが当たり前になって、ちょっとした焼きもちやすれ違いも経験して、子供らしい喧嘩なんかして・・・そしてまたお互い涙目になりながら謝って仲直りする。
リサが先に就職して大変な社会人生活を送れば、お互いの時間を合わせづらくなったりして、何だか気まずい期間が流れてしまい、それでも俺のうちに会いに来てくれるリサに、俺はこう言うんだ。
リサとの将来のことも考えて一緒にいたい、だからここに住んでくれない?って。
俺に対しても嫌われまいと控え目な彼女を理解していたので、俺は踏み出す勇気をもっと持たなきゃいけなくなる。
それでも一生懸命なリサが大好きで、ずっと一緒にいたくて、俺も彼女といたいから社会人になっても頑張ろうって、そんな風に思うだろう。
きっと・・・リサとはそんな感じだ。
対して夕陽はどうだろう・・・
彼はまだまだ、お兄ちゃんな気質がそうさせているのか、俺に弱みを見せることを恐れているふしがある。
夕陽が無理して他人と関わることが癖になっているなら、俺だけでも彼の拠り所になってあげたい。
幸せそうにしながら、毎日色んなところに出かけようなって言いながら、俺の手を引いて歩いてくれるだろう。
いつも俺を心配して、用心して、なのに自分のことには少々無頓着で・・・そんな彼を俺も放っておけなくて
お互いを補うように日々を過ごしていくだろう。
きっと夕陽は、付き合うと決めた瞬間から、俺と一緒に住みたいと言ってくるような気がする。
彼は俺が家族と疎遠であることを、リサよりも気にかけていた。
自分が家族になるんだ、という意思を感じていた。
同棲して毎日一緒にいて、それでも彼はきっと、目があえば愛おしそうに話してくれて、最後には大好き、と口にするだろう。
男同士のカップルであることを、俺がどれ程彼の周りで気にしたとしても、夕陽は幸せそうに親しい人たちに共有するんだ。
毎日幸せでたまらないって顔をしながら、或る日の夕食の後は、真剣な顔つきで将来の話をしてくれるだろう。
彼は不安なことに対して、いつだって矢面に立とうとする。
そんな肩に力が入りがちな夕陽を、抱きしめて不安を溶かしてあげたいと、俺は思うんだ。
どちらに対しても、それ相応な幸せな未来を想像できてしまう。
それもこれも二人ともが、俺に対して真摯だからだ。
二人の幸せをいっぺんに叶えることなどできず、悠長に悩んでいた俺もまた、どちらと一緒にいる自分が好きかではなく、自分という存在を生かして、二人にどうしてあげたいかと考えるようになった。
二人が俺に伝えてくれた本気の気持ちを改めて考えると、どちらかを選んでしまった時、泣かせてしまうのじゃないかと不安になる。
リサの泣き顔も、夕陽の涙も・・・俺は見たくない。
そう思ってしまうのはやっぱり八方美人だろうか。
入院している間、相変わらずリサからは他愛ないやり取りのメッセージが送られてきていた。
そして入院生活2日目の午後、講義を終えてまたお見舞いにやってきていた夕陽が、スマホを眺めている俺に問いかけた。
「・・・・もしかして佐伯さんからメッセ来てる?」
「・・・うん・・・。今日も学際の準備で忙しいみたいなんだけど、薫くんは今日もバイト?って聞かれててちょっとどうしようかなって思って・・・」
「・・・・あ?怪我のこと話してねぇの?」
「うん・・・。どうせ大したことないし、明日退院予定だから・・・」
手足の包帯はまだ残っているし、体重をかけて両足で歩ける状態ではないけど、そこまで日常生活に支障ないので、これ以上入院する理由もなく、今日改めて問診や検診を受けて、問題なければ退院許可が下りる。
「言ったら?信用されてねぇのかってショック受けるぞ?」
「・・・う~ん・・・リサはなぁ・・・まったく自分に非がないのに、関連付けて自分がデートに誘ったせいで、とか言い出しそうなんだよなぁ・・・」
「・・・ほ~ん・・・デート帰りに転んだんかぁ」
夕陽は持ってきたジュースにストローをさして、俺に差し出した。
「ん・・・見舞いと言えばフルーツ持ってきて、りんご剝いてやるイメージだけど、さすがに果物ナイフ持ってくるわけにもいかねぇから、りんごジュースな。」
「ふふ・・・ありがとう。・・・やっぱり話すのはやめとく。」
「・・・そっか。知らねぇぞ?喧嘩になっても・・・」
「喧嘩になんてならないよ。俺もリサも相手に自分の意見を押し通したりしないし、責められたら自分が悪かったなって思っちゃう性格だから。」
「ふぅん・・・ま、何で言ってくれなかったの!って強く出られても、別に付き合ってるわけじゃねぇんだから・・・とも思えるか・・・。」
夕陽は自分の分のジュースにストローを刺しながら、淡々とそう述べた。
「でもあれじゃね?女の子らしいっちゃらしいけど、薫のことに一生懸命すぎると、それくらいいいだろ・・・って思うようなこと気にされたり、指摘されたりしたら難儀じゃね?」
「・・・そうかもね。でも俺は自分の判断で自分事を決めてるし、ただ単に意地悪で伝えたくないなんて考えではないから・・・俺がそうしたいと思った意図に納得出来ないなら、俺の考え方が気に食わないなら、リサはとっくに俺の相手をするの疲れてると思うよ。もちろん彼女が相手のことを思って自分の意見を押し殺しちゃうタイプなのも理解してるから、相手に合わせて流される気持ちが正しいことじゃないって話もしたよ。」
「なるほどねぇ・・・」
「それに今回のことに関しては、誰かに非があるわけじゃなく、単なる俺の不注意での事故だし、言わなくてごめんね、でも大した怪我じゃないから心配かけたくなかったんだ・・・で済ませられることだしね。」
スマホを静かに置いて、ジュースを一口吸い込んだ。
「じゃあさ・・・何で佐伯さんじゃなくて、俺に事情説明して来てもらおうって頼ってくれたん?」
同じ飲み物をちゅーと咥えながら、カーテンを開けた窓の先を眺めた。
「そうだね・・・夕陽は元々友達だったし、頼り甲斐があるからかな。それに女の子に対して家から私物を持ってきてとか、使いっぱしりにするのは気が引けたし・・・」
「あっそう・・・。薫は存分に佐伯さんを女の子扱いしてんだ?」
「・・・まぁそうだね。含みある言い方だけどなに?」
夕陽は自分の組んだ足に頬杖をついて、少しつまらなそうに視線を逸らせた。
「別に~?特別扱いされてんだなぁってちょっと羨ましくなっただけだよ。」
「・・・夕陽に対しても十分特別扱いしてるよ?」
「うん、知ってる。」
ニッコリ笑う彼は、パイプ椅子を引いて近くに寄った。
夕陽が愛おしそうに俺の頬に触れる度、彼はきっとそれ以上を我慢してるんだということも、十分にわかっていた。
「夕陽・・・病院嫌なら無理してくることなかったんだよ?」
俺がそう言うと、彼は見せた笑顔をふっと消して、何か思い返すように視線を落としてから、今度は俺の手を握った。
「薫がいる場所なら、俺はどこにでも行きたいんだよ。会いたくて仕方ないから・・・。大丈夫だよ、お前が何を思って気遣ってくれてんのか理解してるけど、そこまで不快な気分になってるわけじゃねぇから。それより薫が病室に一人っきりで寂しくねぇかなぁって気がかりなんだから・・・。俺の勝手なんだよ、気にすんな。」
俺は頭の中で、「そう言うと思った」と呟いた。
「ありがとう。」
「おう・・・素直に甘えるなら今のうちだぞ~?」
またくしゃっと笑う彼は、いつものデレデレした口調で言った。
真っ白な病室にいると、確かに心細い気持ちは増していくものだ。
「そうだね・・・。寂しかったよずっと・・・子供の頃から今まで。でもその度に誰かに気持ちを伝えることもなく、押し殺してきたよ。寂しい自分が情けなくて・・・馬鹿みたいで・・・。夕陽が自分のことじゃなくて、相手の気持ちを尊重してしまうのが癖であるように、俺はいつも本音を隠して、丸く収まるには我慢したらいいんだとか、寂しいと伝えてしまってもしょうがないんだとか、そんな前提で自分の発言を考えて来たんだよ。今回父さんに電話したときも、まるで取引先に連絡するみたいな言い方して、単純に困ってるから助けて・・・なんて可愛くお願いできたもんじゃなかった。正直に甘えるなんて、随分前に捨ててしまったから・・・。」
夕陽はただ黙って聞いていた。
「でもね・・・夕陽に対して声を荒げて、挙句自分からキスしたあの時だけは、ぐちゃぐちゃした気持ちを全部ぶつけてたんだよ。理不尽なことしか言ってなかった気がするし、あれが甘えてるってことなんだよ。」
「・・・そうだな・・・。でも俺はもっと甘えられたいけどなぁ。」
にんまり笑顔を浮かべる彼に、俺も笑みが漏れた。
「あれ以上はきっと・・・恋人同士かそれ以上じゃないと成立しない気がするよ。」
「・・・そこまで枠にはめる関係性にこだわらなくていい気もするけどなぁ。」
「ふふ・・・こだわってる夕陽がそんなことを言うのもねぇ・・・。日本人は良くも悪くも、付き合いましょう、はい、わかりました、を求めてると思うよ。」
「はは・・・まぁな。言質取らねぇと心配だ~つって。」
夕陽とそんな会話を交わして、笑い合えることがただただ幸せだった。




